とある落ちこぼれの華麗なる活躍 ~金策編その三~
また終わらなかったよ……
さて、そろそろタネ明かしといこうじゃねえか。
俺達の目的は、ファーゼストの追手から逃げるための逃亡資金を稼ぐというもの。
なのに、どうしてわざわざギャンブルなんつう不確実な手段を選択したのか。
当然だが、ギャンブルは胴元が勝つように出来ており、それは配当金の倍率からも、見て取る事ができる。
例えば、ルーレットでは『黒』か『赤』を当てる賭け方があるんだが、『黒』でも『赤』でもねえ部屋が二つも存在するため、単純に計算をすると、当たる確率は38分の18(約47%)となっている。
しかし、これを当てたとしても2倍の配当金しか貰う事ができないため、配当倍率の期待値は『2倍✕47%=0.94』と『1』を下回っており、実は割に合った勝負とは言い難いのだ。
勿論、これはあくまでも『確率』の話だから、人によっては大勝ちする事だってあるし、この程度は客側も理解した上で賭けは行われている。
けれども、店側が有利な勝負だという事実には変わりがねえだろう。
だがしかし、それでもなお、確実に賭けに勝ちたいっていうんだったら、俺が知る限りその手段は一つしか存在しない。
……そう、イカサマである。
都合の良い事に、この賭博場ではイカサマが容認されているため、バレないイカサマさえ用意できりゃ、簡単に大金を手にする事ができる。
当然、俺達が『丸裸』にやってきたは、そのイカサマを用意できたからである。
ネズミが持つ稀有な能力が、それを可能としたのだった。
ネズミがディーラーの心を読み、賭けに勝って逃亡資金を稼ぐ。
俺がこの賭博場で行ったのは、ただそれだけの事だった。
幸いな事に、この賭博場のルーレットには腕の良いディーラーが配属されており、その心を読めば、どの部屋に玉が入るかなど、容易に当てる事ができた。
むしろ、イカサマを疑われないように適度に負ける事の方が難しかったぐらいである。
……では、何故ロッホとの勝負でボロクソに負け、稼いだ大金を全て手放したのか。
それは、この作戦を行う上でネックとなる二つの問題があったからだ。
一つ目の問題は、賭博場で荒稼ぎすれば、不特定多数の目に止まってしまうというもの。
当然だが、ほぼ無一文の状態から賭けで大金を稼ぐとなりゃ、かなり勝ち続けなきゃならねえ。
しかし、んな事をしていたら、どうしたって目立っちまう。
さっきも言った通り、賭けは店側に有利なルールで行われているんだから、勝ち越しているってだけでも、人々の目を集めてしまうのだ。
勿論、ある程度負けて見せて誤魔化す事は可能だろうが、それにだって限界があるってもんだ。
もし、イカサマを疑われて賭博場側に目を付けられでもしたら、どんな目に遭うか分かったもんじゃねえし、それでなくても、大金を持っているというだけで、色んな奴らに付け狙われる理由になる。
事実、『丸裸』で一攫千金を手にした奴が、翌日、道端でパンツ一枚になって転がっていた……なんつう話は珍しくもなんともねえ。
そうならないためには、ここでの稼ぎ方をちいとばかし考えある必要があった。
そしてもう一つの問題は、単純にネズミがこの作戦を嫌がったというものだ。
『人の心を読む』というネズミの能力は非常に有用で、今回のように使い方によっては一瞬で大金を得る事もできる。
……しかし、その反面非常に危険で、一歩間違えればその身を滅ぼす危うさを孕んでいる。
例えば、もしふとした拍子にその能力が誰かに知られてしまったとしたらどうか?
それを利用しようと、様々な人間がネズミの前に現れる事は容易に想像できるだろう。
それこそ、何をしてでもその身を確保しようとする人間がいても不思議では無い程に。
たぶん、過去に色々とあったんだろう。
何があったかは詳しく知らねぇが、ネズミは自分の能力が金儲けに利用されそうになると、とたんに不機嫌になりやがるからな。
……ったく、俺に対しては積極的に使ってくるくせに、なんつう自分勝手な奴だ。
ともかく、嫌がるネズミをどうにかして納得させる必要があったわけなんだが…………まあ、そのなんだ、これに関しては土下座して拝み倒したおかげで、『目立たないようにする』という条件付きで、なんとか協力を得る事が出来たのだった。
それらを踏まえた上で、今回の作戦はこうだ――。
まず、俺とネズミが二手に別れ、お互いに他人のフリをしながら賭けを始める。
そして、ネズミはディーラーの心を読み、どうすれば勝てるのかを、それとなく俺に伝えるのである。
そうして俺が馬鹿勝ちすれば、自然と人々の注目は俺に集まり、相対的にネズミの印象は薄くなるって訳だ。
実際、俺がルーレットで金貨七二〇枚という法外な金額を稼いだ時には、誰も彼もが俺に注目し、ネズミがコソコソと小さく稼いでいる事には、誰一人として気付かなかった。
チップをバラ撒いて他の客を煽ったのも、全てはネズミから目を逸らすための、作戦の一環である。
バニーちゃんに手を出したのだって、嫌な客を装い、賭博場側の目を俺に向けるための作戦だ。
決して、大金を手にして調子に乗っていたわけではないのである。
……だからネズミ、あんな風に咳払いしてなくても、あの時はバニーちゃんを手籠めにしようなんて思ってなかったんだぜ?
本当に本当だぞ。
だからよ、いつまでもそんな目で睨むんじゃねえよ。
…………
……そんでまあ、とにかくアレだ。
最後の仕上げとして、今まで稼いだ全財産を盛大にスッちまえば、見ての通り『調子に乗ったバカ』に興味を持つ奴はいなくなり、俺達の手元には、ネズミがコッソリと稼いだ小金が残るって寸法だ。
「――ちっくしょう。なんでだよ、なんで二分の一の勝負で勝てねえんだよ……」
俺はテーブルに突っ伏したまま、わざとらしく悔しがって見せる。
既にこの場に居た観客は散っており、残っているのは対戦相手のロッホと、景品だったバニーちゃんのみ。
この時点で、俺の目的は達成されたも同然で、あとは適当に喚き散らして道化を演じていれば、ミッションコンプリートだ。
「くくくっ。そうですね、嘘つく時に腕や足を組み変える癖がなければ、もう少し結果は違っていたかもしれませんね……くくっ、くふふふふ」
よほど俺の負けっぷりが面白かったのか、ロッホはまるでネタばらしをするかのように、自慢げにそれを告げた。
人をバカにしたような笑みと、敗者を蔑むかのような目が癇に障るが、まあこれも既定路線という事で自分を納得させる。
……あ~、どうりで負けまくる訳だ。
こんだけ考えが見透かされてんなら、一対一の勝負で勝てるわけがねえ。
色々とムカつく奴だが、筆頭ディーラーなんつう大層な名前を名乗っているだけの事はあるな。
「もう一回……そうだ、もう一回だけ勝負してくれよ!な、な、良いだろう?」
なんとなくロッホの性格が読めてきた所で、俺はヤツの嗜虐心を煽るべく、諦めの悪い負け犬のような態度で食い下がる。
……自慢じゃねえが、醜態を晒すのは得意中の得意分野だ。
「ええ、もちろんですとも。いつでも『奈落の穴』に挑戦して下さい……」
すると、ロッホは大仰に頷き、俺に向かって手を差し伸べてきたじゃねえか。
いけ好かねえ野郎だと思っていただけに、この行動にはちょっと意表を突かれる。
しかし、ロッホの続く言葉に、奴がクソ野郎だという事を再認識する事になった。
「……最低賭金の金貨一枚をご用意できれば、ですがね。くくっ、くふふふふふ」
差し出した手の平をくるりと翻し、金貨を要求して歪んだ笑い声を上げるロッホ。
当たり前だが、俺に賭金が残っていない事を知った上での発言である。
……ちっ、いい性格してやがるぜ。
客を食い物か何かとしか見てねえんじゃねえか?
この分だと、さっきまでやってた『奈落の穴』には、本当にイカサマが仕込まれていそうだ。
まっ、有り金を全部スっちまうのが目的の俺からすれば、イカサマだろうがペテンだろうが、好都合ってもんだがな。
さてと、この分だと、あとはちょいと騒いで見せりゃ、適当につまみ出してくれそうだ。
このままロッホに突っかかってやりゃあ、黒服どもが動き出すだろうよ。
俺は今後の展開を考えながら、大声を張り上げてロッホに詰め寄る。
「んだよ、てめえのその態度は!?だいたいよ、こっちは金貨七二〇枚稼いでたんだぞ。なのに、金貨二〇〇枚のバニーちゃんが買えねえってのはおかしいんじゃねえのか、あん!?」
いきなり豹変した俺の態度に、黒服を着た用心棒らしき奴らが身構えた。
……しめしめ、予想通りの反応だ。
「やれやれ、何を言い出すかと思えば……」
それに対し、ロッホは臆した様子を見せずに、ただただ呆れるばかり。
恐らく、この程度のバカが現れるのは日常茶飯事なのだろう。
いつでも動き出せるように目を光らせる黒服達とは対象的に、その目からは俺に対する興味が薄れていくのが感じられる。
――あと一息。
ここで、あともうちょっとだけ俺が刺激を与えてやりゃ、あの黒服達はすぐさま俺を取り押さえ、そして、そのまま俺を放り出してくれる事だろう。
その際、二、三発殴られるかもしれねえが、その程度は必要経費ってもんだ。
「だから、ちょっとぐらい味見したってバチは当たらねえよな?」
ってな訳で、俺は最後の仕上げとして、バニーちゃんの腕を掴んで強引に抱き寄せたのだった。
「――えっ?」
さて、このまま順当にいけば、黒服達がすぐさま駆け付けてきて俺を取り押さえる事は、容易に想像が付くだろう。
だがしかし、俺の行動に一番反応を示したのは、誰であろう当のバニーちゃんだった。
「きゃぁぁぁ!!」
まさか自分が強引に引っ張られるとは思ってもいなかったのか、バニーちゃんは大きくバランスを崩し、こちらに向かって勢い良く倒れ掛かってくる。
これには俺も意表を突かれ、それに反応するのが遅れてしまった。
……あっ、ちょっとたんま!
そんな勢い良く倒れてきたら、こっちの態勢が……
――その結果。
俺はバニーちゃんを巻き込むような形で、床に倒れる事になってしまったのだった。
「あ痛ててててて……」
変な体制で転んだせいか腰が痛い。
バニーちゃんが上から落ちてきたのだから、なおさらである。
逆にバニーちゃんはといえば、俺を下敷きにしたおかげで、どこも怪我をする事はなかったようだ。
「こここ……」
どこも怪我をする事はなかった…………というのに、なにやらバニーちゃんの様子がおかしい。
そして、様子がおかしいといえば、さっきからどうにも腕の感触が変だ。
「ここ、この、この、…………」
なんか、ふにゃふにゃして自分の手じゃねえような感覚がする。
なんというか、ふにょんふにょんして、柔らかくて、暖かくて、なんだか気持ちの良い感触が手の平に…………
…………
ふと、バニーちゃんがワナワナと震えているのが目に入った。
ピンと尖った耳の先まで真っ赤に染めて、こちらを睨み付けている。
「――この、無礼者めぇぇ!!!」
「おぶぇしっっっ!!」
俺が手の温もりの正体に辿り着こうとしたその直前、それが飛来して俺の思考を分断した。
「無礼者め!無礼者め!無礼者め!無礼者め!」
「ほぶへっ、へぶしっ、ほぶへっ、へぶしっ……」
右へ、左へ、そしてまた右へと頬を張られ、俺の顔はパンパンに腫れ上がっていく。
助けを求めて視線を巡らせてみるが、そのあまりに鬼気迫る様子に誰もが呆然とし、さしもの黒服達でさえ駆け寄ってくる気配がない。
「無礼者め!無礼者め!無礼者めぇぇぇぇ!!!」
そうして何度も何度もビンタを喰らい、だんだん意識が遠退いてきた頃、ようやくバニーちゃんはその手を止め、立ち上がってゴミを見るような目で俺を見下ろす。
「この私を誰だと心得ますの!共魔の森の神楽巫女、フローレンスと知っての狼藉ですの!!」
そして、高らかにその名を叫んだ。
頭の上を飾っていた兔の耳は、どこかに飛んでいったのか既に無く、ピンッと尖った耳が露わになっている。
その整った顔立ちと特徴的な耳は、俺にとある種族を連想させた。
――エルフ。
歴史と信仰の担い手たる長命の種。
神聖国家ラヴァールを根底から支える森の賢人。
様々な名で呼ばれるそれは、特にこの国では特別な地位にある事を俺は知っている。
しかも『巫女』といえば、その中でも特に重要な職に就く要人ではないか。
そんな人物がどうして。
なんで……
なんで…………
「……なんで、そんな奴がこんな所で身体を売ってんだよ!?」
思わず俺はツッコミの声を上げた。
あとがきに『ブクマや評価、宜しくお願いします』と書いておくと良いよ、って偉い人が言ってた。
私は、それより感想が欲しいと思った。(小並感)
【期待値に関する補足説明】
『期待値』とは、数学の確率論に登場する言葉であり、いわゆる『平均値』の事だと思って頂ければいいかと思います。
作中では、47%の確率で2倍の配当が得られるという事で『2倍✕47%(0.47)=0.94』という期待値を算出しました。
これは、平均すると一回あたり賭け金が0.94倍になる事を意味しています。
例えば、100人が100回勝負を行い、合計で10,000回の勝負が行われたとすると、理論上その内の約4,700回が勝って、約5,300回は負ける計算になります。
当然、勝った4,700回分の賭け金は2倍になりますが、単純に掛け算しても、その額は9,400回分の金額にしかなりません。
……どう見ても、店側が有利ですよね?
これが、期待値の点で店側が有利と述べた内容となります。
――以上、数学が苦手な人向けの補足説明でした。




