旅の準備は意外なことが大変
冬至祭が終わればすぐにアシャム国へ向けて出発するので、今、屋敷は準備でバタバタしている。
そんななか、お祖母さまが急に「行かない」と言い出し、お祖父さまとお父さまが青くなっていた。
「イーディス!行かないとは何故だ。いつか、年をとったら一緒に旅をしようと約束しておったではないか」
お祖父さまが悲しそうにお祖母さまに縋る。お祖母さまは素っ気なくその手を払った。
「ええ、そうですね。わたくしも楽しみにしておりました。でも、その旅にバートも一緒だというなら、わたくしは行きません!」
「は?バートがおって、何がいかんのだ?!」
「男同士で……楽しい旅をすればよろしいでしょう。そんな旅にわたくしなど、不要ではございませんか」
「何を言って……」
お祖父さまがショックを受けすぎて、棒立ちになっている。
お父さまが必死にお祖母さまを宥めた。
「母上!冬の海は危険なのです。今回はライアンとアリッサも連れて行く以上、父上と同じくらい力のある人間も同行させねばなりません。バートが必要なのです」
「ですから。バートは連れて行きなさい。代わりにわたくしは行かない。それだけです」
「いやいやいや、母上、何を言っているのですか!ライアンの婚約の話を進めるのに母上が行かなくてどうします!父上だけだと、話がこじれて上手くまとまらないかも知れないのに!」
「マックス……それはちょっと酷くないか……」
物陰から、私はアナベル姉さまとその様子をこっそり窺う。
アナベル姉さまが困ったように腕を組んだ。
「これ……ライアン兄さまに知らせて、泣きつかせた方が良くない?お祖母さまも孫可愛さに折れてくれると思うけど」
「うん。それにしてもお祖母さま……そんなにバートのことが嫌いだったんだね」
「嫌いっていうよりね……」
姉さまは、声をひそめて"古い家令から聞いた話なんだけど"と教えてくれた。
「昔、お祖父さまが全部放りだして旅に出たことがあるんだって。その間、お祖母さまはかなり頑張っていろんなことをこなしたけど、すごく大変だったみたい。そりゃそうよね、火龍家の当主がいなくて、その妻が代理で仕事をするんだもの。で、帰ってきたらお祖父さまはバートとの楽しかった旅の話を延々とお祖母さまに聞かせたらしいから。そのことを思い出して、腹が立つんじゃない?」
あー……そんなことしたんだ、お祖父さま。そりゃ、ダメだ。
「当時は、お祖母さまもまたお祖父さまが出て行ったら困るから、笑顔でその話を聞いて、"よろしゅうございましたね。いつか、わたくしも一緒に旅に行きたいものですわ"なんて言っていたそうだから、お祖父さまの方は勝手にお祖母さまも楽しみにしているはずだって思い込んでいたのかも」
「思い込んでるよ、そりゃ……」
お祖父さまっていい意味で単純だから。お祖母さまの裏の気持ちなんてカケラも気付いてないだろうなぁ。
お祖母さまも良い妻なんて演じずに、そのとき、怒ったら良かったのに。
あ、でも前に言ってたっけ。お祖母さまが努力しなかったら、お祖父さまとの縁は切れていたって。
そうか、お祖母さま、すっごくすっごく、頑張ったんだろうな……。
すごいなぁ。私だったら、キレて即"離婚よ!"って言ってそう。
「ライアン兄さま、呼んでこよっか?」
「そうね。その方がいいわ。アリッサもライアン兄さまと一緒になって、お祖母さまとも一緒に行きたーいって言うのよ?」
「うん、分かった」
ライアン兄さまの婚約話をまとめなきゃいけないもんね。行く前に揉めてる場合じゃないってば。
「そういえば。アナベル姉さまは一緒に行きたくない?」
ふと、私はアナベル姉さまを振り返って尋ねた。
あんまり大勢で旅には行けないだろうけれど、出来るならアナベル姉さまと一緒に帝国の商会を見て回りたい。
でも、姉さまはぶんぶんと首を振った。
「他の国に興味はあるわよ?でも、馬車や船に乗って長旅はイヤだわ!あとでアリッサから話を聞かせてもらうだけで十分。いっぱい見てきて、教えてね」
そうか!
馬車の長旅……。結構、疲れるのよねぇ。
船も、酔うのかな?
大丈夫かしらん……。
お祖母さまは―――結局、ライアン兄さまがお願いしたら、折れてくれた。
だけど、私の方でも大きな問題が発生していた。
今回の旅にメアリー、リック、テッドの三兄弟の同行が決まっていて、そのせいで留守番のラクが大泣きになったのだ。
「イヤだ!みんな行くなら、オレも行く!姫さん守るなら、オレが一番だろ!」
リックが渋い顔で私を見る。
「俺は、まだ勉強で出来ていないところが多いから、残ってそっちに集中する形でも構わないんだけど。俺が残るなら、ラクも文句言わねぇだろ」
「うん……でも、決めたのはお祖父さまとお父さまなんだよね。どうしようかなぁ」
すると、メアリーが横から恐る恐る口を挟んできた。
「あの……他の侍女を手配できるなら、わたしが残ってもいいんですけど。だいたい、他の国の言葉なんて全然分かりませんし、もうちょっと経験豊富の方がいいような……」
うーん。とりあえず、私が勝手に決められないので、お祖父さまたちに相談しに行こう。
執務室に行って、ラクが可哀想だから連れて行く人選を変えたいと話したら、メアリーたち三兄弟とラクが即、呼び出された。
お祖父さまが厳しい顔をして、リックを見る。
「リック。お前は今後、学園でアリッサを守らねばならん。学園の授業も受けながら、な。勉強に集中したいという言い訳は通じん。分かっておるな?」
「……はい」
「そしてメアリー。アリッサはこれから先、広く世界を飛び回る可能性もある。侍女として、どんな状況でも対応できるようにしておかねばならんのだ。今回はその訓練だと理解せよ」
「はい……」
そっか、私は物見遊山の旅だ~と気楽に考えていたけど、お祖父さまは私の護衛を実地で鍛える心積もりだったんだね。
じゃあ、連れて行かないとか行くとか、そういう話じゃないか……。
最後にお祖父さまはラクを見る。ラクはびくっと直立姿勢になった。
「お前は、アリッサを殺そうとした。覚えておるか?」
「…………うん」
「それが赦されたと勘違いするな。お前はアリッサだけでなく、この国の王子も殺害しようとしたのだ。ただただ、アリッサの恩情で生かされていることを忘れるな。アリッサのためにならんのならば、今すぐ斬って捨てる」
「…………」
ラクは唇を噛み、お祖父さまを真っ直ぐに見た。いつにない真剣な目だ。
私の役に立たないなら斬って捨てるなんて……私はそんなつもりでラクを助けたんじゃない。思わず抗議しようとしたけれど……お父さまから目線で止められた。
「ラク」
お父さまが重々しく呼びかける。
ラクは一切の感情を消した目で、お父さまに視線を移した。
「今、お前に許されている行動領域は、このカールトン領内だけだ。そしてもう少しすれば、アリッサは王都で主に生活するようになる。お前はそこへも行くことは出来ない。さらにもっと遠い未来、アリッサがどこかへ嫁いだならば……もう二度とアリッサと会えぬ可能性もある」
ラクは少しだけ目を見張った。
唇がますます固く結ばれる。
「以上を肝に銘じ、この冬の間、お前はオリバーの下に付きなさい。そして、きちんと従者としての仕事がこなせるようであれば、今後の処遇も考え直そう」
「……わかりました」
固い、固い声でラクは答えて、深く頭を下げた。
私は……重い気持ちで俯いた。
「そんなの、当たり前だろ」
いつもの裏庭のガゼボで、テッドが呆れたように言う。
「そもそもはラクが悪ぃんだから。なのに挽回の機会はくれるんだぜ?旦那さまには感謝しなきゃな。な?ラク」
「……うん」
いつもより大人しく、ラクは椅子に座って頷く。今は落ち着いているようだ。今までに見たことがないほど、大人びた表情になっている。
メアリーが心配そうにそんなラクを見る。
「でも……従者の仕事、大丈夫なの?ラク」
その横でリックが頭を抱えていた。
「なんだよ、姉貴はラクに甘いな。俺の方が大変なのにさ!初めての国外にくわえて、大旦那さまと特訓しつつ勉強もやらなきゃならないんだぞ?」
「はいはい。でもリックは出来る子だから大丈夫、大丈夫!」
「くっそー、ひとごとだと思って」
私はつい、身を縮めてしまった。
「ごめん……なんか、旅行だ~ってなんにも考えずに楽しみにしてた……」
テッドがカラカラと笑う。
「お嬢はそれでいいじゃん。ラクのワガママに兄貴のグチを気にする必要ねぇよ」
「でもさ……」
「気にするなら、危ないことに首を突っこまないことを気にしないと!大旦那さまがいても、お嬢は何かやらかしそうだからそっちが心配だ」
「たしかに!」
メアリーとリックの台詞が見事に揃った。
……ひどい。何かやらかしたりしないよ、私は。トラブルが勝手にやって来るだけだもん!




