孤児院。
ー この世界に、神様なんていない。 ー
ケズトロフィスの大災害。
私はあの頃の記憶が、殆どない。
自分の本当の名前が解らない。
父と母の顔、思い出せない。
欠片も。
あの頃、唯一覚えているのは……
「ジャスミン。畑からお野菜採ってきて貰える?」
孤児院。
あの頃、私は「ジャスミン」と呼ばれていた。
ジャスミン、それはヒト世界のキレイな白い花の名前らしい。
言葉の響きとかそのイメージとか、似つかわしくなくて、正直あまり好きじゃなかったけど。
「……。」
そして私は言葉を話せなくなっていた。
たぶん精神的なストレスとかが原因なんだと思うけど、なんでか声が出なくて、それで皆と喋れなかった。
周りからはひどく気味悪がられ。
友達、居たには居たけど、心から信用出来るヒトは一人も居なかった。
「え〜っとね。ナスと、トマト。あ、あと玉ねぎも。お願いね。」
「……。」
けど、お手伝いで頻繁にやってくる保母のおねえさんは、とても優しかった。
名前、マーシュ・アルヴァ。多分23歳くらいだったと思う。
いつも幸せそうで、ニコっと笑ったその顔は、女の私でもハッとするほど、透き通っていて、綺麗だった。
私はあのヒトにだけは可愛がられていたと思うし、私も心を許していた。
もし生まれ変われたら、こんな素敵な笑顔の女のヒトに成りたいなって、思ってた。
そんな孤児院での生活も4ヶ月を過ぎた頃。
「おい見ろよ、野菜泥坊のジャスミンがいるぞー!」
「やい乞食おんな! 盗み食いとは良い度胸だな!」
ここは孤児院。
子供たちは親から捨てられたり、虐待を受けたり、他にもまぁ…色々家庭や本人に問題のある子がここに集められる。
そんな場所だから、保母さん達の目の届かないところで、イジメとかあった。
別に、なんとも思ったことは無いけど。
イジメは日に日にエスカレートして行った。
私を庇う子も同様に酷い目に合い。
その子は、私のことを大変だねっていう。
でも私は別にそう思わなかった。
この子がなんで助けてくれるのかも、よくわからなかった。
今にして思えば、あの子にとって私は、友達だったのかもしれない。
そんなある日のことをだ。
「生き残りはこれで全員か。」
ケズトロフィスの大災害。
あの頃、世界は荒んでたから。
黒印持ちは陰で迫害され、行き場を失くした黒印持ちが、あちこちで盗みや殺しをしていたらしい。
そして、孤児院。
食料もそれなりにあって、雨風も凌げる根城。
立地は、今となっては最悪で、沈んだケズトロフィスとノルマンディの森の間くらいにあった。
だからこそ、だろう。
行き場のない黒印持ち達の襲撃にあった。
「ガキもやるのか?」
「あぁ、全員殺す。生かしても邪魔なだけだ。」
「了解。」
その日私は、イジメっ子達から逃げて、リビングのクローゼットに身を隠していた。
その隙間からは、数人の男達が赤いサーベルを持ってるのが見える。
既に保母さん達のほとんどは殺されたらしく、大人の女性の死体が、幾つか転がっているのが見えた。
そして……
「まずアンタだ。」
「……。」
殺された。
保母のおねえさん、優しかったのに。
膝から崩れ落ちた死体が、むごい血の海を作る。
縛られたイジメっ子達がギーギーと耳障りな悲鳴を上げてるのが見えた。
「うるせぇなぁ。」
最初に泣き声を上げて大暴れした子が殺された。
その後順番に、うるさい子から次々と。
そして、私を庇ったあの子。
「この子、売ったら金にならないか?」
「人身売買なんかこの世界じゃ成立しねぇよ。いいからさっさとしろ。」
「残念。」
あの子も殺された。
死体の山。
いち、に、さん、…まぁ沢山。
「やっと静かになったな。」
「んじゃ、まず金目の物を。」
男達が、屋敷中を引っ掻き回す。
このリビングにも、2人。
いよいよ私のいるクローゼットへ手をのばす。
「あ? まだ隠れてやがった。」
そして、見つかった。
私は髪を掴まれて引きずり出された。
「……。」
殺される。
それを強く悟った時、大好きだった保母さんの、あの幸せそうな笑顔が頭に浮かんだ。
ー あぁ、そうか。 ー
まぁ、もういい。
ー きっと幸せって、こういうものなんだ。 ー
別に死んでも。
ー こんなに脆くて、儚いものなんだ。 ー
こんな世界。
ー 神様なんて、いないんだ。 ー
死んだ方が、楽だ。
ー この世界に、神様なんていない。 ー
そう思った時だった。
「ぎゃあぁぁああ!!」
「な、……んだ?」
入り口の方から断末魔。
孤児院の子供のじゃない、大人の男。
何かと思った。
ただ事ではないその絶叫に、目の前の男達の表情も曇る。
そして……
コン、コン……
リビングの扉が、叩かれる。
「……。」
コン、コン……
静まり返ったリビング。
その不気味なノックに、2人の男が緊張した面持ちで息を呑む。
そして勇敢であり愚かな一人が恐る恐る扉に近づき、震える声で話しかけた。
「だ、…誰だ。」
そう言った瞬間。
男の首がボールみたいに吹っ飛んで、マスクの悪魔が現れた。
「おじゃまぁ。」
それが、私の神様だった。




