仕方なしです。うふふ。
「これって……。」
「あぁ、恐らくはもう。」
ドタドタと嬉しそうに駆けて行ったアケチコさんを追いかけて1階のエントランスへ向かうと、階段下にうつ伏せで倒れている執事のハグキさんの姿がありました。
一先ずは、被害者がピュアさんではなかったようで安心しました。
けれどそれでは、先ほどの女性の悲鳴は一体何だったのでしょう……。
謎はさらに深まり、犯人に違いないと疑って止まなかった不気味なハグキさんを気の毒に思う余裕はありませんでした。
今となっては謝ることすらできませんが、心の中で呟きます――一応、ごめんなさい。
「これは、一体どうなっているにゃん?」
「あ、ネコさんたち……。」
「そ、そのヒト、まさか死んじゃったのにゃん?」
私たちのすぐ後に、未だ名前も知らないあのネコさん達が2階の客間の方から眠たそうに降りてきました。
そしておっかなびっくり、事態の深刻さに気付いた女のネコさんが怯えた様子でハグキさんの死体を指さしています。
「し、死んでる……にゃん……。」
「そ、そんにゃ……。」
そして男のネコさんが勇気を出してハグキさんの死体に近づき、可愛らしいプニプニの肉球で首の脈を確かめました。
私達が静かにその様子を見守る中、暫くしてハグキさんの死を確信したらしく、わなわなと震えながら一歩身を引きます。
けれど果たして、これは殺人事件なのでしょうか……。
お願いだからそうであって欲しいと思う反面、幽霊の存在を意識せざるを得ません……。
ところで――
「あの女と鳥頭はどこだ。」
そうなんです。
泥酔していたピュアさんはともかく、アウルさんが未だに現れない事がなんだか不自然に思えてなりませんでした。
まさか、アウルさんまで被害に――なんて、嫌でも考えてしまいます……。
「ミア、私が死体を調べている間に、今すぐ全員ここに集めろ。」
「わかりました。」
一度この場をアケチコさんに任せ、私は助手らしくアウルさんとピュアさんを探しに行きました。
そして2人が居たのは一階客間の一番奥、104号室でした。
どうやら104号室はピュアさんのお部屋らしく、アウルさんは例の不気味なルールの事もあり、泥酔したピュアさんが心配で、送り届けた後も部屋で彼女を見守っていたそうなのです。
こんな時にこんな事を言うのもなんですが、先ほどのお姫様抱っこの事もあり、なんだか妬けてしまいます。
「ともあれ無事で良かったです。けどどうして出てこなかったんですか? 悲鳴、聞こえませんでしたか?」
「ほほう、聞こえましたとも。てっきりミアさんの身に何かあったのではと思い、流石に肝を冷やしましたな。
いやはや、ミアさんも御無事で何よりですな。」
「ん~……。 あれぇ……ミアちゃん? 何かあったの?」
そして紳士なアウルさんが今の今まで出てこなかったのは、「許可なく外へ出るな」という例のルールを気にしたからだとか。
その後、未だ事態の深刻さも知らず眠そうに眼を擦りながら起きた頭ぼさぼさのピュアさんとアウルさんを連れ、私はエントランスへ戻りました。
「やっと来たか。」
「ほほう……。まさか、本当にこんなことが、起きてしまうとは……。」
「嘘でしょ……。私が寝てる間に、こんなことが……。」
ハグキさんの死体を見て、お二人の表情が強張ります。
この反応からして、どちらも嘘は言っていない様ですけど――
「ふ、白々しい演技をするなよ、この殺人鬼が。」
「ほほう……。」
「え? アケチコさん? それって――」
けれど、名探偵は違いました。
そしてあろうことか、アケチコさんの鋭い眼光――いえ、ズレかけの眼鏡に睨まれたのはアウルさんではなく、先ほどまで泥酔して眠っていたピュアさんの方でした。
「は? ちょ、私? どういう意味よそれ?」
「そうですよアケチコさん。いくらなんでもピュアさんが、その、殺人なんて――」
「これはさっき死体を調べた時に手元に握られていたものだ。見てみろ。」
思いもよらない事態の連続に戸惑うピュアさん。
そしてそれを見かねた私の擁護さえも遮って、アケチコさんはポケットから「黒い何か」を取り出しました。
けど、あれって――
「え? 黒い、羽根?」
「そうだ。羽根だ。そしてこれは、この歯茎の執事からのダイイングメッセージに他ならない。」
「ちょっと待ってよ! 私の羽根は白いのよ!? それは黒印持ちの羽根じゃない! 私のじゃないわ!」
「それは当然だ。犯人が証拠になるものをわざわざ残すわけがないからな。
だがこの羽根が黒いのには別の意味がある。それは、既に貴様が『犯罪者として身も心も真黒に染まっている』という意味だ。」
「なによそれ! 全然意味わかんないんだけど! デタラメこくんじゃないわよバカ!
それじゃぁ聞くけど、私がどうやってこの執事を殺したっていうのよ!?」
「そんなことは知らん。」
「は……はぁ!?」
出ましたー。これぞアケチコさん必殺の「ぶん投げ推理」です。
これから逃れられたヒトは未だかつて、居ませ……あ、いえ、唯一ファラちゃんのボーイフレンド君くらいです。
ピュアさんには申し訳ありませんが、今宵も盛大にアケチコ節が炸裂しそうですね。楽しみです。
「ちょっとアンタいい加減にしなさいよ!!」
「そうですぞアケチコさん。憶測だけの推理で冤罪を掛けられたのでは、ピュアさんもたまったモノではありません。」
「早まるな、私の推理はまだ終わってない。」
そうなんです。推理(笑)はこれからなんです。
すかさずピュアさんの肩を持つアウルさんでしたが、まだ始まってすらいないんですよ、実は。
そして皆さん、アケチコさんの「でっちあげ」を舐めてはいけません。それはもう酷いんですから。
このヒトに掛かったら、例え聖人だって薬中に、神様だってヤリチンに早変わりです。
おっと、少し言葉が過ぎましたか、ごめんなさい。私完全に舞い上がってるみたいです。
「ほほう、まだ何か?」
「お前だ鳥頭。」
「ほほう……。まぁいいでしょう、一先ず聞きましょうか。」
「貴様、この女とグルだろう。」
あはー、これまたとんでもない「こじつけ」が展開されそうですね~。
「何言ってんのよ!? だいたいアンタ――」
「ピュアさん、落ち着いて。どうあっても我々は無罪だ。まずは落ち着いて話を聞きましょう。」
早速ピュアさんが癇癪を起し始め、それをアウルさんが宥めます。
確かにアウルさんの言う通り、どうあっても流石にピュアさんが犯人という事は無いと思いますので、今は黙ってこの状況を見守ることにします。
あ、いえ、決して面白いからとかそんな理由じゃないですよ?
だってほら、私は助手であって探偵ではないですし、それに何をどう言っても私ではアケチコさんの饒舌には敵いません。
それに、ヒトにはそれぞれ定められた役回りというものがありますしね。仕方なしです。うふふ。
「先ほどの食事、お前が飲んでいたのはワインじゃない。ただのぶどうジュースだ。」
「ほっ……ほう?」
「ふぇ? ぶ、ぶどう? 嘘……。だってアタシ、あんなに酔っ払ったのよ? ジュースなわけないじゃない……。」
「お前がいなくなった後に、いっそ毒でも盛られていないかと思い、僅かにグラスに残ったのをこっそり飲んだんだ。
だがアレは正真正銘、ただのジュースだった。その時、ピンと来たよ。
お前と鳥頭は『酒で酔いつぶれた女の介抱』をアリバイに、この殺人を企てたのだと。
何しろあれだけ酔っ払って見えれば、殺人など出来る訳がないからな。」
「え、えっと……。それは、だって私……。」
はぁ、また訳の分からないことを――アケチコさんは、さもそれっぽく点と点を紐づけ始めました。
ただこの場合、ピュアさん自身が「ぶどうジュースをワインと思って飲んでいた」というのが少し引っかかります。
そんなこと有るのでしょうか? それにあの酔っ払いよう……あれが演技?
まさか、まさかまさか……本当に――
「その、お酒飲むの、今日が初めてで……。けどそんな事言ったら、アンタにバカにされると思って……。
それで、確かに甘かったけど、あれがワインだと思ったの……。
ていうか飲んだの? それ、関節キスじゃない……。」
ふぁ~。なんですかそれ~……。
か、カワイイです~、ピュアさんそれは可愛いですよ~。
ピュアさんは弁明をしながら、モジモジと恥ずかしそうに顔を赤らめました。
耳まで真っ赤で、潤んだ瞳なんかもう堪りません。
そして危うい、危ういですよ、ピュアさん。
「ふん、聞くに堪えないほど下らん言い訳だな。
それに先ほどの悲鳴。あの甲高い悲鳴はお前のものだ。
猫女はガラガラの醜いシャガれ声だからな。逆にすぐ解る。」
「む、失礼にゃん。」
えぇ、本当に失礼ですねこのヒトは。
「まぁまぁプシーにゃん、気にするにゃん。」
男のネコさんがその愛くるしい肉球で、機嫌を損ねた女のネコさんの肩をポムポムと叩いて宥めました。
けど男のネコさん、アナタはもっと怒った方が良いと思いますけどもね、えぇ。
「悲鳴……? ちょっとなによそれ。私寝てたから――」
「つまり、アリバイがない、と。」
「だ、だってだって、酔っ払ってて――」
「ぶどうジュースでか?」
「うぅ……。だってぇ……。」
ジリジリと、ジワリジワリと、そしてネチネチとしつこく、最初から在りもしない疑惑でアケチコさんがピュアさんに迫ります。
流石はアケチコさん、いつもながら見事なでっちあげです。
ですけど、そろそろピュアさんが可哀想になってきました……。
「ほほう、それではアケチコ殿、そういうアナタ方には、アリバイがお有りなのですかな?」
私が割って入ろうかと思った矢先、たじたじのピュアさんを庇う様にアウルさんが口を開きました。
私とアケチコさん、そしてネコさん達の方を交互に見て「アリバイ」を求めます。
「えっと、悲鳴が聞こえた時、アケチコさんと私は一緒に居ましたけど……。」
「私たちもにゃん、部屋で寝ていたにゃん。」
「そうにゃん。それがにゃんにゃん。」
「ほほう、左様で。けれどどちら様も『共犯ではない』と証明する事も出来ますまい。
それにアケチコ殿、もうひとつ気になることがあります。
先ほどの女性の悲鳴、仮にあれがピュアさんのだったとして、何故わざわざ悲鳴など上げたのですかな?」
「そんなことはどうでも良い。」
「ほほう、これはなんと……。何と申したら……。」
ピュアさんに被せられた罪をどうにか退けようと奮闘したアウルさんでしたが、アケチコさんのその一言で文字通り返す言葉を失ってしまったようでした。
お手上げ。話にならない――とはまさにこの事でしょうね。
私が同じ立場だったら間違いなくもうとっくにぶん殴ってますよ。
けれど確かに、アウルさんの言うように「あの悲鳴が何だったのか」という疑問だけがどうにも引っかかってなりません。
私のでもなく、ネコさんのでもピュアさんのでもない、それでは一体、あの悲鳴は誰のものなのでしょうか……。
それにハグキさん、血も流れていない様ですし、首を絞められたような形跡もない、一体どうやって殺害されたのでしょう?
まさか、寿命? いや、階段から思い切り突き落とされたとか? いやいや、そんな……。でも、あり得る?
でもなんかその方が逆にリアル……。
「うぅ……。」
「「え?」」
「「にゃん?」」
「ふえ?」
「ほほう?」
そうして再び至高の渦の中へグルグルとスパイラルしていた時でした。
「うぅ……がぁぁああああ!!!」
「「にゃ、にゃんにゃん!?!?」」
ハグキさんが悍ましい怪物のような悲鳴と共に起き上がりました。
「ゾ……ゾンビだ!! 逃げろ!!」
「そんな訳ないでしょ!?」




