神様。
「うぇっへっへっへぇ~。」
積み上がった首のない死体の山。
その変態は恍惚に歪んだ笑顔を浮かべて、ついに私へ向き直る。
殺される、今度こそ、この変態に殺される。
そう思ったのに……。
「あ? んだこのガキ、とんでもねぇブサイクだなぁ。」
そして、こう言った。
「おまえ運が悪りぃな、俺はブサイクは殺さねぇ主義者なんだわ。」
そう言った。
そう言って、笑った。
そう言って笑って、リビングを出ていこうとした変態の裾を、私はグイッと掴んで引っ張っていた。
何故、そんな事をしたのか、今でもよく解らない。
けど……
「こ……殺して、……。」
初めて、喋れたんだ。
生かされた事が悔しくて。
ただブサイクってだけで、生かされてしまった事が、悔しくて。
悔しくて、悔しくて悔しくて悔しくて、涙が溢れた。
あんな涙を流したのは、後にも先にもあの時だけだった。
「殺して……。殺してよ……。」
けど、死にたい筈なのに、何がこんなに悔しいのだろう。
言葉にした途端、溢れ出した涙に、胸を焼かれるように締め付けられた。
苦しい、苦しい、苦しい。
「お願いだから…行かないで……。」
だから絶対に、逃さない。
そう思った。
「…嫌だね、ブサイク。」
それも、簡単に拒絶されたけどね。
「じゃあ……。」
私の腕を淡々と振り払って、悪魔は外を目指した。
その背中に、ダメ押し。
「地獄へ、連れてって。」
「……ふっひゃっひゃっ。」
振り返ったマスクの悪魔は、笑っていた。
「おまえ、名前は。」
あの日、私は神様と出会い。
「…マーシュ。」
大好きなヒトの名前を借りて、悪魔の子に生まれ変わった。
***
…それが、マラっさんとの出会いだった。
ボスや二代目、アラタさん達との出会いだった。
グッドシャーロットでの賑やかな日々の始まり。
私の幸福の始まりだった。
「だぁああ!! マーシュ!! そうじゃねぇっつってんだろが!!」
「だぁ! わーってんよぉ! せっかちだなぁ!」
そして私は今、生きている。
このどうしようもない神様のいる世界で。
「たく、そんなんじゃいつまで経ってもレジェンド・オブ・マスクには成れねぇぞぉ? いいのかぁ?」
まぁ、いい加減このノリにも疲れて来たけど。
なんだレジェンド・オブ・マスクって。
あと喋り方が気持ち悪いぜよ。
慣れない皮剥きを後ろで見ていたマラっさんが、私の手が遅いことにイチャモンを付けると、再び説教を始めた。
「いいか? 人生ってのはな、マスクに始まり、マスクに終わるんだ。」
あ~ぁ、うるせぇー。
このモードもめんどくさいぜよ。
「例え何も信じられなくなっても、マスクだけは信じろ。それが、救い――」
ズボッ!!
「お?」
って……、あらら……。
突然の重打音に振り返ると、マラっさんの頭が左半分吹っ飛んでた。
小さい脳みそがチョロっと飛び出して、倒れるまではいかないけど、でかい図体がヨロけた。
どうやら残党がまだいたらしい。
「へへへっ、一丁あがりだぜっ☆」
見れば茂みの中に、フレイル型のモーニングスターを持った得意げなブサイクが一人。
ありゃ多分、マラっさんが逃がしたヤツだろうな。
そしてあそこからブンブン振り回してトゲトゲ鉄球を「えいやっ☆」とブン投げたわけだ。
なんで気付かないかねぇー。
「ぃいってぇなぁぁあ〜もぅうぅう〜、ウヒヒヒヒィッ。」
「は……、な……。」
致命傷を受けて身をよじった巨漢に、得意げブサイク(☆)が後ずさるが、無理もない。
凄い嬉しそうで、キモいよね、ソイツ。
そうそう、言い忘れてたけど、マラっさんの業苦は「不死」。
コレのせいで、このヒトは死なないらしい。
いや、死にたいのに死ねない、という方が正しい。
ボスの話では、死ねなさ過ぎて、遂に苦痛を快楽に変えてしまった生粋のド変態らしい。
「ぶひゅ。一緒に、一緒に死んでくれるのぉ~??」
「ひ…く、来るな!! この変態!!」
「それなー。」
あーあ、また新たな犠牲者が。
普通に死んだ方が、いっそ幸せだったろうに。
得意げブサイク(☆)がその後どうなったのかは、あまりに酷いので割愛。
「たく、根性のねぇ野郎だ。これだからマスク無しはいけねぇ。」
その後、頭も精神も元に戻ったマラっさんが、その亡骸を見て狂言を吐き捨てる。
ぐぅぅううう~~……。
そして、私のお腹が鳴った。
朝のうちにグッドシャーロットを出て、かれこれ7時間は動きっぱなし。
どうでもいいスパルタ講習のせいで無駄に日も傾いて来たし、正直もうクタクタだった。
「マラっさ~ん、そろそろ戻ろうよー。お腹空いたぜよー。」
「ったく、いっちょ前に腹なんか空かせやがって、おめぇもマスク被れ。」
「意味わかんないぜよ……。」
その後、小言を言われながらもなんとかマラっさんを説得した私は、グーペコのお腹を抱えてようやく帰路についた。
「そういやなぁ。遂に、念願の白カラスの情報が入ったんだよ。」
「へ~、そりゃまた珍しいこった。それじゃぁ近々また外に行くんで?」
「あぁ、なんでも美人のメスガキとセットらしい。良いマスク、作れるかもなぁ。」
「……。」
と、再び気持ちの悪い笑みを浮かべてウヘウヘ言い始めた。
そう、マラっさんの趣味はマスク作りだけじゃない。
ミミガーやソーセージ作りにひたすら没頭する私やアラタさんと違って、この変態は多趣味だ。
獲物の皮を使った家具作り、そして珍獣標本なんかも作ってたりする。
なんでも次の獲物は世にも珍しい真っ白なカラスらしい。
ほんとにそんなもんいるのかって思ってたけど、バッドオーメンズの情報なら確かだろう。
なにしろ彼らは命懸けだ。
もしマラっさんに偽情報や誤情報を流そうもんなら、即行マスクか家具にされるからね。
「楽しみだなぁ~。」
けど本当のところ、このヒトが多趣味なのは、死にたくても死ねないからなんだ。
このヒトが心から本当に欲しているのは、死だ。
死ねないから、どうしようもないその苦痛から目を逸らしたくて、退屈しのぎにこんなことをしている。
ボスは、そう言っていた。
そして、だからこそ、私は傍に居る。
誰がなんと言おうと、私にとってこのヒトは神様だ。
あの日からずっと、私の命…生かすも殺すも、マラっさん次第だった。
それって、神様だよね、きっと。
私が殺したいほど憎んで、殺したいほど愛した、神様なんだ。
だから、いつか私はこのヒトを殺してあげたい。
私はこのヒトが死ぬところがみたい。
このヒトの願いの為に、生きていたい。
このヒトの死を、看取ってあげたい。
このヒトにとっての最高の喜びは、この世の誰も望まない、陰惨な死だから。
それを私は、最後に見届けたいんだ。
「あ、今年の皮オブザイヤーもそろそろ決めねぇとなぁ~。
へへ…腕がなるぜぇ。」
ま、だいたいこんな感じ。
ぅあ~、お腹減った。
今回は、読者の皆さんが積上げてきた世界観を破壊しかねない、酷く暴力的なお話でした(元々そういうつもりで書いてたりするんですが)。
なので次回はゆる〜く、みんな大好き☆名探偵シャーロック・アケチコ編ですぅ〜。
それ! アケチコッ! アケチコーー!!




