母との対話
このところ忙しくて母上と一緒に食事やお茶をする機会がなかった。
今日は時間に余裕があるので、久しぶりに昼食を一緒にする。
「……もう母親のことなんて、忘れてしまったかと思っていたわ」
席に着くなり、悲しそうに愚痴られた。僕は溜め息を洩らしそうになったのを堪えて、首を振った。
「そんなはずありません。忙しかっただけです」
「そもそも留学まで間がないのに、リバーシ大会を開催するとか、どうしてそんなことをするの?」
母上の口調は責める口調ではない。ただただ、悲しげな調子だ。
「……リバーシ大会は、マーカス兄上主催ですよ。僕は手伝っているだけです」
「そう?……本当に、いつの間にそんなに仲良くなったのかしらね?やはり、男の子は男同士の方が気が合うのかしら」
半分独り言のように呟きながら、母上は窓の方を向いた。しばらく外の景色をぼんやり眺めている。
僕の留学が決まってから、母上と僕の間はなんだかギクシャクしている。
ヘザーいわく、母上は僕のことをとにかく心配しているらしいのだが……僕はもうそんな母親に心配ばかりされる年頃でもないと思う。そもそも母上は、僕が兄上と仲良くしたり、シンシア様のご機嫌を伺ったりするのが気に食わないだけな気がする。
お互い上辺だけの会話をして、昼食の時間は終わった。そして席を立とうとしたとき―――侍女の一人が恐る恐るといった様子で母上に声を掛けてきた。
「あの……王妃さまにお会いしたいと、風龍公爵さまが来られているのですが……」
途端に、母上はパッと表情を明るくした。
「まあ!本当?!お忙しい方なのに、こちらへ来ていただけるなんて。……お通しして。アル。あなたも、ご挨拶なさい」
「はい」
颯爽と風龍公爵が姿を現すと、母上だけでなく部屋の侍女たちもみな、色めき立った。
「突然の来訪、申し訳ない」
「いいえ、メイジー様。いつでもわたくしは歓迎ですわ」
「ふふ、こんな無作法を貴方はそうやっていつも温かく許してくれるから、つい、甘えてしまう」
にこやかに語りながら母上のそばまで行った公爵は、軽く跪いて母上の手に口付ける。
母上は頬を赤らめつつ微笑んだ。周りの侍女たちの頬も赤らんでいる。
……なんだかなー。
公爵は立ち上がり、次は僕に向かって一礼した。
「お母上との歓談を邪魔して失礼しました、殿下」
「いいえ。ちょうど部屋を出るところでした」
「そうですか」
公爵はにっこり頷き、再び母上に向き直る。そして、脇に挟んでいた冊子のようなものを手渡した。
なんだろう?
「こちらを、王妃陛下に。あとでゆっくり、一人でご覧になってください」
「一人で?わかりましたわ」
母上は素直に首を縦に振り、大事そうに冊子を胸に抱えた。
「私の用件はこれだけです。では……アルフレッド殿下。私はこのあと四龍会議ですので、途中まで一緒に参りましょう」
え?一緒に??
僕は、午後は家庭教師の授業だ。自分の部屋へ戻らなければならない。
ということで風龍公爵と一緒に歩くといっても……ほんの少しの距離である。
廊下に出て、風龍公爵は僕を振り返った。
「先ほども言いましたが……王妃陛下とのお時間を奪う形になり、申し訳ない」
「母上は僕より、公爵との時間の方が楽しいと思いますので、気になさらないでください。近頃は僕の顔を見れば小言ばかりですから」
「おや。殿下の方は親離れの時期ですか」
なんとなく、その言い方にムッとした。
僕は今まで、母上にべったりだったことはない。親離れも何も、あったものじゃないと思う。
そんな僕を見て、公爵は穏やかな調子で言葉を続けた。
「……これは年寄りのお喋りだと聞き流していただいて結構ですが。殿下がもう自分は子供ではないと思われているなら、一度、きちんと母君と話されることをお勧めします」
風龍公爵を年寄りなんて言ったら、王城中の侍女たちからどんな目に遭うことやら。
僕は肩をすくめて問い返した。
「公爵は、話をされたのですか?」
「残念ながら私は生涯、母親と理解し合えなかった。それで別に構わないと思っていましたが……母の死後、彼女が私を理解しようと努めていたことを知り、もう少し、対話を試みれば良かったと思ったものですよ。だからこその忠言です」
「……」
「王妃陛下は、私の母のように頑迷ではない。殿下のお気持ちをきちんと話せば、分かってくださる方でしょう。そして故郷から離れ、独りとても淋しい想いをされている方だ。ただ一人のお子である殿下が、本音を話してくれないと……お辛いと思われる」
ずるいな。そう言われたら、僕は頷くしかなくなる。
―――階段の近くで、風龍公爵は「それでは」と身軽く去って行った。
母上と話、か。
僕が王位を継ぐ気がないこと。風龍公爵は、この話を母上としろと言っているんだろう。
たぶん、薄々母上だって僕の気持ちを分かっている。このことを話して……はたして母上は素直に理解を示してくれるのだろうか。
もし口で分かったと言ってくれても、その目に失望の色が見えたら。
やはり息子としては、心苦しくならざるを得ないのだ……。




