悪役令嬢になりたくないのに、殿下の婚約者になりそうです⑥
「こ、婚約への拒否権って……」
「あると思う?」
で、ですよねー。そんな気はしてましたよ。
ということは、アリウム殿下の婚約者に強制就任ってこと?
つまり、悪役令嬢の妹から、悪役令嬢ポジションへの変更?
さーっと血の気が引いていく。
「で、殿下? デビュタントのあと、私は一年も社交界に出ておりません。ですので、殿下の婚約者は、私には務まらないかと」
「ハハッ、そんなわけないって。あの気難しい重鎮たちに可愛がられるような令嬢だよ? 余程人心掌握がうまいとしか思えない」
「そ、そんなことありませんよ。皆さん、最初からお優しかったですから」
そう、最初から親切で優しかったのだ。
お父様に書類を届けに行って、ついでにそのままお手伝いをしていたら、それを見た重鎮の皆さんがお菓子をたくさんくれたんだよね。
それがいつしか、一緒にお菓子を食べるようになり、最近は休憩時間に皆でお茶をしている。
その時、いつも一番最初に私にケーキを選ばせてくれるし、話題のスイーツや珍しいお茶やお菓子などいろいろと用意までしてくれる。
やっぱり、どう考えても気難しくなんかない。皆、優しくて、気の良い人たちだよ。
「皆さんとは、甘いもの好き仲間なんです」
「…………は?」
「あれ? ご存知ないですか? 話題のスイーツはもちろんのこと、他国の甘味にも詳しいんですよ」
皆のことを思い出してにこにこしていれば、殿下は何故か少し遠い目をした。
「なるほど。他国の甘味が手に入ると、やたら聞いてきたのは、そういうことか」
「殿下にまでそうやって聞くなんて、余程甘いものがお好きなんですね」
「あぁ、そうだろうね」
おかしそうに笑いながら手を差し出され、思わずその手をしげしげと見る。
この手は、何? まさか、お手をしろと?
「あ、殿下、生命線が長いですよ。長生きできますね!!」
とりあえずそう言ってみれば、手を握られる。
「エスコートだって。ほら行くよ。……というか、生命線って、何? ミルベラ嬢といると、調子狂うなぁ」
先程までの腹黒王子感は薄れ、年相応な雰囲気で話しながら、殿下は私の手を引いて歩き出す。
「よく分かりませんが、褒め言葉として受け取っておきますね」
「……もう、それでいいよ」
若干投げやりに言われるけれど、これでは私が振り回しているみたいじゃないか。
振り回されているのは、私の方なのに。
「殿下、私と婚約してもメリットなんて何もありませんよ。考え直しましょう」
「メリットがあるかどうかは、俺が決めることだ。あなたは大人しく俺の婚約者になればいい」
「うわっ、横暴……」
思わずそう言えば、殿下の足はピタリと止まり、私の方を振り返る。
そのことで、自分の失言に気がついた。
これってもしかして、不敬罪で処分されちゃうやつ!?
やらかしたことで、冷や汗が止まらない。
「もしかして、俺と婚約したくないのか?」
信じられないという表情で言われ、思わず首を傾げてしまう。
「私、さっきから婚約しなくて済むようにしようとしてましたよね?」
「自分に自信がないからだろ?」
「……違いますね」
そう言うと、繋いでいた手がふっと離れ、殿下は肩を揺らした。
「え? あ、ごめんなさい。殿下が悪いとかじゃないんです。本当に、ただ殿下と婚約したくないだけで……」
「…………ふっ、あははははは」
「え? えぇ?」
な、何で笑ってるの? 落ち込ませちゃったのかと思って、焦っちゃったじゃん。
って、……え? お腹抱えて、涙ながしちゃってるんだけど。
今のどこにそんな面白いことが?
「それ……何のフォローにもなってないから…………」
そう言ったあとも、しばらく殿下は楽しそうに笑っていて、私は何でこんな状況なんだろう? と、首を傾げながら殿下の笑いがおさまるのを待った。
「あー、笑った笑った。うん、いいね。俺の勘に間違いはなかったよ」
「へ?」
「あなたと婚約をしたら、毎日が面白そうだ」
「え? ちょ、ちょっと待ってください! 今の流れだと、婚約の話はなくなる感じでしたよね!?」
慌ててそう言えば、にこりと笑いかけられ、顔が引きつった。
この笑い方をしている時の殿下って、何だか怖くて苦手だ。
「婚約に対しての拒否権はないって言ったけど?」
離れていた手が私の頬に触れる。
あまりの冷たさに、肩が小さく震えた。
「ミルベラ。あなたは俺の婚約者になり、行く行くはファルコスタ王国の王妃になるんだ」
「む、無理です……」
「無理じゃない」
そう言われても、無理なものは無理だよ……。
悪役令嬢ポジションになりたくないし、そもそも私は王妃って器じゃないって。
あと数年で、ヒロインが聖女の力に目覚めるから、大人しくヒロイン待っててよ……。
「ちゃんとサポートはする。ミルベラがミスをすれば、俺がフォローする。大丈夫だから」
うぅぅぅ……。これ、本気で断れないやつじゃん。
詰んだ、私の人生終わった……。
でも、それでも足掻かないと。処刑なんて、絶対に嫌だ。
「でしたら、もし将来的に私が邪魔になっても処分したり、暗殺したりしないと約束してください」
「……俺がそんなことをするとでも?」
分かってる、失礼なことを言ってるって。
だけど、少しでも未来に希望を残さないと。
そうしなきゃ、心が折れそうなんだもの……。
「私は殿下のことをあまり知らないので、安心がほしいんです。将来、殿下が私よりも結婚したいと思う人に出会った時、私は大人しく身を引きます。だから、その時が来たら教えてほしいんです」
あまりにも私が必死だからだろう。
殿下は不満げではあるけれど、頷いてくれた。
「ありがとうございます!! では、今の内容の誓約書を作りましょう」
「……そこまで俺は碌でなしに見えるのか?」
「いえ、万が一にでも私が殿下に惹かれてしまった時の保険ですよ。殿下が私に、約束通り出て行けと言えるようにです」
もしかしたら、私が嫉妬で悪役令嬢のようなことをする可能性だってゼロではない。
誓約書は、命を守るためと、罪を犯さないようにするためのものなのだから。
「何故、まだ何も始まってないのに、終わりの話をするんだ?」
「秘密です」
だって、これは私しか知らない前世での記憶。
それを話したところで、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。
「ミルベラがそうすることで安心するなら誓約書は作ろう。でも、その前に一仕事をしてもらおうか」
殿下は再び私の手を握り、歩き出す。
向かったところは休憩室で、私は王族に仕える侍女たちに取り囲まれた。




