とある落ちこぼれの華麗なる活躍 ~修行編その三~
自分の置かれている状況をいまいち理解していないようで、呼ばれても全く動こうとしないデク。
「そこの木偶の坊!俺の言葉が聞こえないのか、前へ出ろ!!」
しかし、デクの坊と呼ばれた事で、ようやくパン料理長の言葉に反応を示した。
「お、おで?な、なんでおでの名前を知っでるんだど?おでは今、ごごで立っでいるんだど。足を揃えで、指先までピンなんだど」
それでも気を付けの姿勢を崩そうとしないのは、俺に言われた事を守ろうとしているからだろう。
「お前はふざけているのか!?いいから言われた通り、前へ出ろ!!」
デクの言動に声を荒げるパン料理長。
……あちゃー、やっぱりこうなったか。
デクも一緒に参加すると決まった時から心配で仕方がなかったが、案の定教官と揉める事になってしまった。
まさか最初からこんな展開になるとは思っていなかったので、デクには『気を付け』以外何一つ教えていない。
まあ、教えていた所でデクが全部覚え切れるはず無いので、早かれ遅かれこうなってしまっていた事だろう。
取り敢えず、この場は俺が口を開けば取り繕えるだろうが、余計な口を叩いて第二のココナッツにされるのだけはゴメンである。
……さて、どうしたものか。
「なかなかどうして、新鮮な良い食材がいるじゃないか。いい度胸だ、褒めてやろう!……だが」
俺の思考を置いて事態は進行していく。
パン料理長は一向に態度を変えないデクに業を煮やし、組んだ腕を解いて構えを取った。
見るからに漂う不穏な空気。
気のせいか、パン料理長の輪郭がぼやけて見える。
――瞬間、パン料理長の姿がブレて消えた。
……いや、消えたと錯覚するするほどの速度で、パン料理長が踏み込んだのだ。
凡人が目で追う事の出来ない、刹那の世界。
「コォォコォナァァッッツ!!」
俺が認識できたのは、その雄叫びだけであった。
俺は慌ててデクを見る。
すると――
――ひょい。
そんな間抜けな音が聞こえそうなデクの動きによって、パン料理長は捕獲されていた。
デクの大きな手に抱き上げられる、少年のようなパン料理長。
いや、抱き上げられるという表現は正しくない。
それは誰がどう見ても、大人が子供を高い高いしているようにしか見えなかったからだ。
……もしくは、怪物が小動物を捕えて、高々と掲げている絵ヅラ。
パン料理長が神速の一撃を放ったら、次の瞬間には高い高いをされていた。
……うん、何を言っているのか訳が分かんねえな。
「……え、あれ、うん?」
パン料理長も何が起きたのか分からず、きょとんとした表情を浮かべている。
「ぞんな危ない事じだら、ダメなんだど?」
「あ、うん、はい……」
「ぞうだ、おめえもぢゃんど立づんだど。足を揃えで、指先までピンなんだど」
そして何を思ったのか、デクはパン料理長を地面に立たせ、気を付けの姿勢を取らせ始めた。
「えっ、いや僕は――じゃなかった俺は教官で……」
「何言っでんだ?おめえもみんなと同じようにじないど、怒られるだよ?」
抵抗するパン料理長を万力のような力でねじ伏せ、無理矢理形を整えていくデク。
デクは素の力で鋼鉄をひん曲げる事ができ、その握力は岩をも削り取るほどなので、捕まったパン料理長は否も応もなく気を付けの姿勢を取らされてしまう。
「おおっ、ガッゴイイだど!おめえ、小っごいのに凄いじゃねえが」
「お、おう。そうか……」
デクに屈託のない笑顔を向けられ、流石のパン料理長もたじたじの様子。
その表情は、口に酸っぱい物でも放り込まれたかのように歪んでいる。
「おめえ、名前は何で言うんだど?」
「パン……だ、その、宜しくな。それで、今みんなで自己紹介しているんだけど、君――お前の名前は?」
「おで?おでの名前は――」
そう言い掛けるデクを遮り、すかさず俺は口を挟む。
「にっこりレモン」
「「「――ぶっっ!!」」」
吹き出すような笑い声が、そこかしこから聞えてくる。
中には、吹き出さないまでも、肩をぷるぷる震わせながら必死に笑いを堪えるような奴もいた。
俺の狙い通り、この一瞬でにっこりレモンの名前が定着した事だろう。
「……おい、誰だ今勝手に口を開いたヤツは?」
当然、パン料理長はこの空気を引き締めに掛かる。
思わず股の間がヒュンとしてしまいそうな声にビビりつつも、俺は一歩前に出た。
「俺であります、料理長!」
これからどうなるのかクッッッソ怖えが、これも仕方がねえ。
あのまま放置していたら、デクがあれ以上何やらかすか分かったもんじゃねえからな。
上手くパン料理長の目を逸らす事が出来て良かった。
……ちょっとやり過ぎたかもしれんが。
「俺の調理場に無断で踏み入るとは、なかなか見所のあるもじゃもじゃだな。その汚い髭面で、料理人の真似事か?」
先程までのデクとのやり取りは何だったのか思えるほど、顔をきりりと引き締めて俺に詰め寄るパン料理長。
何となくその顔が『助かった~』と言っているように思えるは、俺の気のせいだろうか?
……まあ確かにデクの身体能力は、俺でもドン引きする事があるから分からんでもない。
「手はきちんと石鹸で洗ってきたんだろうな!?」
「はい、料理長!」
「なかなか活きの良い食材じゃないか、気に入った!家に来て、俺と同じ飯を食っていいぞ!!」
さっきから罵倒されてるのは分かるんだが、何言ってんのか微妙に分かんねえんだよな。
一体どういう意味なんだ?
――と思った瞬間、パン料理長の姿がブレて消えた。
「ほぐぇふぉぉっ!!」
嫌な予感がすると同時に衝撃が腹を貫き、俺の身体はくの字に曲がって宙に浮く。
そして足から落下。
「ほげぇぇぇっ!」
腹パンされて、痛みにのたうつ。
ココナッツされなかっただけマシだが、身体の真ん中からバラバラにされるような感覚に、俺はうめき声を出す事しか出来なかった。
……クソッたれ、赤兎族の飯って言やあアレじゃねえか。
さっきのは糞っ喰らえって意味かよ。
「お前の事は知っているぞ。王都の方で有名になって調子に乗ってるクソッたれニンジンだろ?今までどこで何してたか知らないが、俺の仕事場で好き勝手出来ると思ったら大間違いだ。ファーゼストの魔の森で魔物狩りをした事もない赤ちゃんニンジンが、俺に口を出そうなんて一〇〇年早いんだよ!分かったら、さっさと立てクソッたれニンジン!!」
そう言いながらパン料理長は、俺の背中に足を乗せて魔術を発動させた。
「あばばばばばばばば!!」
電流が体中を駆け巡り、筋肉がビクンビクンと収縮を繰り返す。
威力は違うが、さっき牛の獣人に使っていた魔術と同じ物だろう。
「あばば、こんの……あばばばば……こんの、クソッたれがあぁぁ!!」
俺は電気の魔術の影響を無効化するべく、体内の魔力を活性化させていく。
俺ができる程度の抵抗など大した物ではないが、そんなに威力のある魔術ではなかったおかげで、なんとか体の自由を取り戻す事が出来た。
……ったくよ、好き勝手言いやがって。
こっちは好きでこんな所にいるんじゃねえってのに、何でこんな目に遭わなけりゃならないんだよ!!
「おっ?」
力を入れる事さえ出来れば、子供の足を押しのけて立ち上がる事なんざそう難しい事じゃねえ。
俺は言われた通り立ち上がり、パン料理長を正面から見据えてやる。
「ぜぇぜぇ……た、立ち上がってやったであります、料理長!」
「……もじゃもじゃの癖に、なかなか太い根っこ持ってるじゃないか。大変よろしい!さあ自己紹介の続きだ、やってみろ!!」
だぁぁ、もう、あれもこれもそれもぜ〜んぶ、あの『クソ麒麟』のせいだ!!
ああ、やってやるよ!
こうなったら、とことんやってやるから覚悟しろよ、クソったれがぁぁ!!
「はい、私はクソッたれニンジンであります、クソったれ料理長殿!まだまだクソの仕方も分からぬクソ若輩者でありますので、今後ともご指導ご便撻の程を、クソ宜しくお願い致します!!」
「いい自己紹介だ、クソッたれニンジン!だが、そいつは災いの元だから、以後取り扱いに気を付けるように!!」
パン料理長が言い切った瞬間、その身体がブレて見えた。
そして、そのまま空気に溶けるように掻き消えてしまう。
――瞬間、鳩尾から激痛が走る。
足が宙に浮き、視界がぐるぐると回って、やがて強い衝撃が背中を襲う。
たぶん、また腹パンされたんだと思うが、この時の俺は訳も分からないまま、意識を刈り取られたのだった。
あれれ~、おかしいぞ~?
本当は一話で終わらせるつもりだった修行編が、どうしてまだ続いているんだろ~?(小並感)




