目覚め
「しばらく待って頂こう」
ブルーノに啖呵を切った。
たとえ親に逆らってでも、仲間は守るという事をやって見せる必要がある。
直感的にそう思ったんだが、三人ともかなり驚いている。
まあ、無理もない。 一昔前の日本でさえそうだった。
長男は跡取りとして別格だったし、家長の言う事は絶対だった。
ましてやここは身分社会だ、親に逆らえば勘当ものだろう。
だが、見習いとはいえ既に近衛城兵だし、貴族としての対面もある。 まあ、何より姫との婚約があるから、それは出来ないとみた。
「チェリー、ナセルは分かるな?」
「はい、ルーラァシップの動力でございますね」
「開墾をする時には大量の石が邪魔になるし、堤防を築くにはその石がいる。 やってみないと分からないが、あれで、堤防の方に吹き飛ばせないかと思ってな」
「なるほど、やってみます」
うん、さすが落ちついた返事だ。
「ナイト」
「はっ」
「ナセルを小型にしても、そう威力は落ちないはずだ。 遠距離攻撃用の投石器にならないか試してみろ」
「はっ」
こっちはちょいと緊張気味か。
「サンド」
「はっ」
「アイスラー侯爵様から支援をいただいているとはいえ、それに甘えてはならん」
「はっ、必ずや恩返しを」
「うむ。 豊かな土地を望むのではなく、土地を豊かにするんだ。 俺にはお前達の力が必要だ、期待している」
「はっ」
よし、こんな感じでいいだろう。
爺さんの名前を出しておけば、拘束や尋問は無いはずだ。
「あ、そうだ。 ナイト」
「はっ」
「カメリア王国の魔法騎士団に関して何か知らないか?」
「直接は存じませんが、たしか、ベノム侯爵の娘が団長だと聞いております」
「娘? ベノム侯爵も初めて聞く名前だな」
「ベノム侯爵は、カメリア王国では最も有名な方で、将軍侯爵の二つ名を持つそうにございます」
「軍務大臣の様な物か?」
「そうであるとも、違うとも言えます」
「どういう意味だ?」
「ギジナール山脈はカメリア王国にとっては北に位置しますが、その麓一帯の細長い領地をお持ちです。 山から下りて来る魔物を一手に引き受けておられる為、カメリア最大最強の兵はお持ちです。 ですが、中央の役職には一切ついておられません」
「なるほどな。 しかし、よくそれだけの兵を維持できるな?」
「そのあたりはちょっと分かりかねます」
「うむ」
良い魔石が取れるのかもしれんな。
役職につかないのは他の貴族からの圧力といったところか、うまくいけばごたつきを起こせるかもしれん。
「魔法騎士団については分からんか?」
「はい。 なにぶんにも、昨年の戦いで初めて知った次第です」
「そうか。 しかし、彼等が進行してくると厄介だな。 昨年の戦いではその魔法騎士団にやられたと聞いたが?」
「はい。 敵の城に誘い込まれ、炎の魔法で主力は全滅。 城の外壁をも溶かす熱だったそうにございます」
「外壁って、石だろう?」
「はい、その石をも溶かすそうにございます」
どんな魔法なんだ?
魔法の研究なんかしてないから、さっぱりだな。
「ふーむ。 一度、行ってみるか」
「お待ちください」
サンドストームがあわてて割って入った。
「兄、魔導、ルーラァ様が訪れるのは危のうございます」
「どうして?」
あわて過ぎだろう。 長老なんだから、もっとどっしりとしてないと。
「その、街に入れば、いえ、近づいただけで大騒ぎになります」
「大げさだな」
「いいえ、夜ともなれば、遠く離れた砦街からでも、ルーラァ様のおられる所が分かります」
「本当です。 ルーラァ様が西の砦街に行かれた時もそうでした。 真昼であっても、馬車に乗られていても分かります」
チェリーも興奮気味で参戦してきた。 ああ、あの時チェリーが西の砦街にいたのもそんなわけだったのか。
「騒ぐのは魔力を持つ奴だけだし、騒ぎが起きれば戦争をしようって気にもならんだろう」
「無茶がすぎますぞ。 ならば我々も同行いたします」
「その方が無茶だろ。 それこそ戦争が始まるぞ」
ナイトールが膝を乗り出してきた。
「ならば私が。 商売に来たと言います」
「俺より弱いやつがいては足手まといだ」
「しかし」
チェリーまでもか。
「俺は子供だし滅多な事にはならん。 敵を知り、己を知れば、百戦して危うからずって言うんだ」
「しかし」
「しつこい。 万一の時はカメリアの魔法騎士団全てを巻き添えにしてやる。 俺にはそれが出来る。知っているだろう?」
「……」
「ともかく、俺は俺にしか出来ない事をやる。 お前達も、お前達にしか出来ない事をやれ、いいな」
「「「はっ」」」
ちょっとおまけが強すぎた。 やばかったかもしれんが、しかたない。
「解除」
シールドを解除して、目線で帰る様に促す。
ブルーノが動く前に帰らせたいところだが……。
「待て」
やっぱり。
静かに、だが重い一言だ。 三人とも、立ち上がっただけで、動けなくなってしまった。
ここは俺が行くしかないな。 立ち上がりブルーノに近づく。
と、いきなり腹部に衝撃、視界が暗転した。
目が覚めると見知った天井だった。 ていうか、俺の部屋か。
「いっー」
腹が痛い、ヒール。
「ふいーっ」
まったく、攻撃されたことさえ分からないとは、強すぎだぞ。
首筋に痛みは無いな、腹に受けた衝撃だけで意識を飛ばされたか。
チェーンメイルを付けていてこの威力、やっぱりおまけがまずかったな。
しかし、これで王様は俺を無視出来なくなったはずだし、砂漠の民へのおとがめも出来まい。
ブルーノだってそうだ。
従順だった息子が初めて反抗したんだ。 俺も経験あるが、あれはつらい。
その後が問題だ。 どう接したらいいか分からないからな。
頭ごなしじゃ駄目だし、理屈で勝てるとも思えない。 言い分を認めたうえでどう導くかだが……。
カメリア行きだけは阻止したいはずだし。 さあ、どうするブルーノ?
ひょっとすると、俺が言いだすまで何も言えない可能性もあるな。
まあ、こちらから動く必要もあるまい。
父親として初体験だな、頑張れブルーノ。
さてと、こっちは情報収集といきますか。 ユニコーン?
『呼んだ?』
ああ、あの後どうなった?
『どうもこうも、貴方を担いでアイスラー家に直行よ』
三人は?
『ついて来いと言われて、外にいたブルーノ隊に囲まれながら行ったわよ』
そりゃあかわいそうに。 ブルーノにしてみれば、息子をそそのかした悪い奴らだ、生きた心地はしなかっただろうな。
『もうね、断頭台に上る囚人みたいだったわよ』
断頭台があるのか、そりゃあかわいそうだ。
『なんか、楽しんでない?』
まあ、ちょっとはな。 あれだ、大人は大人で頑張れってとこだ。
『都合のいい時だけ子供ね』
まあな、で? 家に来て、あらいざらい喋ったか?
『そりゃそうよ。 ブルーノったらね、楽に死にたかったら素直に話せって、笑顔で言うのよ』
そりゃあ怖いな。 しかし、本当に殺したりはしてないよな。
『ただの脅しよ、そう思えないだけでね。 でも、それでよかったの?』
ああ、いずれは話そうと思っていたし、手間が省けたさ。
『ふーん。 そうそう、チェリーがね』
おう、あの才女、なんかやったか?
『ええ、貴方に話があるので明日お伺いしたい、ですって』
今日の明日か、そりゃすごいな。 あんたなんか怖くないと言っているようなもんだ。
商人風情が、次期伯爵に向かって言う事じゃないぞ。
『まったくね。 ブルーノも、命がいらんとみえるな、って』
言うねえ。 で? 何と答えた?
『ルーラァ様とお話をさせていただいた後でしたら、御存分に。 ですって』
はははは。 こりゃあ、チェリーの勝ちだな。
『どうしてそう思うの? その場で殺されても不思議はないでしょうに』
それは無いな。
『根拠は?』
俺が、父親に逆らってまでして守ろうとした奴らだぞ。
気に入らないってだけで殺したら、俺に嫌われる。 下手すりゃ、軽蔑されるからな。
『それだけ?』
ああ、父親ってのは、息子に軽蔑される事には耐え難いものがあるんだ。
『ふーん』
何と言うか、友達というのかな、戦友みたいなところがあるんだよ。
『まあ、よく分からないけど、いいわ』
ああ、俺もこれ以上説明できない。 チェリーはもう来ているのか?
『起きないから、帰ったわよ』
え? もう夜なのか?
『朝よ。 正確には二日目の朝』
なんだ、二日も寝てたのか?
『寝てたのか、じゃないわよ。 朝になっても昼になっても目覚めないし、もう大変だったんだから』
ははは、そりゃ悪いことしちまったな。
『もう、他人事みたいに』
まあ、いろいろあったし、俺も疲れていたんだろうよ。
それにしてもよく寝たもんだ、若いってのはいいねえ。
『若さは関係ないでしょう?』
おおありさ。
年取ると、腰をはじめ全身の関節が痛くなって目が覚めちまうんだ。
『寝ているだけなのに?』
そうさ、二度寝も出来やしない。
仕方なく起きるが、寝不足だから夜も早く寝て、早く起きる。
年寄りが早起きなのはそういうわけさ。
『ふーん』
しかし、そうと聞くと腹減って来た、起きるか。
「うーん」
布団の中での背伸びが気持ちいい。
よし、飯だ。
「おはようございます、ルーラァ様。 御気分はいかがでございますか?」
「ああ、目覚めすっきりだが、腹減った。 飯だ」
ベッドから飛び降り、書斎まで来たらメイドがいた。
まさかいるとは思わなかったが、寝室と書斎の間には扉が無いから、ずっとここにいたって事だろう。
「すでに連絡をいたしました。 それと、しばらくはお部屋からお出にならない様にとの事にございます」
「お父上か?」
「はい」
そうきたか。 機嫌の悪いふりをして飛び出す手もあるが、そうなるとこのメイドが叱られるしな。 仕方ない、待つか。
「来客予定が何人かいる。 身分が低くても部屋に通すから追い返すな」
「かしこまりました」
メイドが書斎から応接間へと出て扉を閉め、寝室と書斎に閉じ込められた。
いや、部屋からといったから応接間まではいいだろうが、こりゃあ軟禁だな。
窓辺に近寄り、押し開きのガラス戸を開けて下を覗き込むが、普通の二階窓の高さじゃない。
これじゃあ、窓枠にぶら下がってから飛び降りても怪我をするのが落ちだな。
左手の木は少し離れているし、右手にある木の枝が近いが、建物に足がかりが無い。
応接間の窓からなら何とか飛び移れそうだが、帰りは無理だな。
「しゃーない、のんびりいくか」
なんとなく確認したかっただけだし、そのまま机に向かう。
空いた時間を有効活用というか、気を紛らわせないと腹が減ってたまらん。
さてと、紙将棋を作って職人を待つか、婆さんの為に通訳用の辞書か、迷うとこだな。
「開けなさい」
女性の声だ、廊下あたりか。
扉を開ける音、食事の準備中であろう応接間に入ったか。
その次がここの扉なんだが、顔を上げるとその扉も開いた。
「カロリーネ様がおこしにございます」
そう言うメイドを押しのけて美人さんが入ってきた。
この人知ってる、俺の母親だ。
同じ家に住みながら、ほとんど顔を合わさない。
大切な我が家の子供を、母親とはいえ、政略結婚でやってきたよその女1人に任すわけにはいかない。 まあそんなところだろう。
見当違いも甚だしいが、日本の皇室でさえ最近までそうだったんだから仕方ない。
立ち上がり挨拶をしようとしたら、勢いよく近づいて来て抱きしめられた。
直前、目に涙をためていたのが見えたが、これはどういうことだ?
訳が分からないが、豊かな胸が柔らかい。 棒立ちもなんだし、抱き返す形でいいかな。
「良かった、本当に良かった」
柔らかな胸に押し付けられ、震える声でつぶやかれた。
あ、心配していたんだ。
俺はいい女だとしか思わなかったが、カロリーネにしてみれば我が子。 目が覚めなければ、そりゃあ心配するか。
あ、甘えてもいい人がまだ生きているんだ。
何物にも代えがたいこの安心感、すごいな。
特に今は大人と子供の境目、成長が楽しみでもありさみしくもある時。
ならば、遠慮なく甘えさせてもらおう。
抱き返す手にそっと力を込める。
Hな気分にはならない。 安心するというか、幸せ気分だ。
巨乳が好きなのは、こんなふうに甘えたいからかもしえないな。
「怖かったのね、もう大丈夫よ」
優しく頭をなでられた。
なんか誤解されているようだが、ほおずりするようにうなずき幸せな今を満喫しよう。
抱きしめられていた手が緩んだので、カロリーネの顔を見上げる。
「何かあったら、すぐに私の所に来るのよ、いいわね」
心配そうな顔から愛情があふれているようだ、黙ってうなずく以外ない。
「お食事にしましょう」
聖母様ってこんな顔に違いない。
メイドの動きがあわただしくなった。
「お兄ーさまー」
応接間に向かう間に、笑顔のハンクが飛び込んできた。
「ハンク―」
膝をついてハンクを抱き止め、そのまま抱き上げる。
「もう、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ああ、寝ていたんだ。 おはようハンク」
「おはようございます、お兄様」
真面目な顔が再び笑顔になる。
目まぐるしく表情を変えるハンク、やっぱりかわいいな。
「お母様とお食事なんだ。 ハンクも一緒だと嬉しいな」
「はい、喜んで」
夢の時間は終わったが、幸せな時はまだまだ続くようだ。
4月初めだというのに、5月の連休も無くなりそうです。
まとめて書けるのが、下手をすると来年かもという状況の為、無理やり感はありますが、完とさせていただきました。
結婚式までは行きたかったのですが……。
今後の予定ですが、隙間時間を利用しての改訂をします。
(本筋は変わりません)
3人称の感触をつかみたいので、別作品を1つ挟みます。
(本編にある魔法騎士団の話です)
今度は毎日投稿が可能にしたいと思っております。
(下書きの完成度を上げたい)
今日まで、こんな駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
書くのは楽しみで、ちまちまでも毎日書いております。
書きたい事があふれていて、収拾がつかない感じでしょうか。
いつとは申し上げられませんが、戻ってきた時再びお会いできれば幸いです。




