悪徳領主と賭博場 その一
「……赤にオールイン」
私は手元にあった全てのチップを『赤』と書かれた場所へ移動させる。
しばらくすると球が投じられ、乾いた音を鳴らしながら盤上を転がり始めた。
焦らすようにゆっくりと螺旋を描いて走る白球。
その行方に一喜一憂する有象無象と、卓上に乗せられた大金の山々。
人々の欲望が熱気を生み、それぞれの思惑が気流となって会場を渦巻いていた。
「赤の18です」
老ディーラが結果を告げると、爆発したような喧騒が周囲を埋め尽くす。
声を上げて大げさに喜ぶ者。
歯噛みして悔しがる者。
中には、呆然とした表情のまま、黒服の従業員につまみ出される者までいる。
まるで喜劇ような一幕。
だがしかし、私にはそれらがどこか白々しく、それこそ台本通りに演じられる戯曲か何かのように思えてならなかった。
……はあ。
目の前で行われる三文芝居に溜息を一つ。
卓上からは不要となった賭金が片付けられ、そして私の前に倍の大きさになったチップの山が配られる。
金貨何百枚……もしかしたら千枚をも超えているかもしれないそれであったが、全く数える気にならないし、また数える意味もない。
「赤にオールイン」
特に感慨も無く、私は再び全てのチップを『赤』と書かれた場所へ移動させていった。
綺麗な所作で球を放り、淡々と次のゲームを進める老ディーラー。
彼は長年この賭博場に勤めるベテランで、『丸裸』の顔といっても良い存在だ。
当然、私が貴族であることも、ルドルフ=ファーゼストだという事も知っている。
そんな彼が仕切るルーレットの席に私が着いたら、どうなるだろうか?
もしかしたら、彼は何食わぬ顔で職務を全うするのかもしれないが、場合によっては私に配慮しながらルーレットを回すかもしれない。
そう考え、私は球が投じられる前にベットを済ませてきたのだが……
「赤の30です」
……結果はご覧の有様。
彼は私の賭けを、全て的中させてきたのだった。
やれやれ、ディーラーとしての腕前にはすこぶる感心するが、エンターテイナーとしては二流以下だな。
こんなものギャンブルでも何でもない、退屈なだけのお遊戯のようなものである。
こんな事をされても、興が冷めるだけだという事が分からないのだろうか。
目の前に積まれたチップの山も、私にとってはただの木札以上の価値は存在しない。
一体、この私を誰だと思っているのだ。
……はあ。
私は、面白くもない遊戯にもう一度ため息を吐いた。
聖女がいなくなってから二週間。
あれ以来、聖女の失踪について何ら進展はない。
しかしそのおかげで、この二週間は実に晴れやかで、心穏やかな日々を送れていた。
頭痛に悩まされない生活というのは思いのほか快適で、今ではこの生活を手放したくないと、心の底から願っている程である。
そうした日々を過ごしている内に、神聖国家ラヴァールで行われる式典に向けて移動する準備が整い、先日ようやく国境を越えたばかりだ。
今私が居るのは、国境を越えてすぐに位置している宿場町の、その中心とも言える賭博場『丸裸』。
現在は、旅の疲れを落とすために、この街で一時的な休息を取っている最中である。
「赤にオールイン」
私が再び『赤』に賭けると、老ディーラーはルーレットに球を放り込んだ。
――結果は言わずもがな。
「赤の5です」
……しかしながら、こうもあからさまな接待を行われると逆に疲れてくるな。
早々にこの場を引き上げ、宿でルームサービスでも取っていた方が、余程有意義かもしれない。
チップの山は再び倍に膨れ上がったが、出てくるのはため息ばかり。
老ディーラーに視線を向けるも、彼は微かに笑みを浮かべて返すだけであった。
この街はラヴァールと王国とを繋ぐ交易拠点として栄えた街だ。
ラヴァールへの通行許可証を所持している我がファーゼスト家も少なくない資本を投じてその発展に寄与しており、そのため、この街の何割かは私の街と呼んでも差し支えない程となっている。
当然、実質的な支配権はラヴァール側にあるものの、得られる収益の何割かは私の懐に入ってくるようになっており、また、この街の運営について口を挟むだけの発言力も有している。
賭博場に併設されている一等地の宿を貸し切りにできるのも、私がこの街に対して並々ならぬ影響力を保持しているからに他ならない。
……しかし、その弊害が目の前で行われる接待プレイなのだから、世の中ままならないものだ。
そうして結果の分かり切ったギャンブルにいい加減飽き飽きとしてきた頃、不意に私を呼ぶ声があった。
「――退屈そうでございますね?」
「……何者だ?」
現れたのは賭博場の制服を身にまとった狼人族の男で、私の前までやってくると慇懃な一礼を披露する。
「初めまして。私、当賭博場の筆頭ディーラーを務めさせて頂いておりますロッホと申します。以後、お見知りおき下さいませ」
不思議と、本人よりも胸元を飾っている紐を通した指輪の方に目が惹きつけられ、その妙な存在感が実に印象的な人物であった。
恐らく、あの指輪は魔道具か、下手をするとそれ以上の『魔』を秘めたアーティファクトと呼ばれる品物かもしれない。
「ほう、筆頭ディーラーとな?……それにしては見慣れない顔だな」
「おや、そうでございましたか。実は私、つい最近『丸裸』にやってきたばかりでして、常連の方々には良くそう言われるのですよ」
「……ふむ、そうか」
私に対する態度から察するに、どうやらこの私が誰であるかを理解していない様子である。
最近この街にやってきたというのであれば、それも当然なのかもしれない。
恐らく、ルーレットで連勝を重ねる私が目に付いて、近付いてきたのだろう。
仮面のように貼り付けた笑顔の下からは、獲物を前にして舌なめずりをするかのような、ねちっこく嫌らしい視線覗いており、私を負かして身ぐるみを剥いでやろうという思惑が、ありありと透けて見えている。
……成程、なかなか私好みの犬畜生ではないか。
「ですので、是非ともお見知りおきを」
そう言って犬畜生は、再び慇懃な態度で頭を下げた。
「新入りなのに筆頭ディーラーを名乗れるのだから、相当良い腕を持っているようだな」
「勿論でございます」
私の世辞に、余裕の笑みを返してみせる犬畜生。
余程自分の腕に自信があると見える。
……ふむ、これは良い玩具になりそうだ。
そう思い、私はあえて挑発するように、小馬鹿にした態度を畜生に向ける事にした。
「しかし顔が獣では、些か品位に欠けるとは思わんか?」
「……私が顔役ではご不満ですか?」
「残念ながら、私は貴様の腕を知らんのでな」
「そこまで仰るのであれば、私としても引き下がる訳にはいきません。是非、私と一勝負して下さい」
すると、予想通り犬畜生は私に対して勝負を申し込んできた。
「ほう、なかなか面白そうだな。良かろう、せいぜい私を楽しませるがよい」
「では、どうぞこちらへ。お客様をスペシャルルームへとご招待致しましょう」
……さて、接待プレイにも飽きてきた所だ。
相手も私を獲物と見て巻き上げるつもりのようだから、遠慮する必要はあるまい。
しばらくは、この犬畜生をからかって遊んでやるとしようか。
そう舌なめずりをし、私は犬畜生に案内されて、スペシャルルームとやらへ向かう事にした。




