お喋りは私の悪い癖です。
ハグキさんに連れられてお食事の用意されたお部屋へ向かうと、既に他の宿泊者さん達は大きな長机に向かい合う形で座ってお食事を始めていました。
席に座っていたのは4人の紳士淑女。
その一番奥に手の付けられていない料理の置かれた空席があり、おそらくあちらにこのお屋敷の主様が座るのでしょう。
まだいらっしゃってないようですが、はて……確かハグキさんは先ほど、既に皆さんお揃いだと言っていた気がするのですが……。
「あら、それじゃあアナタがあの名探偵、シャーロック・アケチコなの?」
「あぁ、そうだ。」
「ほほう、これは凄いヒトと相席になったものですな。」
皆さんの視線が集中する中で私とアケチコさんは丁寧に挨拶をし、ハグキさんの指示でそれぞれ一番手前、入り口に近い席に向かい合って座りました。
「それでは皆様、ごゆっくりとお楽しみください。」
ハグキさんはニタァと怪しく笑いながらそう言うと丁寧にお辞儀をして、ゆっくりとお部屋から出ていきました。
まだ主の方がいらっしゃっていないというのに、なんだかとても不自然です。
これは「如何にも」ですよ?
「ねぇ、ミアちゃんだっけ? 若いのに名探偵の助手なんて大変ね。」
「あ、どうも。えーっと……。」
「私はピュア・マンヘイト。この森には生物調査の為にやってきたの。
それにしてもここ、いくら立地が悪いからって宿泊料が無料なんて、かなり変わったレストハウスよね。」
ハグキさんの退室と同時に、私の右隣に腰かけた翼人の女性がフレンドリーに話しかけてきました。
ピュア――そう名乗ったこの女性は、真っ白で綺麗な翼に白のワンピース、サラサラな黒のボブヘアが明るく爽やかで好印象です。
声の調子や笑った時の少し大人びた印象から、私よりずっと年上な気がします。多分24~5歳くらいでしょうか?
「そうですね。それでいて特に条件があるわけでもなく、更にこうしてお食事までご用意していただけるなんて――」
「なるほど、怪しいな。」
「……は? な、なに?」
私の発言を遮って、それまで静かに食事をとっていたアケチコさんがふいにそう呟くと、品定めをするようにピュアさんを睨みつけました。
そして右手の指をカタカタと動かし始めます。
恐らくはピュアさんの情報を頭の中にインプットしているのでしょう。
そうです。既にアケチコさんの中では誰かが死ぬことを前提に、推理が始まっているのです。
「まぁまぁアケチコ殿、ひとまずは食事を楽しまれては如何かね。
職業柄、疑り深くなるのも解りますが、探偵の仕事というのは『事』が起こってからでございましょう。」
「ふん、ヒトに意見する前に名乗ったらどうだ、この鳥頭め。」
「ほほう、そうでしたな。これは失敬。
私はアウル・ジェントール。アケチコさんにミアさん、どうぞよろしく。」
「あ、どうもです。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「ふん。」
「ちょっとアケチコさん、流石に失礼ですよ……。」
アケチコさんの暴言にも顔色一つ変えないアウルさんに私は丁寧に頭を下げましたが、なおもアケチコさんは指をカタカタと動かすばかりで返事の一つもしません。
理不尽な仕打ちを受けたにも関わらず、アウルさんは気分を害する様子もなくゆったりと笑うばかりでした。
そんなジェントルマンなアウルさんは、ピュアさんの右隣に座っています。
体はヒュム、顔はフクロウと――世にも珍しい翼人とヒュムのハーフで、翼は持っておらず少し変わった出で立ちをしています。
アウルさんの顔の白い毛はフサフサで、ピチッとした黒のスーツに目はクリクリしていて、そのギャップがとても可愛いです。
その後も皆さんとのお喋りは続きました。
といっても話していたのは主に私とピュアさん、そしてアウルさんだけでしたけど……。
「ほほう、それじゃぁアケチコさんとミアさんは、このお屋敷で殺人事件が起こると踏んでいらっしゃったという訳ですか?」
「えぇ、まぁそんな感じですね。」
「おいミア、あまりそーゆー話を他人にするなと言っているだろう。」
「あ、すみません……。つい……。」
「まったく。」
うっかり喋ってしまい、アケチコさんに怒られてしまいました。
お喋りは私の悪い癖です、反省……。
「あーあ、嫌よね~男って。自分の思い通りにならないからってすぐ女を縛ろうとする。そーゆーとこよ? 名探偵さん。」
「なんだと? このブス。」
「!?!?」
あ~、アケチコさん、それは……。
流石というかなんというか、アケチコさんはピュアさんの小言に対して何のためらいもなく一番言ってはいけないことを言ってのけました。
いくらなんでも酷いと思います……。ピュアさんはワナワナと肩を震わせながら赤面し、目を見開いて席を立ちました。
正直、女の私から見てもピュアさんの顔立ちはとても美しいと思うのですが、仮にピュアさんがブサイクだと言うのなら私はどう見えているのでしょうか……。
「なによこのガリ勉陰キャ!! どうせアンタ童貞でしょ?!」
「だったらなにか?」
「え……。」
「……ほほう。」
「……。」
あまり、聞きたくなかったような……。
アケチコさんはドヤ顔に薄ら笑いを浮かべて腕を組み、平然と言ってのけました。
そんなアケチコさんに、私だけでなくピュアさんも黙り込んでしまい、空気が固まります。
お願いですから、それ以上はもうやめて下さい……。
「まぁまぁお二方、他のお客人にもご迷惑が掛かりますゆえ。喧嘩はそのくらいに。」
「んん……。えぇ、そうね……。……ごめんなさい。」
気まずげなアウルさんの仲裁にピュアさんは咳払いをして目をそらしました。
何もピュアさんが謝ることではない様にも思えましたが、まぁ喧嘩両成敗という事でしょうか。
「ご馳走様ですにゃん。」
「私も。お先に失礼しますにゃん。」
そして先ほどからずーっとだんまりを決め込んでいた残り二人のお客さんはどうやらご夫婦のようで、私たちの騒々しいやり取りを鬱陶しく思ったのか、早々にお皿のパスタを食べ終えると自己紹介もせずに淡々と部屋を出て行ってしまいました。
そんなネコ族のお二人は食事中、言葉を発することもなく黙々と、ただの一度も目を合わせることすらもなく――
「ふん、怪しい奴らだ。」
「アンタが一番怪しいわよ!」
と、漏れなくアケチコさんの「容疑者リスト」に登録されてしまいました。
すかさずピュアさんが突っ込みます。
なんだか良い2人です。
その後アウルさんもピュアさんも食事を終え、各々自室へと戻っていきました。
私も食べ終わり、残るはアケチコさんと――
「そういえば、お屋敷の主の方は結局いらっしゃいませんでしたね。」
「あぁ、だが不可解だ。」
「??? なにがです?」
「気づかなかったか、皿を見てみろ。」
「……え?」
アケチコさんに言われるままテーブルの一番奥を見ると、先ほどまで手付かずの料理が乗っていたお皿から綺麗さっぱり食べ物が消えていました。
「ミ……ミステリー……。」




