悪役令嬢になりたくないのに、殿下の婚約者になりそうです⑦
な、何故、私は着替えさせられて、髪を整えられ、化粧を直されているの?
私の予定では、見た目がボロボロになったからと家に帰るはずだったのに……。
「うん、いいね。綺麗だよ、ミルベラ」
仕上がった私に、殿下は満足げに笑う。
けれど、私は殿下の姿に戸惑いを隠せない。
「どうして、殿下までお召し物を着替えたんですか? それに、私の着たドレスと装飾品って……」
これではまるで、私と殿下が相思相愛のようではないか。
殿下は、私の髪と同じ金の刺繍の入ったものへと着替え、胸元のフリルの上についている宝石をエメラルドグリーン……私の瞳の色に変えている。
そして、私が着替えさせられたのは殿下の髪と同じ、雪のような白銀の刺繍が美しいドレスで、これまた殿下の藤色の瞳と同じ色の装飾品をつけられた。
しかもだ、私と殿下が纏っているのは、王家しか身につけることが許されない紫色。殿下は王家なのだから、当然として、私が紫色のドレスを着るのは、非常にまずい。
何より恐ろしいのが、このドレスも靴もサイズがピッタリだということ。
「何で、殿下が私のサイズを知ってるんですか!?」
本当に、ほんとーに、信じられないっ!!
「この、変態王子がぁっ!!」
「…………変態」
ぼそりと殿下は、私が心の中で叫んだ言葉を呟いた。
あ、あれ? 心の中で叫んだ……よね?
周りの様子を見れば、侍女たちからサッと視線を逸らされる。
ど、どうするの。この状況……。
まさか今の失言で私の首が飛ぶなんてこと……。
「命だけはお助けくださいー」
床に這いつくばって土下座をしようとしたところで、グッと殿下に腕を掴まれる。
「何言ってるの? こんなことで怒るわけないでしょ。ほら、汚れるから」
「意外と優しい!!」
「意外は余計だよ」
くすくすと笑いながら言われ、たしかに失礼だったなと素直に謝罪をする。
「自分の妻になる相手に優しくするのは当然だろ? これから長い人生において、共に生きるのだからさ」
「……そう……ですね」
にっこりと笑う殿下に、取り敢えず愛想笑いをして頷いておく。
殿下のこの笑い方、苦手だな……。
さっきまでの楽しそうに笑ってた時のほうが良かったのに。
「何か言いたいことがありそうだね」
「いえ、そのようなことはありませんよ」
本人に悪気はないだろうし、もしかしたら無意識なのかもしれない。
だけど、私は殿下のにっこりとした『笑っておけばいいんだろ?』というような笑みを向けられる度に、私の気持ちなんかどうでもいいと言われている気分になる。
「皆、一度部屋から出てくれ」
殿下の言葉に下がっていく侍女や護衛の後ろについて私も部屋を出ようとしたところで、殿下に手を掴まれる。
「何でミルベラまで出て行くんだよ」
「……? 殿下が皆に指示を出したんじゃないですか」
そう答えれば、殿下は大きなため息をついた。
「ミルベラと二人で話したいから人払いをしたんだ」
「あ、そうだったんですね。……で、何を話すんですか?」
「何をって、さっきミルベラが何か言いたそうな顔をしたんじゃないか」
え? わざわざそれで人払いをさせたの?
「別に大したことじゃありませんよ」
「そんな事ないだろ。言え」
「言えって……」
何でちょいちょい横暴なわけ?
そういうお年頃なの? 悪ぶってるのがかっこいい的な?
「今、何か失礼なことを考えてるだろ」
「そんなことは……」
どうにか誤魔化そうと、へらりと笑って見せるけれど、殿下は無言で私を見てくる。
その圧に耐えられず、しぶしぶ私は口を開いた。
「もし思ってることを言っても、怒りませんか? 処刑したりとかされたら嫌なんですけど」
「だから、そんなことするわけないだろ!! ミルベラは俺を何だと思ってるんだ」
何って、ラットゥース家を、私を殺す人……なんて言えないよなぁ。
「じゃあ、信じますからね。ぜーったい、処刑しないでくださいよ」
「しつこい!」
ギロリと睨まれたけれど、言質を取れたので良しとする。
「じゃあ、失礼を承知で言いますけど、私、殿下のにっこりと笑う顔が苦手なんです」
「……は?」
「あと、ちょいちょい命令口調になったり、口が悪くなるのも気になります」
「え、俺、口悪くなってる?」
呆然と聞かれ頷けば、殿下は黙ってしまう。
「口が悪いのは怖いかな?」
「怖くはないですけど、親しみのある口調と混じってるのが気になるんですよね。何か、突然別の人と話してる気分になるといいますか……。あ、でも命令口調は嫌です」
「それは、悪かった」
え、嘘……。素直に謝られちゃったんだけど。
「口調は、素が出ただけだ。今みたいに話す方が楽なんだが、柔らかい口調の方が色々と都合がいいから、気をつけてたんだけどな……」
「命令口調にさえならなければ、今の口調でも気になりませんよ?」
「ミルベラはそうかもしれない。だけど、相手を萎縮させることも多いんだよ。それと、柔らかく話している方が相手も油断してくれるしな」
これ、後者が主な理由だよね。
油断させて何をするのか少し気になるけれど、軽い気持ちで聞いたら藪をつついて蛇を出すことになりそうだ。
うん、聞かないのが一番だな。
「へぇ、そうなんですね」
「婚約者になるんだから、もう少し興味を持ってくれてもいいだろ?」
「えー、嫌ですよ。そんなことより、あの取って付けたみたいに笑いかけてくるのをやめてもらえると嬉しいのですが」
「……そんな風に見えるか?」
「見えますね」
他の人からどう見えてるのかは分からないけれど、少なくとも私にはそう見える。
だから迷わずに肯定すれば、殿下は不思議そうに首を傾げた。
「おかしいな。あーやって笑うと、喜ばれるはずなんだけどな」
「誰が喜ぶんです?」
「女性たちかな」
そう言われ、殿下がにこりと笑い、それに対してキャーキャー言っている令嬢やご婦人を想像した。
うん、アイドルみたいだな。
「なるほど、良かったですね?」
「一番喜んでほしい相手に嫌がられてるんじゃ、意味ないだろ」
「はぁ、殿下も大変ですね」
何も考えずにそう答えれば、殿下に小突かれる。
「一番喜んでほしいのは、あなただよ」
「……え、私? なんで私なんです?」
意味が分からず、眉間にしわが寄った。
すると、今度は殿下に眉間をぐりぐりと押されてしまう。
「それくらい分かれ、馬鹿」
「はぁー? 暴力反対!」
「これは暴力じゃない。リラックスさせてやってるんだ」
「そんなわけないじゃないですか!!」
ギャーギャーと言い合っていれば、扉がノックされ、殿下はさっきまでのよそ行きの雰囲気へと戻る。
「殿下、そろそろお時間でございます」
「わかった。すぐに行くよ」
あ、いつもの王子様感あふれる殿下になった。
「ミルベラ、行こうか」
「どこにですか?」
「いいから、手を取れ」
有無を言わせない雰囲気に、仕方なく殿下の腕に手を乗せる。
エスコートをされついた場所は、パーティー会場の扉の前。
まさか……と、殿下を見ればニヤリと笑われる。
「俺から逃げられると思うなよ」
耳元で囁かれた瞬間、無情にも扉は開かれたのであった。




