悪役令嬢になりたくないのに、殿下の婚約者になりそうです②
パーティー当日、朝から入浴、マッサージ、パック、ネイルなどなど……、これでもかというほどに磨き上げられ、海のような青いドレスを身にまとう。
化粧はなるべく派手ではなく、優しい感じにお願いをした。
目立たず、できるだけ地味に過ごす。これが、私の今日の目標だ。
「ミルベラお嬢様、お綺麗です」
「ありがとう」
褒めてくれる侍女にお礼を言いつつ、鏡を見る。
すると、そこにはお姉様と同じ金の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ、令嬢が映っている。
大きな違いは、自信の有無と縦ロールかどうかであろうか。
何で、物語に名前さえ登場しないのに、私まで美人なのよ。
目立たないのが目標なのに、清楚系美人に仕上がってるし……。
あーぁ、何で私は風邪を引けなかったんだろう。
今日のために、入浴後に髪が濡れたままでいようとしたり、窓を全開にして寝てみたりと、思いつく限りのことをしようとした。けれど、使用人の手によって髪は乾かされ、窓は閉められ……すべてが失敗。
皆が世話をしてくれるものだから、風邪を引く隙さえ与えてもらえなかった。
「そろそろ出発のお時間でございます」
侍女のその言葉にのそのそと立ち上がる。
お姉様をお待たせしてはいけない。早く行かないと……。
とぼとぼと歩きながら、馬車まで行くと、なんと珍しくお姉様が先にいた。
「──っ!? お、お待たせしてすみません」
「予定時刻より早いのだから、謝る必要はないわ」
そう言いつつ、お姉様は私を上から下まで見定めるようにじろじろと見た。
「ま、及第点といったところかしら。でも、髪を巻いてないのはどういうこと?」
「え?」
「絶対に巻いた方が美しいのに、何故しなかったのよ」
私のストレートヘアにお姉様は、納得がいかないという顔をしている。
けれど、私は絶対に縦ロールヘアにする気はないし、何ならその髪型をあまり素敵だとは思っていない。
だって、縦ロール=悪役令嬢のイメージなんだもん!
本当はお姉様に縦ロールをやめさせたい。以前、別の髪形もみたいと伝えたら、ものすごく不機嫌になったから諦めたけどさ。
「ベラ、あなた本当にアリウム殿下の婚約者になる気はあるのよね?」
ないです! と言いたいけれど、そんなこと言ったら怒られる。
どうにかお姉様の機嫌を取りつつ、納得させないと。
「お姉様、この世で一番、縦ロールがお似合いなのは誰ですか?」
「私に決まっているわ」
「そうです。お姉様なんです。そのお姉様の隣で私が同じ髪形をしたとしたら、どうなると思います?」
「可愛いわよ」
当たり前のように言われ、ちょっと照れる。けれど、ほしい答えはそれじゃない。
「……そ、そう言ってもらえるのは嬉しいのですが、同じ髪形をした場合、私はお姉様の劣化版になるんですよ」
「劣化版?」
「はい、一番似合うのはお姉様ですから。美しい姉をマネする妹。別にそれが悪いわけではありません。ですが、今日は勝負の日ですから、お姉様とは別の方向を目指すべきだと思ったんです」
そう、真っ赤なドレスに華やかな化粧と縦ロール。
絵に描いたような悪役令嬢スタイルから遠ざかり、間違っても私が殿下の婚約者になるという悪役令嬢ポジションに立たないようにしなくてはならないのだ。
「なるほど。私と被るのを避け、比較されないようにしたわけね。たしかに、私と比べたら見劣りするものね。賢明な判断だったかもしれないわ……」
「ですよね! だから、決してやる気がないとか、目立ちたくないなぁとかじゃないんです!」
あー、良かった! と思いながら話せば、お姉様のまとう雰囲気が冷たいものへと変わる。
あ、あれ? 何か余計なこと言ったかも……。
「へぇ? ベラはやる気がなくて、目立ちたくないのね。よーくわかったわ。ついたらすぐに皆様に紹介してあげるから覚悟なさい。ベラは久しぶりの社交界だもの。きちんと姉である私が面倒見てあげるわ」
やってしまった……。
そう思ったところで、こうなったお姉様は止まらない。
パーティーにつく前から、無駄に注目を浴びることが決定してしまった。
お姉様といると目立つから、ついたらすぐに別行動をしようと思ってたのに……。
「もしアリウム殿下の婚約者になれなかったら、一週間は屋根裏部屋行きよ」
い、嫌だ! 屋根裏部屋は埃っぽくて鼻水が止まらなくなるし、特に夜になると咳が止まらなくて苦しいから、行きたくない。
だけど、殿下の婚約者ってことは、私が悪役令嬢へとポジション変更になるってこと。それだけは絶対に避けないといけないし、そもそも殿下だって相手を選ぶ権利がある。
つまり、私の屋根裏部屋行きは確定だ。
屋敷に帰ったら、お姉様にバレないように誰かに掃除しておいてもらおう……。
なんて覚悟を決めている間に、王城へとやってきた。
お父様の仕事の手伝いで来ることはよくあるけれど、こうしてパーティーに参加するのはデビュタント以来、一年ぶりだ。
「さ、行くわよ」
颯爽と歩くお姉様のあとをついて、できるだけ目立たないようにと背中を丸めながらパーティー会場まで続く廊下を歩く。
すると、前を向いていたはずのお姉様が振り返った。
「背筋を伸ばす。おどおどしない!」
「はいぃぃぃぃ」
「返事は一回になさい」
「はいっ」
ビシッと背筋を伸ばして立てば、腕組みをしたお姉様がじっと私を見る。
「何度でも言うけれど、ベラは美しいわ。顔を上げて、背筋を伸ばす。これさえできていれば、敵なしよ。自身がこの世で二番目に美しいという自信を持ちなさい。わかったわね?」
私を励ますようにお姉様が言ってくれる。
屋根裏部屋に閉じ込められたり、振り回されたりするけれど、それでもお姉様を嫌いになれないのって、こういうところなんだよね……。
「ベラなら大丈夫よ。私が保証するわ」
そう言いながら再び前を向いてお姉様は歩き出す。
やっぱりパーティーには行きたくないし、殿下の婚約者にならないようひっそりと過ごすつもりだけど、それでもお姉様の気遣いが嬉しくて、重かった足がほんの少しだけ軽くなったように感じた。
感じたのだが、そう思ったのはどうやら気のせいだったみたい。
「皆さま、ごきげんよう。本日は妹を紹介させてくださいまし」
パーティー会場について早々、お姉様は声高にそう言ったのだ。
アリウム殿下の婚約者に一番近いと言われており、良くも悪くも目立つお姉様が注目を集めないはずもなく、おかげさまで私まで大量の視線を浴びる。
うぁー、回れ右して今すぐ帰りたい。
それが無理なら、カーテンの陰に隠れたい!!
なんて私が思っているのをお姉様は気にすることもなく、会場を見渡し、私の背中を押してくる。
「妹のミルベラですわ。仲良くしてくださいましね」
にっこりと微笑んだお姉様に、これって私に挨拶をしろということなんじゃ……と嫌な予感がする。
いやいやいや、いくらお姉様でもそんな無茶ぶりしない……よね?
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