私の役割
……誰も、"自分"を褒めてくれない、か。
前世はたぶん裕福なお家だっただろうし、今世も王族の生まれだ。他から見ると羨むような環境なのに、愛されていないと感じたら……生きていくのは苦痛になるものなんだろうか。
ああ、そういえば初めてアルに会ったときも、アルはすごく冷めた目をしてたっけ。マーカス殿下もちょっと面倒な人だった。
異母兄弟がいて、親からも周りからも比べられ、優劣をつけられ、無条件に愛されるワケじゃなかったら……やっぱりそんな風になっちゃうのかな……。
私だって、今世は王家に次ぐ公爵家の生まれだけど……四龍家はみな、家族愛が深い。
そうだよねー、私って……すごく恵まれているよね……。
盛大に泣きじゃくるザカリーを見ているうちに、私は苦しい気持ちになった。
そっと手を伸ばし、涙と鼻水でぐちゃぐちゃのザカリーの頭を撫でる。それからハンカチを取り出して、彼の顔を拭いた。
「やめ……ろ……憐れみなんか、いらない……」
「憐れみじゃないよ。私の方がお姉ちゃんだからね。よしよししてるんだよ」
「バカに……するな、僕は赤ちゃんじゃない……」
「はいはい」
止めろという割りに、ザカリーは顔を拭き終わってまた頭を撫でても、じっとしていた。
前世でも今世でも。
彼は、頭を撫でられたことはないのかな……。
私の後ろで、マーカス殿下が身じろぎし、遠慮がちに声を掛けてきた。
「アリッサ嬢。話の半分も分からなかったが……君はその、ザカリーと何か、関わりがあったのか……?」
関わりというか。
同じ転生者ってことだけなんだけど。
どう説明したらいいんだろう。
目を瞑り、頭を撫でられていたザカリーも、ぎゅっと身を縮める。
「えーと、詳しい話は、あとでします……」
「そうか。……そうだな」
「ゆ、ゆゆゆ、許すの、第三王子を?それに、ラ、ラミアも」
冷たい声で割って入ったのは、ウォーレンさんだ。
灰色の瞳が、ひたと私に据えられている。ちょっと怖い。
「許すも何も……それを決めるのは、陛下じゃないかと……」
「分からない。き、君は、もう、怒っていない。ど、どうして……自分をこ、殺そうとした者を、ゆ、許せるの?あ、あああの、赤い目の子も」
あ……私が、もう怒ってないことを言ってるの?
どうしてかって……うーん、そんなの、私だって分からない。
だけど、それこそ私が、"恵まれている"からなのかも知れない。憐れみとか、そういうのじゃない。幸せを知っているから、それを知らない者の苦しみを、軽くは扱えないのだ。
私の知らない苦しみのせいで辛いのに、その苦しみを知らない私が、安易に断罪していいのだろうか?その前に、まずその苦しみに寄り添ってみる必要があるのでは?、と。
まあ、寄り添われても……相手はきっと、余計なお世話だと感じるだろうけどさ。
でも幸せじゃない者同士で傷を舐め合ったり、ザカリーみたいに全部壊してしまおうとするのは、不健全だし無意味だ。
普通は、誰もが幸せになりたくて、もがいているんだと思う。だったら……幸せな人が少し手伝った方が良くない?
―――前に、ラクのことでセオドア兄さまと話したあと、ずっとずっと、私は私なりに考えてきた。
この世界で、四龍家の一人として生まれ、そんな私に出来ること。
罪は罪として罰する必要はある。けれど、罪を赦し、その人の苦しみに手を差し伸べる―――私の役割はそれかな、と。
……もちろん分かってるのよ、綺麗ごとだって。
だけどラクを助けた以上、私は他の人にも手を差し伸べなければならないと思うのだ。
とはいえザカリーが私を殺そうとした理由は、はっきり言って幼稚だけどね!
「えーと……とりあえず、私は無事だったし。殺されそうになったから殺すっていうのは、ちょっと違うかなって思って」
「…………」
ウォーレンさんは苦しそうに顔を歪めた。
ウォーレンさんって……過去に何があったのだろう。ラクのときもそうだったけど、すごく厳しい空気を感じる。
しばらく無言のまま、ウォーレンさんは立ち尽くしていたけれど、ふいっと顔を背けた。
「……と、塔に……ひ、人が近付いている。た、たたた、たぶん、火龍公爵だと思う……。このまま……2人を、ひ、引き渡す……」
「殺せよ!」
ハッと顔色を変えて、ザカリーが叫んだ。
「イヤだ、もう僕は……終わりにしたいんだ!」
「駄目だ!」
私が何か言う前に、今度はマーカス殿下が悲痛な声で遮った。
「そんな……簡単に殺せと言うな。私は、お前ともっと、ちゃんと話したい。アルフレッドとは分かり合うことが出来た。ザカリー、お前とも私は話をしたい……!」
「話すことなんてない」
「ザカリー……」
ぎゅっと口元を硬く結んで、ザカリーは押し黙る。
私はつい、要らぬ一言を言ってしまった。
「あなたは王族だから……死刑はないんじゃないかな。どこかに幽閉とか……」
「え?」
ザカリーが絶望的な目で私を見る。
「そんなの、イヤだ……」
うん、まあそうだよね。
とはいえ、どうしたら……いいだろう?
意識を失ったままのラミアと、呆然としているザカリーは、ウォーレンさんによって大きな鳥籠のようなものに閉じ込められた。私が前に閉じ込められた、あの籠だ。ウォーレンさんの腕の一振りでどこからともなく現れた。
その籠に、これまたどこからともなく黒い大きな布が現れて、ふわりと被せられる。
布が籠を完全に覆う前に、ザカリーがくたりと頭を垂れたのが見えた。
「ね、念のため、眠らせたよ……自害されても、こ、困るから……」
そ、そっか。たぶん、そんなことはしないと思うけど、その方がいいよね。
―――遠くで、ドンドンという音が聞こえた。
たぶん、塔の入り口だ。お父さまや、他の皆が来ているに違いない。
マーカス殿下が悲しそうに溜め息をついた。
「アリッサ嬢を危険な目に遭わせると分かっていて……こんなことをしたのは、ザカリーと、ちゃんと話をしたかったからなんだが。ずっと、自分のことに手がいっぱいで、兄らしいことをまったくしなかった。遅すぎたな。私の責任だ……」
「そんなこと……ない、と思います」
「いや、さっきザカリーがアリッサ嬢に語った件、よく分からない単語も多かったが……要は、誰からも相手にされなくて辛いということなんだろう?母上は、私を皇太子にさせようとして、私ばかりを構っていた。そして私もザカリーと話をすることもなかった」
うーん……それはそうなんだろうけど……。
「ザカリー殿下も、私も、天恵者なんです。この件は、そのことが原因です。……あ!あの、マーカス殿下は、天恵者って何かご存じですか?」
「え?……あ、ああ。少しだけ、聞いた。特別な知識を授かった者のことだと。そういえば、アリッサ嬢はそれ故に狙われたという話だったか……」
あら、マーカス殿下も知っているのね。じゃ、話は早い。
「すまない。天恵とは、そもそも、どういうものなんだ?」
「特別な知識じゃなく、前世の記憶なんです」
「前世?」
「生まれる前の、別の人生の記憶です。といっても、完全ではないんですけど」
「別の……人生の記憶……」
マーカス殿下の目が丸くなる。
「それは……大変そうだな……」
「どうなんでしょう?ちょっと混乱する部分はありますけど。でもまあ、ザカリー殿下はその前世で辛かった記憶があるせいで、こんなことをしたみたいですね」
マーカス殿下はハッとした。そして、覆いのかかった籠を見る。
「なるほど。前世の記憶のせいか……」
「はい。それがなければ、こんな風にはならなかったはず……」
もちろん、"たられば"の話だけど。
とはいえ、前世の記憶が邪魔をしなければ魔法は普通に使えただろうし(私も前世の記憶のせいで、魔力瘤が出来たもんね……)、悪役令嬢のことは知らないから私を狙うこともなかった。
……前世の記憶が消せたらいいのに。
私は、ちらっとウォーレンさんに視線を向けた。
難しい顔で籠を見つめていたウォーレンさんがそれに気付いて、こちらを見る。
「ひ、火龍公爵を……な、中に……」
「うん、でもその前に……ウォーレンさん、記憶を消すことって出来ますか?」
「記憶を……?」
ウォーレンさんの眉間にシワが寄った。
「……せ、精神を、あ、操ることは……た、たたた、大罪だ」
「操るんじゃなく、消すだけです。不要な記憶で苦しんでいるから、それを消したら……楽になれるんじゃないかと」
「も、もし、前世の記憶を消すことが出来たとしても……い、今の人格形成に、お、大きく関わっているから……ザカリー……殿下は、は、廃人に……な、なる可能性が高い。……まあ、、そ、そういう罰を与えるというなら、わ、わかる……けど……」
いやいや、罰するんじゃないって!
でも、そうだよね……。試験に落ちた記憶だけ消すというのとは、種類が違うもんね……。
そもそも前世の記憶って、生まれ変わるときのバグみたいなもんだし。イーザさんは、魂に傷って言ってたっけ。
あれ?
じゃあ、壊すんじゃなく、魂の傷を治したら…………?
ごめんなさい…やっぱり無理でした……次話でこの件、片をつけます!




