先代悪徳領主の嫁奪り物語 その六
やっぱり悪徳パートを書くのは楽しいな〜。
あはははは〜。
翌日、私は聖女を更に追い込むために、次なる策を練っていた。
「――報告は以上でございますゲオルグ様。引き続き、各所に所定の食料を配給して参ります」
「……いや、医療棟への配給は一切差し止めろ。水と塩のみで良い」
現在の備蓄状況を報告する補給担当者に、私はそう指示を出した。
『腹が減っては戦ができぬ』と言うように、人は食べ物を腹に収めなければ生きてはいけない。
体に栄養を取り込んで、初めて活力を得る事ができるのである。
なので、次はそこを断つ。
ただでさえ聖女は消耗しているというのに、食事までまともに取れなくなったら、一体どれ程の負担が掛かるだろうか。
体力も気力も尽きて、うなだれる聖女の姿が目に浮かぶようだ。
……ひょっとしたら、誰かがこっそり差し入れを行うかもしれないが、別に気にする必要はない。
医療棟にいるのは聖女だけではない、多くの赤兎族もいるのだ。
皆が空腹に苛まれている中、一人だけ腹一杯食べている人間がいれば、どのような目を向けられるのか。
クククッ、ひょっとしたら私が手を下さずとも、本当に筋書き通りの事が起きるかもしれんな。
「はっ?し、しかしそれでは、病人が――」
「――貴様は、いつから口を挟めるほど偉くなったのだ?言ってみろ?」
私の計画に余計な口を挟もうとする補給担当者を睨み付ける。
「……も、申し訳ございませんでした。そのように手配を致します」
「なら、最初からそう言え!!」
「大変申し訳ございませんでした。以後、気を付けるように致します」
全く、侍従ごときが主の命令に私情を挟むな馬鹿者が、時間の無駄だろうが!
「分かったらさっさと手を動かせ!!」
「し、失礼致しました」
私は出来の悪い侍従を怒鳴り付けて、ささっと執務室から追い出した。
「ふんっ」
腹立たしい一幕はあったものの、兵糧攻めの手配はこれで問題なさそうだ。
さて、次の策はと……
そうして、次の策に思考を巡らしていると、ふとある事が気になった。
そういえば、昨日は赤兎族の少年に聞かれて計画が漏れてしまったのだから、今日も扉の外で聞き耳を立てている存在がいても、おかしくはないのではないか?
そう思い、私は部屋の扉を開けて、外の様子を確認してみる事にする。
――いた。
別段、聞き耳を立てている訳ではないが、洗濯物を抱えた赤兎族の少年が、廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。
「ゲ、ゲオルグ様…………あっ!」
赤兎族の少年も私の姿に気が付いたようで、慌てて頭を下げるが、その拍子に抱えていた洗濯物を床に落としてしまう。
……ふむ、丁度良い。
当初の計画から予想外の展開になっているのは、全てこの赤兎族の少年のせいだと言っても過言ではない。
こいつが脱走した事で聖女に事態が露見してしまい、こいつが告げ口をした事で聖女を火葬する事ができなかったのだから、そのお礼ぐらいは、させてもらわなければ。
「ふむ、真面目に仕事をしているようだな」
私は床に落ちた洗濯物に手を伸ばし、人の良い上司を装いながら赤兎族の少年へと声をかけた。
「あ、いえ、その、はい……」
気まずそうな表情で言葉に詰まる赤兎族の少年。
「貴様が私を目の敵にしているのは、分かっているつもりだ」
「……」
私は洗濯物を拾いながら、赤兎族の少年に言いたい事を告げていく。
「もしも仲間が助かったのなら、それは聖女に感謝しろ。もしも助からなかったら私を恨むがいい……」
それらしい事を並べて、領民思いの偽善者っぽい人間を演出。
「そ、そんな、ゲオルグ様は……」
すると、無知で愚かな赤兎族の少年は、慌てて私に言葉をかけようとした。
――よしっ、食いついた。
無論、誰一人として生かすつもりはないので、この赤兎族の少年は恨みを抱えたまま、変態貴族へと売られる事になるだろう。
存分に私を恨んで、御柱様へ供物を捧げるが良い。
「どうなるにせよ、貴様は精一杯生きていくがいい。……そうだ、少し待っていろ」
……さて、本命はここからだ。
私は拾った洗濯物を赤兎族の少年へ押し付けると、執務室からある物を取って戻ってくる。
「先日ラヴァールから仕入れた林檎だ。罪滅ぼしという訳ではないが、コイツを持っていけ」
そう言って、私は籠ごと赤兎族の少年へ手渡した。
「……えっ?これは……えっ?」
戸惑ったように、洗濯物と林檎とを見比べる赤兎族の少年。
面食らったその顔が、どこか間抜けで滑稽に見える。
「嫌いだったか?」
「い、いえ僕の大好物です。ゲオルグ様、ありがとうございました!!」
「そうか、ならしっかりな」
「……はい!!」
元気な返事を残して、赤兎族の少年は私の目の前から消えていった。
……大好物か。
クックック、それは良かった。
久し振りに感じる故郷の味は、さぞかし美味かろう。
それも、塩と水しか口にできぬ何十人もの仲間の前で食すとなれば、その味は格別であろうな!
赤兎族の少年よ、私からのお礼を存分に味わってくれたまえ、クハハハハハハ!!
そうして私が暗い愉悦に浸っていると、どこからか何ともいえない悪臭が、風に乗って流れてきた。
「――そうか、始まったか」
煙の匂いに混じった、何かが燃える臭い。
昨日、私はヨーゼフに人質を一人ずつ始末するように指示を出していた。
当然、死体は順次処分していかなければならないのだが、現在この敷地は完全に封鎖されているため、墓地に死体を運ぶ事ができない。
そのため、敷地内で対処するには、焼いてその嵩を減らす必要があるのだ。
何せ百人を超える人質がいるのだから、聖女がいつまでも我儘を言っているようなら、屋敷の中が死体で溢れてしまう。
しかも、そのまま放置してしまえば、腐敗して悪臭を放ち始めるのだから、燃やして処理するのは理に適っていると言えよう。
……それにしても、人は燃えると悪臭を放つと聞くが、まさかこれほどの物だったとは。
私でさえも気分が悪くなるのだから、消耗している聖女には相当堪える事だろう。
フフフ、これは期せずして聖女を追い詰める要素が加わったな。
食糧の供給途絶に加え、一人ずつ死んでいく人質、そしてそれらが燃える時の悪臭。
……ふむ、あと一押し欲しいな。
聖女の心を支える柱を、根本から揺らすような一手が。
「ゲオルグ辺境伯、聖女様は大丈夫でしょうか?先程、新たな患者が40人も運ばれたと聞きましたが」
と、その時、最後のピースが私の手元にやってきた。
現れたのは、悪魔に保身を願った生臭坊主ども。
「おおポール卿、今日の防疫はもう済んだので?」
「ええ、そちらは滞りなく完了致しました。それでその、いくらゲオルグ辺境伯にもお考えあるとはいえ、流石の聖女様もこれでは……」
いくら自身の命惜しさに聖女を売ったとはいえ、聖女の危機を完全に無視する事はできなかったようである。
しかし今回は、そんな彼らの後ろめたさを利用させてもらうとしようか。
「やはり、気になりますか?」
「はい。ゲオルグ辺境伯のお考えは理解しているつもりではございますが、やはり……」
命を握る私に対し、言いにくそうに言葉を紡ぐ生臭坊主。
私はそんな彼に、今までの方針から一転した内容を告げる。
「明日の防疫に支障のない範囲であれば、許可をしましょう」
「宜しいのですか?」
すると、許可されるとは思っていなかったのか、生臭坊主は驚いたような声を上げて私を見た。
「ええ、あくまでも奇跡を行使しない範囲でですが。それで貴方がたの気が晴れるのであれば、好きになさると良いでしょう」
「で、では……」
再び背中を押すと、彼らはどこかホッとしたような表情を浮かべる。
「ではどうぞ、私がご案内致しましょう」
そう言って私が歩き始めると、彼らはその後ろをぞろぞろと着いてきた。
……やれやれ、本当に人間の屑どもだな。
奴らの根底にあるのは、聖女を売った事による後ろめたさ。
「すまなかった」「仕方なかった」「やれるだけやった」「どうしようもなかった」
奴らは聖女に会って、そんな言葉を掛ける事だろう。
自身の大罪から逃れるための、許しを得るために。
人とは、謝罪し贖罪をすれば、許されたと勘違いして罪から逃れられる生物なのだから。
そして、聖女は彼らを許すだろう。
あの底抜けの阿呆は、許しを与えて彼らの罪さえもその身に抱えてしまう事だろう。
あれはそういう阿呆だ。
クックック、実は仲間に裏切られていたという事実を知った聖女は、一体どんな顔をするだろうか。
消耗と憔悴の果てに見える、裏切りと絶望…………実に楽しみである。
これを特等席で見ない訳にはいかないな!
愉悦に口を歪ませながら、私は再び医療棟へと足を踏み入れた。
相変わらず、汚物まみれの不浄の世界。
しかも見渡す限り、体調不良を訴える赤兎族に埋め尽くされ、苦悶の声が奏でる不協和音は昨日の比ではない。
あまりの凄惨な状況に、一緒にやってきた生臭坊主どもからは、息を飲む音が聞こえてきた程である。
私は、胸が高鳴るような呻きのハーモニーを割って入り、目的の人物の下へと歩いていく。
聖女は、ベッドに横たわる赤兎族の少年――長老の手を握り、顔を伏せていた。
「どうした、誰も死なせないのではなかったのか?」
私の声に反応し、顔を上げる聖女。
目の下には色濃い隈が彩り、涙に濡れた瞳は充血して赤く染まっている。
頬こけて、げっそりとやつれた顔には生気が無く、亡者と呼んだ方がしっくりくる程に出来上がっていた。
「……どうして?」
聖女がか細い声で呟く。
「どうして貴方は、そんな……」
最後まで言い切る事無く、聖女は力なく項垂れた。
やがて聞こえてくる嗚咽。
そして、ポタリポタリと音を立てて、水滴が床を濡らし始める。
おやおや、昨日あれだけ威勢のいい事を言っておきながら、何だこのザマは?
まだ、食事は抜かれていまい。
まだ、人質は数人しか処分していまい。
まだ、人が焼かれて僅かしか経っていまい。
まだ、仲間の裏切りは発覚していまい。
まだまだ、お楽しみはこれからだというのに、こんなものでギブアップをしてくれるなよ。
私は俯く聖女の顎に手を添え、無理矢理こちらを向けさせた。
「っッ!!」
元は美しかったであろう亡者の如き容貌が、私の目と鼻の先に映る。
「もう終わりか?神のご加護とやらもネタ切れか?」
その言葉に、聖女の瞳が僅かに揺れる。
そして……
「……だって……だって、もうどうしようもないじゃない!私一人じゃできないもん!!私一人じゃどうしようもないもん!!!…………もう、限界だもん!!!!」
遂に何かが壊れ、聖女は人目もはばかる事無く大声で泣き出し始めた。
今までの気丈な聖女様はどこへ行ってしまったのやら、その姿はまるで癇癪を起こした幼児そのものだった。
クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!!
そうだこれだ、私はこれが見たかったのだ!
聖女が壊れるこの瞬間を!!心が折れるその音を!!
クハハハハハハハハハハハ!!
聖女とは、この程度だったか。
神の使いとは名ばかりの、ただの小娘ではないか。
いや、泣きじゃくる赤ん坊ではないか!?
アーハッハッハッハッハッハ!!
聖女よ、ここが絶望の底だと思うなよ?
まだまだ先がある事を教えてやる!
二度と戻ってこられぬ程の、昏い闇の中に引きずり込んでくれるわ!!
「――聖女様」
と、そこへ何を思ったのか、生臭坊主がやってきて頭を下げる。
「私の過ちをどうか、どうかお許し下さい……」
そして壊れた聖女に、追い打ちを掛けるかのような裏切りの告白。
ブフゥッッ!!
何たる外道、何たる非道。
流石の私も、まさか生臭坊主がこれ程の屑だったとは、予想する事ができなかった。
だというのに……
「申し訳ございません……」
「お許し下さい……」
「どうか、どうか……」
「聖女様……」
聖女の仲間達は、次々に膝を折って許しを乞い始めるではないか。
……何だこれは、何だこの茶番は、クハハハハハハハハハ!!!
私は、いまだ泣き止まぬ聖女を無理矢理立たせ、部屋の隅の方へと追いやった。
「貴様はそこで黙って、見ているがいい!……ヨーゼフ!」
そして、聖女に更なる地獄を見せるために、指示を下していく。
「いいか、もう聖女に奇跡を使わせるな。下手な処置をさせると、復活してくるかもしれん。特に『解毒』だけは絶対に使わせるな」
流石にここまできて無いとは思うが、何が切っ掛けになって聖女が覚醒するか分かったものではない。
食中毒の患者をこれ以上減らされないよう、私はヨーゼフに念を押した。
……待てよ、どうせだったら奇跡は無駄打ちさせるべきだな。
余力を残したまま放置しておけば、不意の抵抗をされる恐れがある。
「いや、もし聖女に反応があるようなら……そうだな、『治癒』でも唱えさせていろ」
危険の芽を摘むのなら徹底的にやるべきだ。
ここで奇跡を使い切らせておけば、体力も気力も加護も尽きた聖女に、出来る事など何一つない。
「後は、頃合いを見て私に知らせろ……だいたい、明日の夜明け前でいい。分かったな?」
「はっ、畏まりました」
私はヨーゼフの返事を確認するとその場を後にし、それから自室に戻って寛ぐ事にした。
自室のワインセラーから秘蔵の一品を取り出し、グラスに注いで一口。
「クックック、次の夜明けが貴様の最期だ……クハハハハハハハハハ!」
――さぁ、フィナーレを奏でようではないか。
ぅゎぁ、すごぃげどぉ(棒)




