悪役令嬢になりたくないのに、殿下の婚約者になりそうです⑧
その瞬間に向けられた多くの視線。
逃げ出したくて一歩足を引くけれど、殿下に背中を支えられてしまい後退ることすらできない。
何故、こんなことになってしまったのだろう。
頭の中で、物語の大まかなストーリーがぐるぐると回っていく。
私は悪役令嬢の妹で、物語に名前さえ出てこない、一家全員処刑としか書かれない登場人物だったはずなのに……。
「下を向くな」
「無理です……」
できるだけ、顔を見られたくない。
私をこの場にいないものにしたい。
そう思っていて、どうやって顔を上げられるというのだ。
断固として拒否である。
「この場で俺にキスされるのと、笑顔で歩くのどっちがいい?」
「……両方、死ぬほど嫌」
せめてもの反抗でぼそりと言えば、急に周りの温度が下がった気がした。
「ミルベラ、もう一度だけ言う。顔を上げろ」
「お断りします」
そう言った瞬間、私の身体はふわりと持ち上げられる。
「────っ!?」
な、何が起こってるの!?
殿下にお姫様抱っこされている状況に目を白黒させていると、私のおでこに何かが触れて離れていった。
「「「「キャーーーー!!!!」」」」
起こった歓声と悲鳴に、びくりと肩が揺れる。
「でででで殿下!! 今、何を!?」
「キスした」
「はい!?」
「おかしいな、ここは頬を赤らめるところだろ?」
不思議そうに私を見るけれど、私からしたら何でそんな顔をできるのかが分からない。
「何、馬鹿なこと言ってるんですか!? 好きでも何でもない相手からキスされるのって、嫌悪しか感じないですって!!」
「だが、俺相手だぞ? まさか嫌だったのか?」
嫌だったか……か。
うーん、たしかに嫌悪はなかった。でも、嬉しくもなかったよね。トキメキも当然ないし、何してくれちゃってんの!? っていう気持ちにはなったけど。
「何で考え込んでるんだよ」
「迷惑極まりないなとは、思いました。あと、命令口調が嫌」
「……口調に関しては、悪かったよ。またやったら言ってくれ。自分では気づけない」
うーん。これは反省してるのかな?
まぁ、長年のものは直せないよね。それに、王族なんだから、常に命令を出す側だろうし。
「おでこにキスも悪かったと思ってください」
「断る」
「はい? 横暴過ぎません?」
「ミルベラが俺と婚約を嫌がるから……」
えー、そこ?
っていうか、最初からずっと嫌がってるじゃん。
「何で殿下は婚約を喜ばれる前提で考えるんですか?」
「……え、だって王族との婚姻は、家にとっての栄誉だろ?」
殿下の戸惑いが伝わってくる。
まぁ、たしかに一般的にはそうかもだよね。
どう説明しようかな。……というか、いつまでお姫様抱っこしてるつもりなの?
「一先ず、降ろしてください」
「嫌だ。ミルベラが俺との婚約に前向きでないのなら、外堀を埋めるためにも降ろしたくない」
「えー、そんな子どもみたいなこと言わないでくださいよ」
「……うるさい」
拗ねたように殿下は言う。
どうすんのよ、この状況……。
と思っていたら、私を呼ぶ声がした。
「ミルベラ!!」
「お姉様っ!!」
殿下の胸をぐいっと押して、無理矢理降りる。
けれど、殿下は私を後ろから抱きしめて、お姉様の元へと行かせないようにしてくる。
「行かせてください。お姉様が待ってるんです!」
「俺と姉、どっちを取る気だ?」
「お姉様に決まってるじゃないですか」
そう言った瞬間、殿下が傷付いた顔をした。
「そうか、そうだよな……」
弛んだ腕と力ない言葉。
私は悪いことなんか何もしてないはずなのに、どうしてかお姉様の方へと行くことができない。
「今日はじめてきちんと話した相手と家族を比べられたら、家族を選びますよ……」
「わかってるよ」
じゃあ、何でそんな目で私を見るの?
悲しみを耐えるみたいに笑うの?
そういうの、困るよ……。
どうしたらいいのか分からなくて、でも殿下を選ぶことはできなくて、呆然と立ち尽くしてしまう。
すると、そこへコツコツとヒールを鳴らしながら、お姉様がやって来た。
「ベラ、よくやったわ!! これで、我が家に逆らえるものはいなくてよ。おーほほほほほ……」
「お姉様、おほほ笑いじゃなくて、あーはははにしてください!!」
いつもの癖で思わず言えば、お姉様はふふんと笑う。
「ベラ、暗い顔はお止めなさい。女性は笑っている時が一番美しくてよ?」
「お姉様……」
「まぁ、私レベルにもなれば、どのような表情でも美しいけれどね」
お、お姉様……。
今日も安定して、感動が台無しだよ。
「アリウム殿下、お久しゅうございます。ミルベラの姉、エリーカ・ラットゥースでございます」
「あぁ。あなたの噂は色々と聞いているよ」
「さようでございますか。私ほど美しければ、噂にならないほうがどうかしてますものね」
おぉ……、さすが安定のお姉様クオリティー。
殿下から出てる重たい空気、ガン無視である。
「さて、殿下。私、殿下に申し上げたいことがございますの。よろしいかしら?」
「何かな?」
突如、そう切り出したお姉様に、殿下はにっこりと私の苦手な笑みを浮かべる。
けれど、当然お姉様はそれを気にすることなく、口を開いた。
「いくら殿下といえど、ベラにあのような顔をさせるのは、私が許しませんわよ」
眦をあげ、お姉様は口元を扇子で隠す。
一瞬、唖然としてしまったが、公衆の面前でこれはまずい……。
「お、お姉様?」
「ベラは黙ってなさい。私は殿下と話してるのよ」
「でも──」
「ミルベラ、問題ないよ」
「殿下っ!?」
あぁ、これではお姉様がどんなに失礼なことをしようと、もう止められない。
お姉様が罪に問われたら、どうしよう……。
「殿下、ベラには私のような華やかさもなければ、引っ込み思案なくせに個性的という、我が妹ながら変な子ですわ。けれど、誰よりも優しい子ですの。ベラを笑顔にできないのでしたら、この子のことは諦めてくださいまし」
まさかの発言にお姉様を凝視する。
ついさっきまで、何が何でも私に殿下の婚約者になるように言ってたのに、どうして?
「私、ベラには世界で二番目に幸せになってほしいと思ってますの」
「一番ではないのかな?」
「もちろんですわ! 一番幸せになるのは、私でしてよ」
堂々と言い切ったお姉様に、殿下はものすごく変な顔をした。
うん、わかるよ。
何言ってんの? って、なるよね。
ついさっきまで、いい話をしていると余計にさ……。
今作で一番書きやすいのは、お姉様です。
「私が一番」という気持ちがぶれないので、驚くほどに書きやすい(笑)




