Dream On Dreamer_4
龍星期3010年6月10日、ダイア期の寒さもあっという間に過ぎ去り、もうすぐ年の暮れだ。
俺はチビチビと仕事で稼いだ日銭を溜めて、久しぶりにケズトロフィスの酒場「コールドプレイ」を訪れていた。
「ははは~! 飲め飲め~!」
「グリロー! テツを押さえつけとけ! 弱虫には俺が飲ませてやる!」
「アルコてめぇ怨むからなぁ!!」
騒ぎに目をやると、店のマスターの指示で友人と思われる数名が気弱そうな男を押さえつけていた。
マスターの手には「スピリットボックス」という度数の強い酒の瓶が握られている。
確かあれは街のバカなガキ共が無理に飲んで、たまに死人が出ているほどヤバい代物だ。
更に周りの客もそんな面白がって悪乗り騒ぎに便乗し始め、これもまぁいつもの事ではあるが、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。
「観念して男気見せろテツ!」
「安心しろ、気絶したら丸裸で店裏のゴミ捨て場に捨ててやるから!」
「いやぁ~~~!! ママ~~~!!」
相変わらず、この賑やかな店内ではマスターまでもが一緒になって飲んでハシャいでの大暴れだ。
この街には他にも腐るほど酒場はあるが、ここのハチャメチャな賑やかさは俺の存在を一層希釈させる。
飲む時は敢えてこの店を俺は選んでいたし、何よりこの賑やかさは見ていて心が安らいだ。
俺もこの業苦さえなければ、彼らと同じように明るく楽しく毎日を送れていたのかもしれない――酒が回り始めると、そんなことを思って少しだけ寂しくなるのはいつもの事だった。
けれどそれも今は、まるで幸せな夢の中にいるようで、少しだけ心地いいと思えている。
「あ、バリーさん、この間はどうもありがとねっ。お陰で命拾いしたよ。」
「あぁ、いや……俺は別に……。」
――思えば、この街に来てどれだけの時間が流れただろうか。
業苦によって再び悪夢を見るかもしれない。そしてまた誰かを傷つけるかもしれない――そんな不安から、ろくに寝れない日々が続いた。
俺の中の恐怖と不安はここで過ごす時間に比例して大きくなっていたが、それでも俺はこの街を離れられずにいた。
「つい先日、輸送ルートに穴持たずの群れが出たって結構な騒ぎになってね。
アンタに言われた通り、ノルマンディの森を避けて行って正解だったよ。」
「そ、そうか……。」
――その理由がこれだ。
「いやほんと、あのまま行ってたら、まんまと奴らの餌になってただろうね。」
「まぁ、ひとまず無事で良かったな。」
未だヒトとの距離感に慣れず、俺は目を背けたまま、ボソボソと呟くように素っ気ない返事をしてしまった。
ヒト懐っこいアリシアの周りには、いつもヒトがいた。
ひっそりとカウンターに座っている俺の隣へやってきたこの陽気なおじさんも、その一人だ。
そして俺はこのヒトの名前を憶えていないのだが、このヒトは俺の名前をしっかり憶えているらしい。
この業苦のせいで、そんな知り合いが俺にも随分と増え、今ではどこに行っても誰かしらからは声を掛けられる始末だ。
「そういやアニヤ君もアンタに助けられたんだってな。
北の大陸への輸送船を出す一週間前に、アンタに『天気が荒れるから航海には出るな』って言われたそうだが――」
「あぁ、まぁ、たまたまだろ……。」
「だが当たった。そして今回も当たった。」
「……。」
「すげぇ、ホントに奇跡みてぇだ……。」
そう言って男は笑った。
奇跡みたい――曇りない瞳を子供のように輝かせて、何の疑いもなく、嬉しそうにそう言った。
つい先週、この男には穴持たずに襲われる可能性がある事を伝えていた。
当然、夢を見たからだ。
俺の夢は必ずしも現実になるとは限らない、なにかしら予防線を張ればどうにかなることもある。
そのお陰か、無事ケズバロンへ渡る事が出来たらしい。
まぁ、助かったのなら、それは喜ぶべき事だろう。
「そうだ、礼にしちゃ安すぎるが、せめて一杯くらい奢らせてくれ。」
「……。」
悪意のない、純粋な感謝。
けれどそれは、俺のこの呪われた力の本質を知らないからこその危うさでもある。
とはいえ、今はそんな事を言っても何の説得力も無いだろう。
手を貸した時点で、助け船を出した時点で、俺に非があるのだから。
「……わかった、頂くよ。……ありがとう。」
「なに、礼を言うのはこっちの方だ。マスター! オルフェンズー!」
「あいよー!」
観念した俺の言葉に、男は景気よく手を振ってマスターに注文した。
見れば先ほど押さえつけられていたテツという男は既に酔いつぶれ、真っ赤な顔で泡を吹いて床に倒れている。
そして既に全裸だった。
「なぁ、あのヒュム、アイツあのまま死ぬんじゃないか……?」
「ん? あぁ、あれはいつもの事だ、気にすんな。」
男はただ楽しそうに笑うだけだった。
そんな男の無邪気で楽しげな横顔を見ていると、懐かしさと心地よさを感じる反面、何故だか虚しさも覚えた。
「そうか……。」
――俺は、笑いたい。
本当は俺も、このヒトと一緒になって大声で笑いたい。
そう思っても、俺には楽しく笑っていい資格がない。
「バリーさん、アンタのそれは業苦なんかじゃない。」
「……。」
この業苦がある限り、この業苦があるというただのそれだけで、俺は自分の本性をヒトから隠さなければならなかった。
心を遠ざけなければならなかった。
ヒトを、遠ざけなければならなかった。
「だって皆アンタに救われているんだぜ。」
そのはずなのに――
「もっと自信持ちなよ――って、俺からはそんな事しか言えないけど、でも本当にありがとうな。」
「……。」
「それとこれは、言うまでも無いけどさ、この街の皆、アンタに感謝してるんだぜ。」
ありがとう――そう言われるのは、いつぶりだろうか。
もちろん悪い気はしなかったが、けれど素直に喜ぶことは出来なかった。
「……。」
俺が最初に助けた、あのヒトの笑った顔が浮かぶ。
シエル・バードマン――俺に名前をくれた、あのヒトの優しい笑顔が浮かぶ。
俺が殺してしまった、大切なあの笑顔が――
「バリー! 今度は俺の夢も見てくれよー!」
「……。」
「マジこっちもたのむぜー! 出来たら大金持ちにしてくれー!」
あちこちから、楽し気な歓声が上がる。
その暖かなその歓声に、俺は包まれていた。
「――な? アンタは要らないヤツなんかじゃない。」
こうして、俺の周りにも、少しずつ知り合いが増えていった。
相反する感情と、情に流されてしまった俺自身の後悔をこの胸に突き立てて。
「ヘイ、オルフェンズおまちぃ!!」
「そんじゃバリーさん――」
「あぁ。」
――乾杯。




