とある落ちこぼれの華麗なる活躍 ~金策編その一~
エタッてナいヨ、イそがシイだけダヨ!(錯乱)
真っ白なボールが落下し、真下に置いてあった擂鉢状の円盤がそれを受け止めた。
回転する円盤の縁を、ボールは慣性に従いながら走り抜けていく。
その軌跡は何度も円を描き、やがて螺旋へと姿を変える。
緩やかに、しかし確実に底へと転がっていく小さな白球。
周囲の人々は、それぞれが思い思いの場所にチップを置いていき、そしてボールの行方を固唾を飲んで見守っていた。
「ノーモアベット」
老齢のディーラーがそれを告げると、場の空気が一気に引き締まる。
ここから先は、一切の変更を受けられない。
自身の賭けにこれ以上手を出す事はできず、ただただ祈る事しかできないのである。
視線を逸らす人間は誰一人として存在しない。
当たり前だ。
この結果如何によっては、巨万の富を得る事になるのだから。
会場が異様な熱気を帯びていく中、俺は、周囲とは違った高揚感に包まれながら、回る円盤を見詰めていた。
円盤の底には、赤と黒に塗り分けられた38の部屋が交互に並んでおり、『0』と『00』、それから『1~36』までの数字が描かれている。
そして、投入されたボールがどこの部屋に落ちるのかを当てれば、賭け金に応じた配当を貰えるというのが、このゲームの基本的なルールだ。
しかし、賭け方には幾つか種類があり、それによって配当倍率はかなり違う。
俺は一二個の数字を纏めて選択する『13~24』に金貨一〇〇枚分、一点掛けの『31』に金貨ニ〇枚分のチップを賭けていた。
倍率は前者が三倍で、後者が三六倍である。
『13~24』が当たれば、差し引き金貨一八〇枚分のプラスとなるが、本命はあくまでも『31』。
『31』の左右の部屋は『19』と『18』なので、『13~24』は狙いがズレた時のため保険と、あとは本命を隠すためのカモフラージュでもある。
確率38分の1という極低確率の一点賭け。
しかし、俺は『31』が外れるとは思っていなかった。
理由は、目の前の老紳士が、卓越した腕を持つ熟練のディーラーだからだ。
これまでのゲームで見せた彼の所作は、非常に洗練された美しいものであり、それは長い年月をかけてディーラーとしての腕を磨いてきた事を示している。
それこそ、狙った部屋に球を放り込む事など造作もない程に。
……つまりこのゲームは、確率や天に運を任せるような偶然のゲームではなく、いかにディーラーの思惑を読み切るかという、必然の勝負だという事だ。
様々な思惑を乗せて、ボールは盤上を転がっていく。
そしてそれは、徐々に速度を落としていき、やがて一つの部屋の中へと姿を収めた。
「黒の『31』番です――」
老ディーラーが淡々とそれを告げると、周囲の人々は、今まで静かだったのが嘘かのように、騒々しく沸き立った。
「きたきたきたーっ!これで、今までの負け分が全部チャラだ!!」
「そんな馬鹿なっ!?四回も黒が続くなんて、嘘だろ?」
「うははははは、たまんねーな!これだからルーレットは止められないんだよ!!」
「おや、負けてしまいましたか。では次は、赤に賭けましょうか……」
勝負の明と暗がくっきりと分かれる中、老ディーラーは静かに台上のチップを回収し、それから勝者の前にその証を配っていった。
当然、それは俺の前にもやってくる。
その額、実に金貨七二〇枚分。
山と積まれた大量のチップを前に、俺は思わず自分が置かれている状況を忘れてしまいそうであった。
……ったく、笑いが止まらねぇなぁ、おい。
ちょっとしたゲームに何回か勝つだけで、金貨ウン百枚だろ?
こんな事なら、もっと早くここに来ていれば良かったぜ。
気が付けば俺の頬は、だらしなくが緩んでいた。
やはり、この場所を逃亡先に選んだ事は間違いではなかったようで、あの時、この決断を下した自分を褒めてやりたい。
聖女様という超VIPを怪しい人物に引き渡してしまうという、特大のポカをやらかしたあの後、俺達は即座に逃亡する事を決断した。
ただでさえ、貴族の馬車を襲撃した罪があるってのに、聖女様の誘拐にも加担したとなりゃ、未来に何が待ち受けるかなんざ、考えるまでもねえ。
俺達は荷物を纏める事もなく、それこそ着の身着のまま、脱兎の如くファーゼストから逃げ出したのだった。
途中、慌てて逃げ出す俺達を訝しむ奴もいたが、聖女様が攫われた事を告げると、みるみる内に顔が青く染まり、慌てて屋敷の方へと駆け出していったので、俺達は咎められる事なく切り抜ける事ができていた。
……何か、「黒い牙」がどうとか「追跡」がこうとか言ってやがったような気がするが、一体あれは何だったんだろうな?
たぶん、何か勘違いしてるんだと思うんだが、……まぁ誤情報で相手の動きが鈍る分には問題ねえか。
さて、そんなこんなで、ファーゼストからは無事に逃げ出す事ができた訳だが、俺達はすぐにある問題にぶち当たる事になった。
それは路銀の問題である。
身一つで逃げ出した俺達には、当然ながら纏まった逃亡資金など存在しない。
金が無ければ、まともに逃げる事なんかできねえし、かといって、ちんたら金なんか稼いでいたら、追手に追い付かれてデッドエンド。
俺達の逃亡生活は、早々に暗礁に乗り上げる事になったのである。
しかし、解決策は身近な所から出てきた。
なんと、ネズミが金貨一枚もの大金を隠し持っていたのだ。
さすがはネズミ先生というべきか、万が一の事態に備えているあたり、『ネズミ』の名前は伊達じゃねえ。
俺達はその金を使って準備を整える事ができ、どうにかこうにか辺境の地ファーゼストから逃げ出す事できたのだった。
――ちなみに、後で金貨の出所をネズミに問い質したところ、麻薬組織の金庫から奪い盗った時に、こっそりと一枚ちょろまかしていた事が発覚した。
『黒麒麟』の野郎に巻き上げられて、俺の手元には銅貨一枚だって残ってねえってのに、ネズミの奴め……絶対に許すまじ!!
…………えっ、あっ、嘘です、嘘です!
そんな〜、ネズミ先生の機転のおかげで、今の生活があるんだから、今更その事を責める訳ないじゃな〜い!
……だから、一人で逃げようとしないで、ね?ね?
ほら俺達、一緒に『黒麒麟』の馬車を襲撃した仲じゃねえか。
いわば運命共同体って奴だろ?
俺が悪かったから、何も言わずに立ち去るのはやめようぜ、な?
…………。
まぁ、とにかくだ。
そうして俺達はファーゼストから逃げ出した訳だが、そこから先も問題だらけなのには変わりねえ。
どこか、身を隠せそうな場所に心当たりなんかねえし、そもそも王国内で黒麒麟の目が届かねえ場所なんか、想像すらできねえ。
それに何より、手持ちの金が心許ねえもんだから、早く何か手を打たねえと、追手に取っ捕まるよりも先に餓死する可能性すらある。
幸いな事に、まだ『黒麒麟』の追手の気配は感じられず、多少の猶予があるのは確かだ。
恐らく、ファーゼストから逃げ出す時に広まった誤情報が、時間を稼いでいるのだろう。
聖女様の誘拐が発覚し、『黒麒麟』が手を打つまでの時間が、俺達のアドバンテージである。
そこで、俺はある一つの決断をするに至った。
それは、王国外へ逃亡するという物である。
国内では絶大な力を保持する『黒麒麟』だが、その立場は、あくまでも王国の辺境を治める一貴族でしかない。
つまり、その影響力は、国境を越えて他国まで及ぶものではないのだ。
…………という、希望的観測を元に、俺はまず王国外への脱出を第一に考えたのだった。
……うるせえ、国外逃亡したぐらいで『黒麒麟』の影響力が減じるなんざ、コレっぽっちも思ってねえよ!
ヤツに借りのある奴が、国外にもわんさかいる事なんか、分かってんだよ!!
それでも王国内にいるよりは、よっぽどマシなんだから、仕方ねえだろコンチクショー!!
……と、まあ、苦肉の策である感は否めない方針ではあるが、俺の本当の狙いは別の所にある。
それこそが、俺達が今居るこの場所であった。
王国の国境を越えて、ラヴァールに入ってすぐの場所。
ここは、三〇年程前に『コロリ』でラヴァール中が荒れ果てた時、多くの人が難民として押し寄せて出来上がった町だった。
非正規に作られたこの町は、当時のラヴァールに余裕が無かった事もあり、当初は国からの保護も受けられず、飢えと魔獣からの脅威に晒されていた。
そんな状況では、腕っぷしの強い荒くれ者が幅を利かせるようになるのも、ある意味必然なのだろう。
次第に町は、ヤクザ者が我が物顔で闊歩する、無法地帯と化していったのである。
しかし、王国がラヴァールに物資の支援を行うようになると、一つの転機が訪れた。
その立地上、王国からラヴァールを訪れる際はこの町を通過する必要があり、人が通れば需要が生まれ、需要が生まれれば人が集まりと、この街は交通の要として大いに賑わうようになったのである。
中でも、特に大きな成長を遂げたのが、ヤクザ者が取り仕切るこの賭博場だ。
一夜にして天国と地獄が入れ替わる、賭博場という名の魔窟。
大金持ちが賭けに負けて、身ぐるみを剥がされる事もあれば、浮浪者が道端で拾った一枚のチップを賭けて、大金を手にする事もあるという、正に天国と地獄と呼ぶに相応しい、混沌とした遊び場。
――賭博場『丸裸』
誰が言い始めたのか知らないが、この下品な名前の不夜城が、俺達がここを訪れた本当の理由だった。
「がーはっはっはっはっはっはー!今日の飲み食いは俺の奢りだ。好きなだけ飲んで食って、みんなで楽しく遊ぼうぜ!!」
俺は三十六倍という破格の賭け率によって生み出された大金の山に手を突っ込み、適当にチップを掴んで無造作に周囲へとバラまいた。
「「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」」
すると、何人もの貧乏人が目の色を変えて這いつくばり、俺がバラ撒いたチップに群がっていくじゃねえか。
中には、他人を押しのけてまでチップを拾い漁る奴までいやがる。
「おいおい、そんなにがっつくんじゃねえよ。まだまだ夜は長えんだから、ゆっくり楽しもうぜ?早い男は嫌われちまうぞ。だーはっはっはっはー!!」
そう言って、もう一度配当の山に手を突っ込み、今度はより広範囲に散らばるようにチップをバラまく。
すると、他の場所でゲームに興じていた者もこちらに気が付き始め、人が人を呼んで、どんどんと騒ぎは大きくなっていった。
……かぁぁぁっ、気ん持ち良ぃぃぃ!!
どいつもこいつも目の色変えて、地面を這いつくばっていやがる。
きっと、いけ好かねえ貴族の連中が、平民を見下す気分ってのはこんな感じなんだろうな。
くぅぅ、堪んねぇぜ。
「なあ、ねーちゃんも仕事なんか放っといて、こっちに来いよ。俺が忘れられない夜にしてやるからよ!」
そう言って俺は、近くで給仕をしていたウサギちゃんに手を伸ばす。
「きゃあ!な、何をしますの!!」
可愛いらしい悲鳴が上がるが、それを無視して腰に腕を回し、そのまま胸元に抱き寄せた。
その拍子に、彼女が持っていたシルバートレイからグラスが落ちそうになったので、溢れる前にキャッチして中身を一気に飲み干す。
喉を焼く強い酒精の香り。
「ぷはーー!ほらよ、これで仕事も無くなったから良いだろ?」
「……うっ」
グイッと顔を近付けると、思わずといった感じで顔を背けられた。
恐らく新人なのだろう。
こういった場にまだ慣れていない初々しいその反応に、ゾクゾクとした快感が背中を走り抜ける。
「いいから、大人しくここで見てろよ。今からが良い所なんだからよ!」
「嫌っ、離して!!」
俺はもがく女を逃がさないよう、自分の身体に押し付けるように腕に力を込めた。
賭博場『丸裸』で働くの給仕達は、皆、肌の露出の高く、俺の腕の中にいる給仕も非常に煽情的な格好をしている。
真っ白な肩と背中をさらけ出し、胸元から下半身にかけては黒く艶めかしい光沢の生地が身体のラインを強調している。
しかも、それらは脚の付け根あたりまでしかなく、『V』の字に食いこんでおり、下半身を隠している面積は最低限の物でしかない。
そこから先は、ストッキングと呼ばれる肌が透ける程の薄布が足先まで覆っており、生足を晒すよりもよっぽど刺激的な見た目をしていた。
そして何よりも特徴的なのは、赤兎族を模したウサギの耳の被り物だろう。
「んな格好しているぐらいだから、いいじゃねえか。金ならあんだからよ、いくら払えばねーちゃんが買えるのか教えてくれよ」
何故『丸裸』にいる給仕達が、皆、男の劣情を誘うような格好をしているのか。
んなもん、少し考えれば簡単に分かる事だ。
ここは賭博場でおまけに酒類も提供されているんだ、『飲む』『打つ』ときたら、その次は『買う』に決まってんだろう。
つまり、ここは男の欲望を全て満たしてくれる天国ってこった。
だぁーーはっはっはっはっはっはー!
「――んっんん!!」
どこからともなく聞えてきた咳払いによって、俺は急に冷静さを取り戻す。
……やべえ、ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれねえ。
「…………なーーんつって。なは、なははははははは」
そう言って、腕の中のウサギちゃんを開放してやると、慌てて俺から距離を取っていった。
良く見れば、ちょっと涙目になっている。
……こんな所で給仕なんてしているのに、そんなに俺の事が嫌だったのか……ショック。
まあいいや、俺の目的はここに居るウサギちゃん達と仲良くなる事じゃねえんだから。
さっさと目的を達成して、トンズラしますかね。
そうして、カジノの熱気から覚め、俺が本来の目的を思い出していると、そいつは突然声を掛けてきた。
「おやおや、その子を買いたいとは、実にお目が高い」
現れたそいつは、胡散臭そうな笑みを浮かべた狼人族の男で、ネックレスのように首にぶら下げた指輪が妙に印象的な奴だった。
「ん?なんだてめえは?」
「申し遅れました。私は当カジノの筆頭ディーラーで名をロッホと申します」
ロッホと名乗った獣人は、芝居がかった仕草で仰々しく腰を折った。
筆頭ディーラー?
そんな大仰な肩書の奴が、一体俺に何の用だ?
「実は先程から、貴方様が景気良く勝つ姿を楽しませて頂いていたのですが……そしたら、そちらの子を買いたいという声が聞こえたので、僭越ながらお声を掛けさせて頂いた次第です」
なるほど、つまり先程のウサギちゃんへのおイタが目に余ったもんだから、出張って来たって訳ね。
「ですが、実はその子は特別な商品でして、本来ならば売り物ではなかったのですが…………折角その気になられたのに、店の都合でそれを断るというのも何です。……そこでどうでしょう?私と一つゲームをして頂き、それに勝てば彼女をお譲りするというのは?」
しかし、ロッホの続く言葉は、俺の予想に反するものだった。
怖いお兄さん方によって、物理的に叩きのめされるのかと思ったが、そんな事は無く、ただ単にこのカジノの筆頭ディーラーと勝負を行えば良いらしい。
う~ん、どうしたものか。
別に、そこのウサギちゃんに未練があるわけじゃねえが……
「いいぜ。そのゲーム、乗ってやろうじゃねえか」
カジノでの目的を考えると、この提案は受けておいた方が良さそうだ。
そう考え、俺は筆頭ディーラとの勝負に挑む事にしたのだった。
シゴト……ウマイ。
キュウジツ……ウマイ。
カユ……ウマ…………。




