いつかのために、誓約書を交わしましょう①
様子のおかしな殿下に首を傾げつつ、私とお姉様は側近候補たちの元へと来た。
「紹介しよう。俺の婚約者となるミルベラ・ラットゥース公爵令嬢と、姉のエリーカ嬢だ」
「「「「「えっ!?」」」」」
私と側近候補たちの声が重なった。
そのことに殿下はほんの少し眉をひそめるけれど、それも一瞬のこと。
にこにこと笑っている。
「ミルベラ、婚約に拒否権はないと言ったはずだけど?」
耳元で囁かれ、声のトーンの重さにゾクリとした。
恐る恐る殿下を見れば、笑っているのに目のハイライトがない。
ヒロインといる時のThe王子様な殿下はどこ? これでは、見た目がそっくりな別人だ。
その姿に、私の中の仮説は正しかったのだと理解する。
なるほど。やはりヒロイン限定であんなに優しかったというわけか……。
つまり、殿下の素はこっちということ。
え、普通に怖くて嫌なんだけど……。
なんて、殿下にビビりまくっていれば、スッとお姉様が一歩前へと出た。
「皆様、ごきげんよう。ご紹介いただきましたエリーカ・ラットゥースですわ。顔見知りの方もいらっしゃいますが、改めてよろしくお願いいたします」
美しいカーテシーを行い、笑顔をお姉様は見せた。
その姿に慌てて私も挨拶をしようとしたところを殿下に止められる。
「ミルベラは調子が良くなくてね。正式な礼は足に負担もかかるだろうから、今日は控えさせてもらうよ」
まるで守るように肩を抱かれ、おろおろとしていると、重鎮の子息たちは驚いた顔をした。
その中の一人だけはとても楽しそうで、この状況を面白がっているように見える。
「まさか、アリウム殿下のこのような姿が見れるとはね。今日は来たかいがあったというものです。はじめまして、ミルベラ嬢、エリーカ嬢。私はスタット・ガーライオ。以後お見知りおきを」
まるで歌うように挨拶をした彼のガーライオという姓を頭の中で探すけれど、国内では出てこない。
出てきたのは、帝国の侯爵家の家名だ。たしか、オーガスタ皇子の母親の実家の家名だったはず。
「ガーライオ様は、帝国の方なのですか?」
「ん、まぁそうだね。こんなに瞬時に分かるとは、お噂通り聡明でいらっしゃる」
お忍びでパーティーに参加しているのに、母親の姓を名乗るだなんて、隠す気があるのかないのか……。
本名を名乗らないからセーフってことなのかな。
「僕はカルナ・アルビオン。カルナって呼んでねぇ。ミルベラちゃんもエリーカちゃんも、よろしくね!!」
「私はキール・ウィリブと申します。お二人のお噂はよく伺っております。このようにお会いできて光栄です」
「……サイナス・ドーラムだ」
明るく元気なカルナ、しっかり者で真面目なキール、無口だけれど優しいサイナス。
側近候補の三人は、小説で描かれていたような人物だった。
「父上にミルベラちゃんにアプローチして来いって言われてたけど、これじゃ無理だね。とっくに殿下と恋仲だったなんて、知らなかったよ」
「まったくです。殿下も私たちにまで黙っているなんて、水くさい」
カルナとキールの言葉に、サイナスはうんうんと頷いている。
もしかして、私と殿下が前々から恋仲で、今日は婚約者を決めるためのパーティーだと言いつつも、私をお披露目する場だったと思われてる?
「ミルベラ。側近候補は紹介したし、もういいよな。帰るぞ」
私の肩を抱いたまま、殿下は歩き出そうとした。
しかし、そんな殿下の前にお姉様が立つ。
「パーティーの主役がいなくては困りますでしょう? ベラは私が馬車まで送り届けますわ」
「いや、途中でミルベラが倒れたら、エリーカ嬢では支えられまい。何よりミルベラが心配だから、俺が行くよ」
殿下の言葉に、お姉様はくすくすと笑う。
「ずいぶんと過保護ですのね。では、その前に少しだけベラと話してもよろしいかしら? お父様に伝えてほしいことがありますの」
そう言いながら、私に近付いたらお姉様に、殿下は場所を譲るように一歩退く。
「ベラ、こっちに来なさい」
声を潜めたお姉様に合わせ、私も小さな声で返事をしながら、殿下から離れようとした。
けれど、腕を引かれてお姉様のところへ行けない。
「ここでは話せない内容なのかな?」
「家のことですの」
お姉様にそう言われ、殿下はしぶしぶといった様子で私の腕から手を離す。
話し声が聞こえない程度に殿下たちから離れたけれど、殿下の視線はずっと私を追っていて、何だか居心地が悪い。
「ベラ、第三皇子はガーライオ様で間違いなくて?」
「うん。たぶんだけど、合ってると思う」
「では、ここからは私の番ね。ベラはゆっくり殿下に送ってもらいなさい」
話は終わりと言わんばかりのお姉様の雰囲気に、思わず首を傾げる。
「……お父様への伝言は?」
「ないわよ。そうね、ラットゥース家の未来は安泰だとでも言っておいてちょうだい」
「うん、わかった」
お姉様らしくて、小さく笑いながら頷けば、優しく頭を撫でられる。
「殿下をコントロールする術を探しなさい。ベラが主導権を握るのよ」
「お姉様……」
「そして、ラットゥース家に皆が跪くのよ!! おーほほほほほ……」
「もう、お姉様!! おほほ笑いはダメですってば。あーはははにしてください!!」
安定の悪役令嬢なお姉様だけど、私のことを心配してくれている。
ありがとう、お姉様。
コントロールは無理だけど、婚約に対する誓約書は絶対に作ってもらうからね。
そして、ラットゥース家の誰も処罰されないようにするから……。
「お姉様。私、頑張ります」
気合いを入れて言えば、きょとんとした顔でお姉様が私を見る。
「ベラはもうこれでもかってくらい頑張ってるのだから、少し休むくらいでちょうどいいわよ」
「お、お姉様! 大好きです!!」
「知ってるわ。私もベラが好きよ。世界で二番目にね」
ということは、実質私がお姉様の中で一番だ。
だって、お姉様の中での一番は常に自分自身だから。
「さ、ベラは先に家に帰ってなさいね。あとは私に任せてちょうだい」
「うん。頑張ってね、お姉様」
そう言った私に、お姉様は自信満々に微笑んだ。
登場人物が一気に増えました!
あと出てないメインキャラは、ヒロインちゃんのみですね。ヒロインちゃんはもう少し先に出る予定です。




