とある落ちこぼれの華麗なる活躍 ~修行編その一~
途中で力尽きたため、分割投稿……
時系列としては、少し前からの話になります。
冬の終わりを感じさせる、肌寒さと暖かさが混在した空の下、俺達は無言で立っていた。
「…………」
ざっと数えて四〇人ぐらいか?
野郎共がお行儀良く二列で並んでいる様は、正直言って笑いを誘うものがあるが、俺もそんな連中の一人だから何も言う事はできねえ。
ほとんどの奴は、神妙な面持ちで微動だにせず立っているんだが、中には不貞腐れたような態度を取る奴もおり、そいつは周囲から浮いて非常に目立っていた。
当然、俺はその場から微動だにせず、周囲の奴らの中に溶け込んでいる。
これから始まる出来事を考えれば、目立つ行動は控えるべきだからだ。
「…………アニギ、いづまで立っでいればいいだど?」
「しーっ!とにかく黙ってここで待っていればいいの!」
呑気な声で聞いてくるデクに小声で返し、俺は気を付けの姿勢を維持し続ける。
……目立たないのは無理かもしれない。
デクの巨体はここに居る連中と比べても頭一つ抜けており、否が応でも目に入る。
そんなデクが『アニキ』と呼ぶ俺が、この集団の中で目立たないはずが無い。
……はぁ~、憂鬱だ。
これから始まるファーゼストの新兵訓練の事を考えれば、集団行動を乱す『目立つ行動』が、いかに矯正されるか考えるだけでも恐ろしい。
それでなくても教官に目を付けられれば、訓練の手を抜く事もままならないのだから。
「ああもう、さっきも教えただろう?ほら、足を揃えて背筋も伸ばす。そんで、指先までピンだ」
「アニギ、ご、ごうが?」
「そう!なんだ、ちゃんと出来るじゃねえか」
「ぐへへ、ア、アニギに褒められだど……」
きっと、これから何が行われるのか全く理解していないのだろう。
デクは褒められた事を無邪気に喜び、鬼のような顔を歪めて笑っている。
そんなデクの余裕の態度が、今はとても羨ましい。
はぁ~。
まったく、どうしてこんな事になっちまったんだろうな……
長年過ごした迷宮都市バンガードが壊滅しちまい、各地を転々として最終的に野盗に身をやつす決意をしたら、最初の獲物としてその場に通りかかったのが『黒麒麟』と名高いあのファーゼスト辺境伯。
見事に返り討ちにあってその場で処刑されるかと思いきや、一ヶ月で金貨一千枚という法外な金を稼ぐ事を条件に身柄を解放され、どうしたものかと途方に暮れる俺達だったが、その後は『麻薬組織のアジトに潜入』『大貴族の庶子を保護』『第一王子暗殺の阻止』と、怒涛の日々を送る事になったのである。
しかも、これらの騒動の裏には全てモロー伯爵が絡んでおり、『黒麒麟』はモロー伯爵の陰謀を潰すために動いている所だったらしい。
つまり、俺は大貴族の謀略を阻もうとする『黒麒麟』に運悪く鉢合わせ、その駒として都合良く使われたって訳だ。
そしてその結果、何故か俺は『黒い牙』という名の凄腕の密偵として、世間に名を売る事になっちまったのである。
……全く意味が分からねえ。
いくら学園を卒業したとはいえ、こちとら教師のお情けで卒業できたような、落第ギリギリの自他共に認める『落ちこぼれ』だぞ?
何が『凄腕の密偵』だ、ふざけんな!
おまけに、あの『黒麒麟』の野郎がこれでもかってぐらいに宣伝して回っていやがるから、名前ばっかりがどんどん大きくなっていきやがる。
なんだよ、あの芝居は!?
あんなの脚色増し増しの、クソ芝居じゃねえか!
しかもなんで大ヒットしてんだよ!なんだよ第三弾って!!
……結局、モロー領での騒動の後も『黒麒麟』から逃げる事はできず、俺は首根っこを掴まれて、引きずられるようにファーゼスト領まで連れて来られたのであった。
――そして、今に至る。
俺の周囲には、野郎共が四〇人ばかし。
どいつもこいつも厳つい顔と体格したおっかねえ奴ばかりだが、どうして俺はそんな奴らの中に混ざって、突っ立っているんだろうか……
……うん、やっぱり意味が分からねえな。
これってあれだろ?
集めた人員を地獄の底に叩き落とし、肉体的にも精神的にも極限まで鍛え上げると噂される、あのファーゼスト領の精兵を造るための新兵訓練。
どう考えても、俺みてえな『落ちこぼれ』が居ていい場所じゃねえと思うんだよなあ。
それとも『黒麒麟』の奴は、今後も『黒い牙』として、俺を使い続けるつもりなのかね?
案外、使い捨て出来る都合の良い駒とか思われてるのかもしれねえが……
まあ飼い主様の気が変わって処刑されないよう、せいぜい頑張って尻尾を振るとしますか。
……はあ。
俺は喉元まで出てきた溜息をそっと飲み込み、暖かい日差しの下で立ち続けるのだった。
そうして待ち続ける事数分、ようやく変化が訪れた。
「――よしよし、ちゃんと集まっているな?」
変声期前の、少し高めの中性的な声。
見れば半袖短パン姿の美少年が、偉そうに腕を組みながらこちらに向かって歩いている。
どこかのガキが忍び込んだのだろうか?
こっちに歩いてくる人影はどう見ても成人前の子供にしか見えず、ファーゼスト家の屋敷に併設されているこの訓練場を、遊び場か何かと間違えているような印象を受ける。
もしも迷子だとすれば、ファーゼスト家の人間に見つかる前に、ここから連れ出した方が良いんだが……
「おいガキんちょ、お前どっから来たんだ?親から逸れたのか?」
そう言って、列から離れていったのは、意外にも先程まで不貞腐れたような態度を取っていた男だった。
口調とは裏腹に、子供の事を心配している素振りが見て取れる。
「ったく、しょうがねえ親だな。こんなガキを放って――」
そう言いながら辺りを見渡して親の姿を探し始める男だったが、その言葉を最後まで言い切る事はできなかった。
「コォォコォナァァッッツ!!」
甲高い叫びと共に繰り出される鋭い右フック。
子供のものとは思えない威力を纏ったそれが突き刺さり、男は声にならない呻き声を発してその場に崩れ落ちたのだった。
……やっぱりな。
現れた子供は、特徴的な兎の耳と真っ赤な瞳を有しており、それは彼が赤兎族である事を意味している。
赤兎族はある年齢で成長が止まるため、その外見から年齢を推測する事が出来ない。
つまり、あの子供は見た目通りのただの美少年ではないという事だ。
そして、赤兎族はファーゼスト家によって保護されている獣人であり、皆『赤獣人』として活動するか、もしくはファーゼスト家の侍従として働いている。
要するに、目の前に現れたこの赤兎族が、これから始まる新兵訓練の教官って事だ。
「――で、まだ他に何か言いたいココナッツ野郎はいるか?いるなら砕いてやるから、今の内に前へ出ろ」
何を砕くというのだろうか?
砕かれたらしい男は、未だに地面にうずくまっており、立ち上がる事が出来ないでいる。
子供の体格から繰り出されたあの鋭い右フックは、大人との身長差もあって身体の中心からやや下辺りに当たっていたはずだ。
鳩尾と呼ばれる人体の急所…………から、およそ三〇センチほど下に位置する部位。
……つまり、そういう事らしい。
「…………」
当然、他に何も言う者はおらず、皆、口を閉ざして直立不動を貫いている。
ココナッツ野郎は一人で十分。
この場にいる誰もがそう思っていた。
……なお、この瞬間、あの男の呼び名が『ココナッツ』に決定した事は、言うまでもない事だろう。
「おっし、じゃあまずは自己紹介だ。俺の名前はパン、これからお前らを一人前の料理に仕上げる料理長だ」
小さな教官は、誰も何も言わない事を確認すると、俺達の列の間を通り抜けながらそう話し始めた。
「これから俺の調理を受ける者に敬意を表し、お前らには特別に『料理長』と呼ぶ事を許可する。以後、その口から汚ない廃油を垂れる時には、最後に『料理長』を付けるように!」
ゆっくりと歩きながら、俺達一人一人の顔を見上げるパン料理長。
「……」
威圧的な自己紹介に圧倒され、俺達がどう答えていいか分からず戸惑っていると、パン料理長は動きを止めて、皆に固い表情を向ける。
「返事は!?」
「……ハイ、料理長!」
気が付けば俺達は、揃えてそう声を上げていた。
「よろしい!では、これから訓練を始める…………前に、お前らも、隣にいるのが名前も知らない奴ばかりでは不安だろう?だから、まずは自己紹介をしてお互いを理解する所から始めようか」
そう言って、笑みを浮かべるパン料理長。
成る程、確かに皆の連帯感を高めるためには、個人個人がどんな人間なのかを知るのは効果的だ。
お互いの事が分かれば情も芽生えるし、辛い訓練も共に乗り越える事が出来るはずだ…………とか思う訳ねえだろバカヤロー!!
もう、嫌な予感しかしねえんだよ!!
「呼ばれた奴は、前へ出ろ!!まずは、そこでうずくまっているお前だお前。いいか、お前は今からココナッツだ!早く立って『私はココナッツです』と皆に自己紹介を始めろ。……いつまでそこに座っているつもりだ、ココナッツミルクでも絞っているのか?そういうのは、夜中に一人でこっそりとトイレにでも行ってやっていろ!それとも何か、ファーゼスト家のメイドの気でも引きたいのか?だったらそう言え、俺が徹底的に下拵えして医務室に送ってやるから。そうしたら動けないお前に代わって、ココナッツジュースの世話でもしてくれるだろうさ!」
想像以上の罵詈雑言の嵐に、絶句する俺達一同。
「…………」
……こうして、俺の楽しい楽しい新兵訓練は始まったのである。
ちょっと、この話書いてて楽しいwww




