悪役令嬢になりたくないのに、殿下の婚約者になりそうです⑤
「ま、待ってください!! 私は本当に何も……」
マーレット子爵令嬢が必死な声で言いながら、殿下へと手を伸ばす。
けれど、その手を殿下はするりと避けた。
「ミルベラ嬢が慈悲をかけてくれたのだから、大人しくしていなよ。それとも、罪に問われたい?」
スッと細められた瞳に、お姉様によって培われた私の中の危険センサーが反応した。
「──で、殿下!! 殿下のお手を煩わせるなんてとんでもない!! すぐにでもここを立ち去りましょう。ね? それがいいですよ!」
もー、嫌だ! ヒロインが現れる前の殿下ってこんな感じだったの?
それとも、ヒロインの前でだけ優しくて、これが本性ってこと?
どちらにせよ、大ごとにはしないで! 平和が一番なんだから!
「……ミルベラ嬢は、馬鹿なのかな?」
「へ?」
「これを野放しにするんだよ? 今は自国のことだからまだ良いけど、相手が他国の者だったらどうするつもり? 場合によっては、国交問題になるよね」
「それは、そうですけど……。でも、子爵家なら他国と接する機会はそんなに多くないでしょうし」
いくらファルコスタ王国が他国との交易で栄えていたとしても、そう簡単に問題なんて──。
「たしかにマーレット家の事業は交易ではない。けれど、彼女が公爵令嬢に取った態度を許されることが問題なんだよ。あなたが許したことで、公爵家相手にそのような態度を取っても良いのだと、彼女は誤学習し、それを見て勘違いする者は必ず現れる」
「いくらなんでも、そんなことは……」
「ないって、本当に自信を持って言える?」
そ、それは無理かも。
「すぐに答えられないということは、それが答えなんだよ。内々で片付くうちはどうにかなるけど、それが他国相手なら、どうなると思う?」
「……関係性の悪化でしょうか。国の信頼にも関わるかと。……自国の要望が通りづらく、相手の要求を、のまなければならなくなることも多くなるような気がします」
あまりこの手の難しい話は得意じゃないんだよなぁ。
というか、何で私がお説教されてるの?
「他にもあるが、そういうことだね。立場を理解できないものは、国にとって不利益なんだよ」
「あー、なるほど。たしかにそれは、そうですよね」
「……理解が早いなぁ。もう少し何か言うと思っていたんだけど」
「言いませんよ。私としては穏便に済ませたいというだけですから」
そう話せば、殿下は不思議なものを見るような目を私に向ける。
「本当にエリーカ嬢の妹君なんだよね? 見た目はともかく、性格は真逆だ」
見た目はともかくって、今日の私はお姉様と真逆のスタイルなんですけど……。
まぁ、瞳の色も髪の色も同じだから、言いたいことはわかるけどさ。
「姉妹だからって、何もかも同じわけではありませんから」
「たしかに、そうだよね。じゃ、さくっとマーレット子爵家を罰しようか」
…………え? マーレット子爵家を罰する?
「何でですか!?」
令嬢を罰するなら分かる。でも、何で家まで……って、そう言えばさっきも家ごと罰したがってたよね。
「そこまでの罰を与える必要はないですよね。私を理由に使わないでいただけますか?」
「……王族である俺に歯向かうの?」
「歯向かっているのではございません。意見を述べているのです」
そう答えると、殿下はとても楽しそうな笑みを浮かべた。
「なら、その意見を聞く代わりに、俺のお願いを聞いてもらおうかな」
「え? それはちょっと……」
「では、マーレット子爵家は処分ということで」
「しょ、処分? 処罰の間違いですよね?」
「処分だ」
それはいくらなんでも……。
そう思ってマーレット子爵令嬢をチラリと見れば、何故か私が睨まれている。
「たしかマーレット子爵家には、まだ幼い子どももいるんだったかな……」
こ、この人でなし!!
「分かりました。私のできる範囲でしたら、殿下のお願いをお聞きします」
「大丈夫、ミルベラ嬢にしかできないことだよ」
にっこりと殿下は笑うけれど、何か企んでいるようにしか見えない。
何で一番関わりたくない人と、こんなことになったの……。
なんて思っていたら、殿下はパンッと手を一叩きする。
すると、近衛の騎士がマーレット子爵令嬢を捕らえた。
「な、何するのよ!! 殿下! 殿下、助けてください……」
「どういうことですか!?」
私とマーレット子爵令嬢の声が殿下へと向かう。
けれど、殿下は変わらず笑みを浮かべている。
「大丈夫。約束は守ってるから。ミルベラ嬢に対して行った罪だけを問うことにしたんだよ」
「今回は不問にするのではなかったのですか?」
「そんなこと最初から言ってない。未来の王妃への不敬罪を許すわけにはいかないだろう?」
たしかに、行く行く王妃になるような方への不敬罪は許されないかぁ……。…………え!? 未来の王妃!?
それって、まさか私? いやいや、そんな馬鹿な。
マーレット子爵令嬢が他でもやらかしてるなんてこと……。
「この女が王妃なんておかしいです。殿下、目を覚ましてください!!」
「さっさと連れてけ」
殿下、殿下と叫ぶマーレット子爵令嬢は近衛に連れて行かれ、もう何が何だか分からなくなってきた。
でも、絶対に確認しなくてはならないことが一つ。
「マーレット子爵令嬢は、私以外にもあのような態度だったのでしょうか?」
私じゃないよね?
私と結婚したいと思う要素なんて、何一つなかったもんね?
大丈夫だよね!? ……って、あれ? お姉様にも失礼なことを言ってたし、もし話を最初から聞いていたとしたら、未来の王妃はお姉様ってこと?
ダメダメダメ!! お姉様だけはダメだって!!
悪役令嬢になっちゃうから!!
「お姉様はダメですからね!! 殿下に、お姉様はあげませんからっ!!!!」
「…………は?」
あ、あれ? なんか、私、変なこと言った?
「どうしてエリーカ嬢が出てくるのかな?」
「マーレット子爵令嬢がお姉様の悪口を言ったからです」
「あぁ、あれか。ミルベラ嬢がフォローしているようで、まったくエリーカ嬢を褒めていなかったやつだね」
そんなことないと思うけど……。
ん? たしかに思い返してみると、優しいところもあるくらいしか言ってない?
「ということは、私も処罰ですか」
「何故、そうなる。未来の妻を処罰するわけないだろう」
「…………え?」
未来の……妻?
「あぁ、ミルベラ・ラットゥース。あなたと婚約することにしようと思う。約束通り、俺のお願い聞いてくれるよね?」
有無を言わせない笑顔の圧に、目を逸らすという抵抗しかできなかった。




