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悪徳領主ルドルフの華麗なる日常  作者: 増田匠見(旧master1415)


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悪徳領主の苦悩

 窓から差し込んでくる光を感じ、意識が徐々に覚醒していく。


「んん~~」


 いつの間に眠ってしまったのだろうか。

 ここしばらくは心労が絶えず、あまり眠る事が出来なかったのだが、今日はぐっすり眠れたのか妙に身体の調子が良い。

 やはり、()()()が私に与える負担は相当なものなのだろう。

 クロウ卿があの女の相手をしてくれたおかげで、ようやく調子を取り戻す事が出来そうだ。


「……良い朝だ」


 窓に目を向ければ、外は雲一つない快晴。

 天高く澄み渡るような青空に、私の心が洗われていく。


 ……清々しい、本当に清々しい朝だ。


 訓練でもしているのだろうか。

 風に乗って聞えてくる教官の怒鳴り声が、また良いアクセントになっている。


 心地良い一日の始まりを堪能しながら、私はベッドから起き上がろうとした。

 しかし、それはベッドの中にいるもう一人の存在によって(はば)まれる。


 私の左腕を、ぎゅっと抱き締める誰か細腕。

 それが私の起床を妨げ、離してくれない。

 見れば、はだけたネグリジェからは柔肌が覗き、豊かな双丘が今にも零れようとしているではないか。

 私はそれを視界に入れないように、急いで目を逸らす。


「んん~」


 そんな私の反応を察したのか、左腕に巻き付く力が一層強まり、柔らかな物が私に押しつけられた。

 鼻孔をくすぐる女の甘い香り。


 ……頭がくらくらしてきそうだ。


 私は視線を戻し、安心しきった子供のように眠るその顔を見つめる。

 すると、閉じた(まぶた)がうっすらと開いていき、やがて二つの瞳が私を捉えた。









「……んみゅ~?なんで、る~くんが私のベッドにいるの?」










「それは、私の台詞だぁぁぁぁ!!」


 私の清々しい朝は、ベッドに潜り込んでいた聖女(はは)によって、早くも崩れさったのだった。










 寝ぼけ(まなこ)聖女(はは)を部屋から叩き出し、私は痛む頭を押さえながら、侍女に身を任せていった。


「――ねぇ、る〜くん。夜中にちょ〜っと寝ぼけて、部屋を間違えちゃっただけなのよ」


 差し出された水桶で顔を洗い、タオルで水気を拭き取る。


「わざとじゃないんだから許して、ね?」


 口の中を水ですすぎ、寝間着を脱いでそっと汗を拭き取ってもらう。


「お母さん、この扉を開けて欲しいな〜」


 それから新しい衣服を身に纏うと、次は髪を撫でつけ香油で整えていく。


「最近のる〜くん、元気が無かったから心配したんだよ?」


 聖女の無自覚なセリフに、一瞬「誰のせいだ!?」と反応してしまいそうになるが、それをグッと堪えて無視を決め込む。

 最後に鏡に写る自身の姿が問題無い事を確認すると、私はドアノブに手を掛け、食堂に向かう事にした。


「だからね、『元気がでますように』って、寝ているる〜くんに奇跡を掛けておいたの。えへへ〜♪」


「やはり、わざとではないかぁぁぁ!!」


 思わず声を荒げ、怒りのままにドアを開く。

 その先には、『しまった!?』とでも言いたげな聖女の顔。


「………………てへっ☆」


 聖女はそれだけ言って、一目散に走り去ってしまった。

 私が追求の声を上げる間もないほどの、素早い逃げ足である。


 ……くっ、妙に体の調子が良いと思ったら、そういったからくりだったか。

 大人しく、クロウ卿の相手をしているかと思えばこれだ……


 ……だぁぁ、もう我慢ならん!


「ヨーゼフ!!」


「――はっ、ここに」


 音もなく現れたヨーゼフに、私は指示を与えていく。


「誰でもいいから聖女を見張らせろ!そして、何らかの企てを察知したら、すぐにでも叩き潰せ!!」


 あの女の事だ。

 ファーゼストに滞在している間は、こちらの隙を見て纏わりついてくるに違いない。


「アメリア様の監視ですか?いくら何でも、それは度が過ぎるのでは?」


「黙れ!何も知らない貴様が口を挟むな!!」


 ああ、思い出しただけでも寒気がする。

 人目も気にせず大声で話し掛けてくわ、所構わず抱きついてくるわ、風呂の中に入ってこようとするわ。

 一体、私を何歳(いくつ)だと思っているのだ。

 挙げ句の果てには、ベッドにまで潜りこんでくる始末。

 朝、目が覚めたら母親が隣で寝ているこの恐怖が、貴様には分かるというのか!?


「……失礼致しました」


 ヨーゼフは、そう言って静かに頭を下げる。


「良いか、相手はこちらの予想の上をいく油断ならん相手だ。どんな状況になっても即応できるよう、対応力の高い者を張り付けておけ」


 正直に言って、あの女の制御を可能な人間が父上以外にいるとも思えないが、何もしなければ状況は変わらないままである。

 あの女を相手にどれだけ効果があるかは分からないが、少なくとも浴室や寝室に潜り込んでくる事は防げるはずだ。


「……くっ、始末する事が可能なら、どれだけ楽な事か」


 この世から消し去ってやりたいと考えた事は、一度や二度では無い。

 聖女(ヤツ)から解放されるのであれば、喜んでこの手を汚すつもりである。

 だがしかし、『聖女』という名は父上が教会内で地位を上げていくのに必要な切り札の一つでもあるため、容易に手を出す事はできない。


 ……いっその事、どこか私の知らない所で、事故にでも巻き込まれてくれないものだろうか。


「始末……ですか?」


 私の独り言にヨーゼフが反応する。

 失言だ、いくらなんでも聖女に対して口にしていい言葉ではなかった。


「……今のは忘れろ、気にするな」


「…………かしこまりました」


 しかし、我が家の優秀な家令は、それ以上何も言わずに口をつぐむ。


「とにかく、聖女に何もさせない事が第一だ。もしもしくじるようなら、明日は無いと思え!」


「かしこまりました。では、そのように手配致します」


 そう言って静かに立ち去るヨーゼフを見送り、私は食堂へと向かうのだった。










 夜、ようやく一日が終わり、私は自室で寛いでいた。

 手に持ったグラスに口を付け、ワインの豊潤な香りと味わいを楽しむ。


「ふう……」


 見張りを付けておいた成果か、今日は聖女(はは)に付き纏われる事もなく、平穏無事な一日を送る事が出来た。

 クロウ卿が医療団を連れてファーゼストを出立してしまったため、明日から聖女ははを押し付ける人材を探さねばならないのが頭痛の種だが、それももうしばらくの辛抱である。

 あの女にも『聖女』としての仕事があるため、いつまでもファーゼストに留まっていられるわけではない。

 それに加え、私の方でも近々神聖国家ラヴァールへと出向く用件があるため、どちらかの出発の時期が来れば、自然とあの女と離れる事ができるという訳だ。

 その事を考えると、自然と笑いが込み上げてくる。


「クックック……楽しみだな」


 聖女(はは)と離れる事が……ではない。

 それも楽しみなのは間違いないが、本命は神聖国家ラヴァールへの訪問である。


 事の発端は、先日我が家で見つかったとある文献だった。


 なんでも、我が領地には一柱の()()()が封印されているそうだ。

 女神様は卑劣な悪魔の手によって地の底に封印されてしまったのだが、とある人物がそれを発見し、女神様を救わんと魔の領域を切り開いてそこに領地を構えたのである。

 その人物こそが我がファーゼスト家の初代当主。

 そして、女神様を封印からお救いする事が、我が一族の悲願であると、その文献には記されていたのだ。


 ――勿論、この文献は私がでっち上げた偽物である。

 全ては、運命と因果を司る大悪魔たる御柱様を神と偽り、人々の間に悪魔の教えを広めるため。

 悪魔の教会を堂々と建立するための虚言だ。


 しかし、権力者が『黒』と言えば事実は簡単に黒くねじ曲がるもので、司教の地位に就く父上が教会上層部に働きかけた結果、とうとう我らが()()()は神として教会に認められる事になったのである。

 しかも、教会は新たな神の出現を祝って、首都にある大神殿で盛大に式典を執り行ってくれるというではないか。


 クックック、その正体が(いにしえ)の大悪魔とも知らずに馬鹿な連中だ。

 せいぜい、我らが()()()を讃え、その存在を世に知らしめてくれるがよい。


 当然、女神様の守り手たる私も式典に出席する事になっており、教会の(じじい)共のアホ面を特等席で拝む権利を手に入れている。

 御柱様の御威光に平伏(ひれふ)す教会の連中の事を思うと、今から楽しみで楽しみでしょうがない。


「……クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!」


 もう一度グラスに口を付け、残っているワインを飲み干した。

 今日は鬱陶しい聖女(はは)の姿を見る事もなかったし、見張りを付けたので寝室に潜り込まれるような事もないだろう。


 ……良い夢が見れそうだ。


 私は心地良い酔いに身を任せたままベッドに横たわり、そのまま瞼を閉じていく。





 コンコンコン





 ――が、扉を叩くノックの音によって、それは妨げられた。


「申し訳ございませんルドルフ様。アメリア様が……」


 固く震えるヨーゼフの声。


「アメリア様が…………行方不明になりました」


 そして告げられる爆弾発言。


「なっっっ!?」


 そのあまりに衝撃的な内容に一気に酔いも覚め、ベッドから飛び起きて急いで部屋の中へとヨーゼフを招き入れる。


「行方不明だと!!一体、どういう事だ!?」


 くそっ、あの女何のつもりだ。

 こんな時間に、一体何処をほっつき歩いている!!


「それが……報告によりますと、アメリア様は誘拐されたのではないかとの事でした」


「誘拐……だと?」


「はい。その可能性が非常に高いとの事です」


 くっ、聖女を誘拐するなど、犯人の目的は一体何だ?

 あの女を誘拐して、誰が得をする?


 …………駄目だ、利用価値があり過ぎて、誰が犯人なのか全く見当もつかん。


 例えそこいらの盗賊が捕まえたとしても、あの女の見た目であれば、売り飛ばすなり欲望の捌け口にするなり、利用する方法はいくらでもある。

 そこに、『聖女』や『現ファーゼスト家当主の母』といった付加価値も付くのだ。

 もしもファーゼスト家に敵対する勢力の手に渡った事を考えると、目も当てられない。

 あの女を人質に、一体どんな要求を突き付けられるだろうか?

 身代金で済めば良いが、相手の要求を飲んだとしても人質が無事でいられるという保証もない。

 全く、あの聖女(はは)はどれだけ私に迷惑を掛ければ気が済むというのだ……










 ………………いや待てよ!

 良く考えれば、この状況は願ったり叶ったりではないか?








 そうだ、何故あの女の身の安全など考えなければならないのだ!!

 むしろこれは好機。

 どこの誰が何の目的で誘拐したのかは知らないが、あの女の命が脅かされるのであれば、それは私の望む所である。

 もし人質として突き付けられたとしても、その時は犯人諸共、葬り去ってやれば良い。

 クハハハハハ、堂々と聖女を消し去る事の出来る一大チャンスではないか!!


「……監視していたのにも拘わらず、大変申し訳ございません。現在捜索隊を編成しており、すぐにでもアメリア様の痕跡を追跡致します」


 そう言って部屋を去ろうとするヨーゼフを私は手で制する。


「待て、捜索隊の編成はせずとも良い。それよりもラヴァールへ向かう準備の方を優先させろ」


「し、しかしそれではアメリア様が……」


「しつこい!とにかく母上の事は放っておけ、むしろ誰一人として追ってはならん!!」


 ここで聖女(はは)の救出などさせてたまるものか。

 この千載一遇の機会に、聖女(はは)の存在を抹消してやるのだ!


「か、かしこまりました」


 私の勢いに押され、ヨーゼフはそう返事をして部屋を去ろうとする。

 しかし、途中で何かを思い出したようで、振り返ると別件の報告をし始めた。


「……そういえば、『黒い牙(ブラックファング)』がアメリア様を追っているという報告を受けましたが、そちらはいかが致しましょうか?」


黒い牙(ブラックファング)』だと?

黒い牙(ブラックファング)』といえば、王都で噂になっているあのふざけた偽善者の事ではないか。

 何故そんな(やから)の名がここで出てくるのだ?

 奴が聖女を狙っているという事は……まさか、奴がこの誘拐の犯人だとでもいうのか?

 一体、聖女を(さら)って何をしようというのだ……


 ……まぁ良い、どちらにしてもこの騒動のどさくさで、聖女を処分してしまう事に変わりはない。


「放っておけ」


「かしこまりました」


 私の短い返答を聞くと、今度こそヨーゼフは部屋を去っていった。


 ……さて、取り敢えずこの件はこれで良いだろう。

 あとは誘拐犯の出方を待つだけだ。

 相手から何らかの接触があれば、聖女(はは)諸共闇の中へと葬り去ってやり、何も音沙汰が無ければそれはそれで煩わしくない。

 どちらにしても、私の不利益にはならない状況である。


 クックック、しばらくは聖女(はは)の居ない穏やかな日常を送る事が出来そうだ。


 そう考え、私はもう一度ベッドの上で横になり、目を閉じたのだった。

顔文字の使用頻度が多いのは、おっさん&おばさんの特徴らしいです……

……泣いていいかな?

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