悪役令嬢になりたくないのに、殿下の婚約者になりそうです④
……はい? 何だこの展開は。
これ見逃したら、あとで私が屋根裏部屋行き確定になるやつじゃん。
つまり、私はここでこの令嬢を倒さないといけないってこと?
うわぁ、マジか。
目をつけられて可哀そうって同情したけど、そうだよね。良く知らない人の悪口を平気で言えるんだし、こうなる可能性もあったよね。
あーぁ、仕方ないなぁ。どうにかするかぁ……。
「リラリ・マーレット子爵令嬢。たしかに私は謝罪はいらないと言いましたし、付け入られるようなことは言わないよう話しました。ですが、そのような態度を取っていいと思っているのですか?」
「あ、当たり前でしょ! 社交界に一年も顔を出さないあなたなんか怖くないわよ」
ハッと鼻で笑われ、ため息が出た。
そんな私の態度が気に入らなかったらしく、マーレット子爵令嬢は私を睨む。
「そうですか。ですが、私もこれからは顔を出しますよ? そろそろ婚約者を探さないといけませんから」
「だから何よ!」
「いえ、特には。ただ社交界に出ていなくても、私、王城勤めの方々には知り合いが多いんですよね。ほら、父の手伝いでよく行くので」
私が何を言いたいのか、勘づいたのだろう。
マーレット子爵令嬢は顔色を悪くした。
「よくお茶に誘っていただいたりするんですけど、父がすべて断ってしまうんですよ。本当に過保護で困ります」
ふふふ……と頬に手を当てて微笑む。
お茶に誘ってくれるといっても、父と同い年くらいか、もっと上の国の重鎮たちだ。みんな、娘や孫のように可愛がってくれている。
けれど、マーレット子爵令嬢の中で私は王城勤めの優秀な子息の知り合いが多く、縁を数多く持っていることになっているだろう。
これで私にちょっかい出すと、良い縁談が遠のくと思ってもらえたら……。
「まさか、私を脅すつもり⁉ 姉妹そろって、本当に性格悪いわね‼」
「……はぁ? 今、私だけじゃなくてお姉様のことも悪く言ったよね? たしかにお姉様はわがままで傲慢で、自分が一番大好きで、最優先は自分のこと。しかも、考えを否定されると、耳を塞ぎたくなるようなことをやらかすことだってあるけど、優しいところもあるんだから!」
何でお姉様のことをよくも知らないあなたに悪く言われなきゃならないのよ!
「それ、何にもフォローになってないから! やっぱり家族から見ても性格悪いのね」
「そんなこと言ってないでしょ! 少なくとも、あなたのように大して知らない相手のことをこそこそと悪く言ったりしないし、お姉様は良くも悪くも、正面からぶつかっていくタイプなんだから、陰湿じゃないわ。容赦もしないけどね!」
ただちょっと性格が極端なだけだ。
たしかに悪役令嬢になっちゃうけど、それだって全部お姉様が悪いわけじゃない。
婚約者であるお姉様を大切にしないアリウム殿下と、婚約者がいる相手と恋仲になるヒロインだって、十分に悪い。
まぁ、お姉様がいろいろとやり過ぎるから一家もろとも断罪されるのだけど、そもそもお姉様を婚約者にするって決めたの王家でしょうよ! 性格とかもっといろいろと考えて婚約すれば良かったのにさ!
ふんっと鼻を鳴らし、私とマーレット子爵令嬢は睨み合う。
「とにかく、お姉様はあなたほど性格が悪くないので、先ほどの言葉を撤回してください」
「嫌よ! それに、私の性格は悪くないわ!」
「──っ‼」
マーレット子爵令嬢は叫びながら私の髪を引っ張った。
ぶちりと何本かの髪が抜けたけれど、離してもらえない。
「い、痛いから離して」
「あんたが悪いんでしょう! さっさと謝りなさいよ」
「それは無理!」
痛みでボロボロと涙がこぼれる。
「抜ける! 掴まれたとこ根こそぎ抜けるからやめてっ!」
そう大声を出した時、耐えるのを噴き出すような笑い声が聞こえてきた。
その声に、マーレット子爵令嬢の手が止まる。
「誰よ! 出て来なさい!」
マーレット子爵令嬢が声の方に向かって叫べば、一人の男の人が柱の影から現れる。
あ、詰んだわ。よりにもよって、アリウム殿下なんて……。殿下の中での私の印象を、名前は知ってるけど……くらいのものにしたかったのに。
「笑ってごめんね。大丈夫?」
くすくすと笑いながら聞くその姿は、絵に描いたようなTHE王子様感あふれるもの。
だけど、人が髪を引っ張られているのを笑っていたということは、性格は期待しない方がいいだろう。
ま、婚約者がいても別の人と恋仲になるような人だもんね。
「ご、ごきげんよう、アリウム殿下。えっと、これはですね……」
マーレット子爵令嬢は顔を赤くしたり、青くしたりしながらも、私の髪からパッと手を離すと、わっと顔を手で押さえて泣き出した。
「わ、私、脅されてて……。逆らうと縁談を壊すとか、家に不利益がいくようにするとか言われて怖くって……」
「……は?」
「キャッ、怖いです……」
そう言いながら、アリウム殿下の方へと駆け寄っていく。
いや、怖いのはあなただよ。
ていうか、泣いてたんでしょ? 涙はどこいった?
「あなたの涙は、一瞬で蒸発するの?」
思わずそう聞くけれど、二人にはまったく伝わらなかったらしい。
そうか。この世界には蒸発という考えがないのか。
「何でもありません。というか、脅してないですし。何なら、髪引っ張られてたの私なんですけど」
「ひどいっ!! 嘘つくなんて」
……いや、さすがにそれは無理あるでしょ。
その現場は殿下も見てるんだけど。
「私としては、今後、私とお姉様にあなたが関わらなければ、それでけっこうです。できれば、お姉様を侮辱したことの謝罪を要求したいですが」
そう言った瞬間、殿下の笑い方に黒いものが混じる。
「へぇ、子爵家のものが公爵家の令嬢の髪を引っ張り、その姉を侮辱したんだ。ずいぶんと可愛がられて育てられたみたいだね?」
あー、これはヤバいかも。
ここでの揉め事が家にまで飛び火するやつだわ。
私としても大ごとになるのは避けたい。
「アリウム殿下、これは私の喧嘩です」
「うん。でも、髪引っ張られて泣いていたでしょ?」
その状況を笑ってた人がよく言うわ!!
まぁ、痛みで涙が出たのは事実だけどさ。
あーぁ、きっと化粧も崩れてるだろうなぁ。これじゃあパーティー会場にはもう戻れないし、お姉様に怒られるよね。
もう、帰っちゃおうかな。
「可哀想なあなたのために、俺が解決してあげようか?」
そう言って笑う殿下に、鳥肌が立った。
目が笑っていないのだ。
まさか、ヒーローがこんなダークサイドの人だったとは。ヒロイン目線で書かれていた小説では、そんなことなかったのに。
「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫ですので」
もうさっさと家に帰りたい。
殿下にも会ったし、もうこれでいいんじゃないかな。
お姉様には、殿下とお話したけど互いに好みじゃなかったとでも話そう。
屋根裏部屋は……うん、今は考えないことにする。
「とにかく、リラリ・マーレット子爵令嬢、これから先、ラットゥース家に関わらないでください」
もう、本当に大変なことになるから。
私の手で暴走したお姉様を止めるのは、無理だからね。
「では、私はこれで」
頭を下げこの場から離れようとすれば、殿下に腕を掴まれる。
「これから会場に行くんだけど、一緒に行こうか。その前に髪も直してもらわないとだね」
一見、優しく見える笑みを向けられ、顔が引きつりそうになるのをどうにか堪えた。
遅くなりました。
明日は、日付をまたがないで更新します!!




