同じ刺繍でも、天と地ほどの差!
屋敷の玄関を通った途端、「アリッサちゃーーーん!」と抱きつかれた。
「んぐっ?!」
「もう!ようやく旅から帰ってきて、王都にも来てくれたっていうのに、忙しすぎ!全然、会えないから焦っちゃったじゃないぃぃぃ」
「ジーニーさま」
「様はつけないでって言ってるでしょ」
私にがっつり抱きついている小柄な女性は……ジーニーさま。セオドア兄さまの婚約者だ。
桜色の髪、こげ茶色の瞳、そして眼鏡をかけた、すごく可愛らしい感じの人。そしてこんな可愛らしいのに、実はセオドア兄さまより二つも年上で、王城で書記官としてばりばり働いている。
「あのね、あのね!マント持ってきてるの。端っこにチャチャチャ~っと刺してくれる?」
「は、はい……」
ジーニーさまと会ったのは、2回くらいしかないんだけど、人見知りも物怖じもしない人だねー。
ジーニーさまはぐいぐいと私を引っ張り、玄関に近い部屋の一つに入った。
そこには、豪奢なマントが広げられている。白地に、火龍家の紋章が金糸で刺繍されているのだけど……えっ、スゴッ?!
紋章、盛り上がってない?
立体的になってる?
縁の飾り模様も密度が……ハンパない……。
「こ、これのどこに刺繍を……?」
「このへん。一刺し、二刺しくらいでいいから」
「はい……」
このマントは、セオドア兄さまの16の誕生日会で着るマントだ。
普通は婚約者や近親者が協力して仕上げるものだけど、ジーニーさまは一人で全部刺繍したいと言って、聞いたところによると二年前から取り掛かっていたらしい。
でも、マントの刺繍はお祝いの気持ちを込めて刺すもの。近親者がまったく刺さないのもダメだということで、お母さまたちは縁を少しずつ刺繍させてもらっていた。
残りの一人が私だ。
「すごいですね、よく見たら金色の部分もちょっとずつ色合いが違う!」
近くでじっくり見て、私は仰天した。
紋章部分、妙に立体的だと思ったら……微妙に色の違う糸が使われているのだ。
「でしょ。いい色の糸がなくて、いくつかは自分で染めたの~」
「ひえー」
熱の入れ方がすごいなぁ。ジーニーさまはにこにことした。
「あんまり刺繍は興味なかったんだけどね。こんなに大きなのを時間かけて作るなら、ものすっごいのを作ってみようと思って。……うふふ、同僚から刺繍職人になったら?って言われちゃった」
そりゃ、言われるよ。
ジーニーさまは、一つのことに集中したら周りが見えなくなるタイプらしい。
セオドア兄さまとジーニーさまの出会いは、学院の階段だと聞いている。ジーニーさまが本を読みながら歩いていて、階段から転げ落ちたのを、兄さまが受け止めたのだという。世の中にこんな鈍くさい人がいるのか?と衝撃を受けた兄さまは、その後、ジーニーさまを見かけるたびに目で追うようになり、あまりの危なっかしさに何度も手助けをして……そのまま好きになっちゃったみたい。
わりと細々と世話を焼くのが好きなオリバー兄さまなら分かるけど、大雑把なセオドア兄さまで大丈夫かしら?と思うのだけど。
オリバー兄さまいわく、「彼女は、セオドアくらいの雑さがないと、面倒をみきれない」んだって。普通の神経だったら、心配と不安でいっぱいになっちゃうらしい。
ということで、オリバー兄さまはジーニーさまが来るとそそくさとどこかへ消える。危なかっかしくて見ていられないそうだ。
「はい、針と糸」
「ありがとうございます」
私はジーニーさまから渡された針と糸で、端の方を少しだけ刺繍した。
セオドア兄さま。16の誕生日おめでとうございます……っと。
二刺しに気持ちをいっぱい籠める。刺し終えて、マントをジーニーさまに返したら、ジーニーさまは目をうるうるさせていた。
「はああ……これで完成……長かったぁ……」
「お、お疲れさまです」
仕事しながら、こんな大作を作るんだもの。本当に大変だったろうな。
ジーニーさまは涙を拭いながら首を振った。
「ううん、テオにはいっぱい世話になってるから、せめて、これくらいは返したかったの。……あ、そうそう。さっき、グレイシーに聞いたけど、アリッサちゃんも刺繍しているんでしょ?アルフレッド殿下にあげるやつ。どんな感じ?」
「えっ」
この刺繍のあとに、私の刺繍なんて見せられるワケないじゃん!
私がブンブン首を振って、「全然!しょぼい出来です!」と言ってもジーニーさまは「見せて見せて」と譲らない。
なので。
私は穴に入りたい気持ちいっぱいで、ジーニーさまに刺繍した剣帯を見せた。
でも、剣帯を見た途端、ジーニーさまの目が輝いた。
「うわ~、なんかカッコいい!こういう刺繍って珍しくない?え、え、え?!アリッサちゃんが考えたの?!すごい、すごーーーい!」
ほ、ほんと?お世辞じゃなく?
……アルへのプレゼントの剣帯は、和風な菱紋を刺繍していた。
この世界では、刺繍といえば植物をモチーフにしたものが多い。でもそれは、くねくね曲がっていてすごく難しい。細かいし、配置やバランスにも気を使う。
一方、菱紋だとバランスが取りやすくて、歪んでいるとよく分かる。初心者な私向けだと思ったのだ。
それに男子が持つなら、こっちの方がカッコ良さそうだったし。
一応、一色ではなく何色も使ったしね。ちょっと歪んだけど、目立つ部分に王家の紋章だって入れた。
「いやーん、アリッサちゃんにこんなデザインセンスがあるなら、マントの刺繍も相談してら良かったぁ!」
お世辞だろうけど、ジーニーさまの台詞に思わず身を縮める。
だって……これは、前世でお母さんが持ってた和柄バッグの紋様を真似しただけだも~ん。




