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ルーラァ  作者: 水遊び
近衛城兵見習い
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第19話 婆さん

「火急の用件にございます」

「入れ」

 扉の向うの女官長に、王様が許可を出した。


「出ましょう」

 姫様はそれを聞く立場にない為、手で立つように合図をしながら女官に告げた。

 まったく、ここまで来ておきながら……。

 だが、ここはスパッとあきらめ、仕切り直すのが最善手。

 だてに年取っちゃいねえぞ、ちくしょ―!

 女官長は扉が開くのももどかしそうに飛び込んできた。

 こちらに一瞥をくれ、出ていくのを待つようだ。


「姫は言葉が分からん。 構わぬから申せ」

「はい。 王都の南、砂漠の街道が、何者かに襲撃されたとの報が入りました」

「なんじゃと?」

 思わぬ凶報に爺さんは立ち上がったが、王様はどっしりと座ったままだ。


「ちょっと待て」

 姫の退出を止めた。

 助かったぜ。

 砂漠の民の奴らだろうが、よくやったと褒めてやりたいくらいだ。


「蛮族どもめ、調子に乗りおって。 もしや、姫様の処刑と関係があるやもしれませんぞ」

「……」

 おいおい、爺さんそりゃ無茶だ。

 王様がパニックになっていれば通用するかもしれんが、焦り過ぎだって。


「ルーラァ」

「はっ」

「お前はどうみる?」

 姫様の退出を止め、爺さんから話が振られるのを待っていたが、王様直々に来たか。


「はい。 まず、盗賊野党の類であるなら、ここまで注進は来ないでしょうから、砂漠の民の本格的な襲撃でありましょう。 彼等もまた姫様の魔力を感じるとなれば、囚われの姫様を救出したいとするのはうなずける話です。 しかしながら、処刑とは関係ないかと」

「何故そう思う?」

「姫様の処刑はまだ発表されておりません。 仮にそれが漏れたとしても、戦争の準備をして、襲い、その報告がいま届く。 無理だと思われます」

「なるほどな」

 王様がニヤリとした。

 おっと、これはポイントを稼いだか。


「ただ、街道で騒ぎを起こし、城兵の数を減らしておいて姫様を奪う。 もっともありそうなシナリオでございます」

「そう簡単にこの城に入れると思うか?」

「狙いは北の塔ですから、父ブルーノの小隊のみ。 商人の中に紛れ込める人数でも、兵士の目が南を向いていれば勝算があると思うのでないかと」

 再び王様がニヤリ。

 ひょっとして、試されたのか?

 まあいいけど、出番だぞ、爺さん早く来い。


「となりますと、姫様には城内の部屋に移っていただくとして、ブルーノにはおとりになってもらうのも面白いかもしれませんな」

「まあ、そうと決まったわけではないが、万難を排しておけ」

「はっ」

 よっしゃー!

 さすが爺さん、やるな。

 レイバン次第だから確実ではないが、砂漠の民が北の塔に来ることはない。

 これほど速かったのは、姫様救出作戦の準備が整っていたのだろう。

 やり方は過激だが、積りに積もった不満があったところに、俺がお墨付きを与えたんだ、これくらいやっても不思議はない。


 これで時間稼ぎは出来た。

 姫様には毎日歌を歌っていただこう。

 歌姫として評判になれば安泰だし、言葉を覚えて、礼儀作法も大変そうだが、それをこなせば3国1の美姫の誕生だ。

 ここまでくれば、ミッション・コンクリート。

 なんか違う気もするが、それだ。

 これでブルーノたちを脅かせるかもしれん、会うのが楽しみだぜ。


「ルーラァ」

「はっ」

「新型船の褒美に、ルテシイアを取らす」

「はっ、はい?」

 いきなり話が、え、えーっ?


「なんだ、不服か?」

「め、滅相もございません。 身に余る光栄にございます」

 姫様と結婚?

 この可愛いお人形さんと結婚?

 結婚つたらあれだぞ、毎晩あんな事やこんな事を……グフッ。

 待て待て、そうじゃない。

 いや、そうだけど、そうじゃない。


 問題はなぜこうなるかだ。

 なぜ俺で、なぜ今なんだ?

 そりゃまあ、日本人だし、可愛いし、毎晩だって……グフッ。

 いやいや、後だ、今は集中、集中だ。


 しかし、王様からそれ以上の説明はないく、それどころか、話は終りとばかりに立とうとしたため、素早くシールドを解除する。

 あぶねー、もう少しで王様の頭にたんこぶが出来るところだ。


 まてよ、シールドの魔法がかかっているのに、王様の声は普通に聞こえたぞ。

 声が聞こえるということは空気を通すのか?

 じゃ、熱風や冷気は?

 魔法攻撃を受けたら、バリアの魔法じゃないと駄目なのかな。

 いや、そんな事よりこれで終わりとはどういう事だ、さっぱりわからん。


「ルーラァ、何をしておる、早く来んか」

「は、はい」

 王様と共に奥の扉に向かった爺さんから声がかかった。

 おっと、どさくさに紛れて立ち入り可能範囲をさらに広げる作戦か、乗ったぜ。


「ルーラァ様」

「はい?」

「感謝いたします」

「そ、それは王様に」

「はい」

 扉に向かおうとすると、後ろから女官長の声がかかった。

 気にしていたんだな、苦手だけど。


『この人は女官長。 女官で1番偉い人だから、指示にしたがって。 あと、もう助かったから安心して。 それと、後で行くから』

『後って?』

『遅くても夜までには行く』

『なるべく早く来てね』

『分かった』

 おいおい、このすがるような感じ、いいよ、絶対にいい。

 お人形さんみたいな顔立ちだし、大人になったらスゲー美人になりそうだ。

 これが俺の嫁さんとはたまらん。

 さっそく今夜にもいただきたいが、駄目かな?

 女官長はともかく、未来の嫁さんに見送られ、いい気分で奥の扉に向かった。



 今度の通路は豪華だった。

 大理石の床に壁は板張り、板自体が高価だろうからかなりの贅沢だ。

 そして、書かれているのは草原。

 遥か彼方の山脈まで続く草原に、花畑、湖、森、列車の窓から景色を眺める様に移り変わってゆく。

 ははーん、これはあれだ、都会の人間が田舎に憧れるってやつだな。

 王様は城から出してもらえないんだろう。

 だから広々とした草原や、緑あふれる自然を求める。

 しっかし、そう考えると王様も楽じゃねえな。


 2人の女官が先頭、王様と爺さんの背中を見ながら進むが、後ろにも2人の女官が歩いている。

 キョロキョロとしていると、先頭の女官たちが左手の扉の前で止まった。


「陛下のご到着です」

 女官の声に応えるように内側から扉が開かれ、安全を確認した女官たちが脇に移動した。

 王様、爺さん、その後に続いて扉を抜けると謁見の間だった。

 方向感覚には自信があったんだが、頭の中の地図と一致しない。

 素早く通路を覗いてみると、真っ直ぐだと思っていた道が曲がっている。

 こりゃあすごい、じっくり調べて図面を起こしてみたいところだ。


 王様はそこにいた4人の専属城兵に挟まれて王座に向かい、爺さんはその手前で立ち止まった。

 爺さんの斜め後ろに陣取るが、何も言われないのでいいんだろう。

 両側の壁には10人ずつの近衛城兵が立っていて、中央に最高の礼を持ってかしずく兵士、その後ろにも近衛城兵が2人いた。


 だが、この男何で光っているんだ?

 いや、襲ったのが砂漠の民ならなぜここにいるかだ。

 しかも、この光は俺にしか見えないとなれば、この兵士が砂漠の民であることを誰も知らない事になる。

 てっきり南の街道の事を伝えに着た兵士だと思ったのだが、どうなっているんだ?


 ともかく、シールド、いや、バリアの魔法をかけた俺は偉い。

 王様が面を上げよと言った途端、男の頭上に水球が浮かび、顔を上げると同時に矢の形に変わって飛んできた。


 初めて見る攻撃魔法。

 近衛城兵も知らなかったのだろう、王様の前に立ちはだかることはかなわず、腕を伸ばして短剣で切り付けるのがやっとだ。

 しかし、相手は水。

 飛んでくる矢を短剣で叩き落とす腕はあっても、ただすり抜けただけだった。

 水の矢はそのまま王様の体に向かい、バリアに阻まれて四散した。


「解除」

 一瞬の静寂の後、王様は4人の城兵の壁で見えなくなり、後ろに立っていた城兵たちが賊となった男を取り押さえた。


 男から光が消えていた。

 魔力を使い果たしたのだろうが、何者なのか、なぜこんな真似をしたのか?

 聞きたい事は山ほどある。

 だが、王様は4人の専属城兵に囲まれて部屋を出ようとしているし、そうなると付いて行くしかない。

 普通は、「お前は何者だ」とか、「俺に魔法は効かぬわ、ワハハ」とかなるんじゃないのか?

 何事も無かったかのように出ていく王様はある意味大物だが……。


「ルーラァ」

「はい」

「姫様付きを命じる。 通訳になって差し上げろ」

「はい」

 扉が閉まると爺さんが振り向いたのだが、これはもうついて来るなって事だろう。

 そして、王様たちが通路の奥に消えていくのを見送ると、ポツンと残されていた。


 何じゃこれは?

 今、王様の命が狙われたんだよな、何でみんな平然としているんだ?

 もし、攻撃魔法の存在を知っていたら、近衛城兵はもっと早くに行動していたはずだ。

 危険に気が付いたのが水の矢になってからだ、だから間に合わなかったんだ

 初めて魔法攻撃を受けた事、砂漠の民がいた事も含めて、なぜそのままにする?

 王様だってそうだ。

 水の矢が飛んで来ても、バリアに弾けても、微動だにしなかった。

 恐怖で動けなくなるような玉じゃない。

 ならば、近衛城兵に命を預けるなら自身は動くべきではない、たとえその結果が己の死であろうとも。

 もしかして、そう言う事なのか?

 だとしたら、まったく、とんでもねえ王様だぞ。

 爺さんも含めて、何じゃこいつらは、って感じじゃねえか。


 それに比べて俺はどうだ?

 王様の命を救った。

 それが仕事っちゃ仕事だが、ありがとうは無理でも御苦労の一言も無しかと、腹が立ったぞ。

 おまけに、これから行われるであろう最高責任者会議に出席する事はもちろん、この扉を開ける事も出来ない。

 この差はいったい何なんだ?

 おもいっきり負けた気がするぞ。

 それも、男としての器が負けている。

 まったく、顔洗って出直して来いって感じじゃねえか、くそったれが。


 まあ、まあいい、良くはないがいい。

 それが今の俺だというなら受け入れてやるまでだ。

 そうとも、俺の人生はまだ始まったばかりよ。

 上には上がいる、そいつが分っただけでも良しだ。

 さてと、こんな所にいても仕方がないし、バラ園の部屋に戻るか。


 トボトボと戻ってみたが、あれ? 誰もいないぞ。

 当然、姫様の部屋なんか知らんし。

 オーイ、迷子のオッサンがここにいるぞー。


 このまま探検したいところだが、今日はまずいだろうし、隠し扉を抜けるか。

 ナーンは、知らないだろうな。

 結局、女官長の部屋を通り、女官たちがいる所まで行く。

 しかし、道を聞いたが分からない。

 案内してもらって、ようやく姫様の部屋までたどり着くありさまだ。



「ルーラァ・アイスラー様がおこしにございます」

 扉の前に2人も女官がいたが、誘拐されるかもしれないとなれば当然か。


 扉の内側にも2人いたが、部屋の装飾はお花畑だな。

 壁と家具が、白やピンクの花で統一されている、床は土を模してか茶色、天井の水色は空だろう。

 案内されたティーテーブル、同じ絵柄テーブルクロスに出てきた紅茶とお菓子はなぜか1人分。

 理由は、支度が遅いのね、はい分かりました。

 お客と会う為の服に着替えるのに時間がかかっているんだろう。

 客ではないと言いたいところだが、たった今、婚約者になったばかりだしな。

 そういえば、王様が服装はいいから急げとか言っていたな。


 まあいい、ちょっと考えてみよう。

 姫様の処刑は公表されていないから、うやむやにするのは造作もない事だろうが、なぜ俺なんだ?

 王様を助けたからか?

 いや、その前だったよな。

 ブルーノにも話していない秘密で信用したか?

 いくつかあった試しの質問か?

 うーん、それ以上思い当たる節は無いな。


 戦闘に関しては納得できる。

 可能性ではあるが、狙いは姫様の救出と読める。

 ならば、その目標を奪ってしまえばいい。

 閉じ込められていない者は救えないし、姫でなくなれば利用価値はない。

 まあ、そんな所だろう。


 政治的にも理屈は通る。

 王家にとっては、魔物が取りついたという噂の姫は何処にも嫁がせることはできないはずだ。

 それを有効活用できるのは大きい。

 同じ理由で、諸侯からの反発も少ない。

 アイスラー家にとっては、念願の王家とのつながりが持てる。

 それに、特別な力を持っているかもしれない姫だ。

 他国への流出は避けたいとなれば、最も無難なのが俺、か。

 成程な、この王様おつむの方もけた違いだ。



「お待たせいたしました」

「いえいえ、前触れもなく訪れた私の責任ですので」

 女官長自らが、奥の部屋から姫様をエスコートして出てきた。


 フリルがたっぷり入った白いロングドレス。

 花嫁衣装にも見える豪華さだが、胸元が大きく開いていて、ふくらみの3分の1は見えている。

 勿論、文句などあろうはずがない。

 ただ、そこに光る宝石が羨ましい、じゃなくて、綺麗です、はい。

 立ち上がったのも、姫様が座るまでそのままでいたのも、礼儀作法。

 決して上から覗き込みたかったわけではない。

 礼儀作法は大事だ、とっても大事だ、うん。


「女官長」

「はい」

 座る前に用事は澄ませておく。


「女官は噂話厳禁だと聞いておりますが、婚約の話を広めていただくことは可能ですか?」

「それは構いませんが、理由をお聞きしても?」

「姫様は姫であるが故に狙われます」

「なるほど、伯爵夫人では……失礼しました」

「いえ、それが狙いです、お願いできますか?」

「お任せください、ルーラァ様」

 頼もしい。

 姫様の安全の為だろうが、こんな時にも頼りになる人だ。


「ありがとうございます。 もう1つ、姫様に部屋着とドレスを作って差し上げたいのですが」

「まあ、それはお喜びになられると思います」

「では、姫様のご希望を聞いて、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、お任せくださいませ」

 狙いは部屋着の方だ。

 日本人なら、毎日腰が締め付けられるドレスはつらいだろうしな。

 女官長は笑顔で部屋を出て行った。

 扉の女官はそのままだが、これは仕方がないだろう。


『さて、お待たせしました』

『ありがとう。 よく分からないけど、助けてくれたんでしょう』

『お礼を言うなら、女官長と、スラガ・ドーマ侯爵だな』

『スラグ・ドーマ?』

『スラガ・ドーマだ。 さっきの部屋にいた偉そうなのが王様で、ジジイがドーマ侯爵だ』

『ふふ、分かったわ、今度会ったらお礼を言っておく。 で、もう聞いていい?』

『ああ、その前に少し説明をしてあげるよ』

『お願い』

 やっぱりかわいいぞ。

 今夜のお楽しみはどうかなあ?

 目標はお楽しみでいいよな。


『まずここは日本じゃない、それどころか地球ですらない。 異世界、そう呼ばれている所だ。 日本で死んで、その記憶を持ったままここで生まれ変わった。 何故かとは聞くなよ、俺にもわからない。 だが、これだけは言える。 日本には帰れない』

『はっきり言うわね』

『今言わないと、言いそびれてしまいそうだからな』

 沈黙が訪れた。

 必要な沈黙だ、黙って付き合おう。


『お星様がね』

『星?』

『ええ、カシオペアも、オリオンも無い、それどころか北極星も無かった』

『南半球の可能性は?』

『詳しくはないけど、南十字星があれば気が付くわよ』

『そうか』

 お星さまときたか、さすがに女の子は違うな。


『私は、眠っただけよ』

『そうか』

『寿命だったのかな』

『分からない』

『……うん』

 ショックだろうけど、何も言ってはやれんもんな。


『家族や恋人は?』

『子供が3人、孫が5人よ』

『えっ?』

『ふふ、ほんとは71歳のお婆ちゃんなの』

『そうなんだ』

『やっぱり寿命だったのかもね』

『あのさ、俺も60才だったりする』

『えーっ? 何それ、じゃあ、お爺ちゃんなの?』

『まあな』

『じゃあ、お孫さんもいたの?』

『1人だけどな』

『そう、ちょっと安心した』

 同感だ、ある意味とても助かった。

 若い子では話も合わないし、日本での思い出話も共通の話題が持てるだろう。


『ついでに言っておくと、ついさっき、俺達は婚約した』

『えーっ?』

『王様が決めたからな、断ったらきっと死刑だ』

『まあ、大変だこと』

『あなたは第1王女で、俺は次の次だが伯爵だ。 政略結婚ってやつだな、かわいそうなお姫様だ』

『ほんと、かわいそうな、わたし』

『まあ、そういう事だから、心配はしなくていいよ』

『はい、これからもよろしくお願いします、旦那様』

『こちらこそ、奥さん』

 これだよ、この余裕の会話がいい。

 この分だと、今夜襲っちゃても行けるんじゃねえかな。


『それでこのドレスなの?』

『いや、よくは知らないけど多分偶然だろ』

『1つお願いしていい?』

『何でもどうぞ』

『結婚するまでは綺麗な体でいたいわ』

『ぶっ』

『ふふ、よろしいですか? 胸ばかり見ている、Hな旦那様』

『も、もちろんだとも』

 み、見破られている。

 男のあしらいもベテランだってことを忘れてた。


『他に日本人はいないの?』

『探していないから何とも言えないけど、1000年前と、200年前には1人ずついたみたいだな』

『中途半端なのね』

『100年に1人、黒目黒髪の姫が生まれるそうだ』

『それが私』

『ああ、それ以外にも、1000年前の魔道師様は鍛冶屋にキヨモリという名を与えているし、200年前の人は女官たちに柔道を教えている』

『今は?』

『分からないが、探す方法はある』

『どうするの?』

『毎日歌を歌ってくれ』

『歌?』

『そう。 あなたが楽しい歌を歌うと、聞いている者が楽しい気分になる様なんだ』

『さっきのね、日本語でもいいの?』

『ああ、日本人が、日本語の歌を聞けば……』

『むこうから声をかけて来る』

 いいねえ、こういうリズミカルな会話ができるとは、さすがは婆さんだ。


『そういう事だ。 あなたは歌姫様と思われている』

『歌姫様?』

『ああ、童話に出てくる姫さまで、ユニコーンの化身と言われている』

『ユニコーンて、さっきも言ってたけど、角が生えた白い馬で合ってる?』

『ああ、国王の守護神で、この世界では実在している』

『いるんだ、見てみたいわね』

『立ち入り禁止だけど、あなたなら許可が下りそうですよ』

『あなたはいいわ、私の名前は、羽賀・のどか、よ』

『えっ?』

 まさか、とは思うが……。


『似合わない?』

『いえ、じゃなくて、あの、連れ合いさんの事を聞いても?』

『亡くなったわ』

『すみません』

『いいのよ、もう10年も前の話だし』

『ご病気か何かで?』

『いいえ、事故よ。 魚釣りに行って、崖から落ちちゃったの』

『も、もしかして、福井県の東尋坊?』

『あら? どうして分かったの?』

 やっぱり。


『ふーっ、俺の名は、羽賀・重三郎だ』

『まさか?』

『そのまさかだ、のどか婆さん』

『嘘よ、あなたはまだ子供でしょう』

『婆さんだって、12歳だぞ』

『どうりで、お肌つるつるだと思ったわ。 でも、信じろという方に無理があるわね』

 いや、そんなこと言われてもな。

 何と言えば信じてくれるんだ?


『えっと、新婚旅行は同じ福井県の芦原温泉。 名前は忘れたが、のちに裕次郎の奥さんが長期宿泊し、報道陣をシャットアウトして有名になった旅館だ』

『誰かに聞いたとか?』


『違うって。 部屋に入ると、右に洗面台とトイレで左が風呂。 ユニットバスじゃないし、大浴場もあるのに此処も温泉だった。 襖を開けると12畳、贅沢な京間だ。 床の間には100円を入れるとHな番組が見れるテレビ。 障子を開けると縁側を模したフローリング。 小さなガラステーブルに2脚の椅子。 窓は1間もののガラスが3枚。 俺の後ろがクローゼット、婆さんの後ろに小さな冷蔵庫。 夜景を楽しみながらビールで乾杯した。』

『……』

 くそー、まだかよ。


『興奮して来て、勢いよく立ち上がったら、そのテーブルに股間を打ち据え、はれ上がった。 旅館の人に言うのも恥ずかしいので、冷蔵庫から瓶ジュースを出してきて冷やした。 深夜近くになってようやくはれが引き、喉が渇いたと思って、そのジュースの栓を抜いた。 グラスに注いだまでは良かったが、お前が汚いと言い、俺は瓶に入っているから綺麗だと言い、そういう問題じゃないとお前が言った。 これが、初めての夫婦喧嘩だ』

『……じいさん。 ほんとに、じいさんなのかい?』

『だから、そう言ってるだろうが』

 まったく、やっとかよ。


『ともかく、もう心配はいらんという事だな』

『ええ』

『ああそうだ、お前確か味噌や醤油は造れたよな』

『まあ、出来ないことはないですけど』

『そいつを頼む。 後、酒はどうだ?』

『無茶ですよ』

『そうか』

『ええ、できても濁酒が精いっぱいですよ』

『それ、それでいいんだ、作ってくれ濁酒』

『はいはい』

『いやー、助かった。 これでハンクと杯が交せるぜ』

『ねえ爺さん?』

『何だ?』

『もう1つお願いがあるんですけど?』

『ああ、何でも言え。 今、お前は王女様だ、命令してもいいくらいだ』

『それじゃ1つだけ』

『おう』

『あなたと再婚は嫌です』

『――えっ?――』



 第2章、完

 作風がかなり変わったのにもかかわらず、ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。

 第2章を『始動』に改めました。

 第3章はクリスマスあたりを予定しております。


 感想でいただいた、主人公の魅力が分かりません。

 2.3か月離れて、読者視点で読み返したく思っております。



 その間に

 第1章は大幅な改訂をし、第3章のプロットは練り直します。

 内容的にはほとんど変わりませんが、完全1人称作品にしたいと思っております。

 3人称1元視点があやふやなので、可能な限りという感じですが……。


 またしても長い時間お待たせして申し訳ないのですが、前回同様、意味のある回り道にして、その先にある累計ランキング100位以内の目標に向かいたいのです。

 わがままな書き手で申し訳ありませんが、第3章開始時には、1も2も再読の価値あり、そうなるように頑張りたいと思っております。


 またお会いできることを願っております。

 ありがとうございました。


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