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シミュラクル!〜強くて(?)ニューゲーム──リセマラしたデータは全部パラレルワールドになりました〜  作者: やご八郎


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40/50

#40.次席のセリエ

 ◇◇◇


 ───……ィン、……フィン!」


 聞き慣れない女の声が、まぶたの裏の遠いところで何度か反響した。意識をその声に結びなおすみたいに、薄膜のような靄がすうっと剝がれていく。骨格の重み、肺の伸び縮み、皮膚の温度差──身体(アバター)と魂の順化が終わった手応え。直後、胸の奥にザザッと砂嵐みたいな感触が走り、この二年間の記憶が指の間へ戻ってくる。


「もう、フィン! いつまで惚けていますの!? 置いていきますわよ!」


 焦れた声の主は、白地に金の装飾を施した鎧の少女。腰に片手、もう片方でマントの垂れを払いつつ仁王立ち。金髪は……ドリルではない。今日は旅仕様のロング、毛先だけが律儀に巻かれている。学園都市では毎朝メイドがバキバキに仕上げていたのを知っている身としては、これはこれで新鮮だ。


「やったわね、フィン! わたくしたち、ついにやり遂げましたの! まさか本当に学園都市を首席で卒業できるなんて……すぐにでもお父様にご報告いたしませんと!」


 頬は上気、息は弾みぎみ。さっきまでの卒業式展の昂ぶりを、全身でまだ抱えているらしい。


 学園都市の卒業は成績順に名が読み上げられ、呼ばれた者から“パートナー”と並んで学園ダンジョンへ突入──それが恒例のフィナーレだ。俺と彼女は第100期生のトップで門をくぐった。首席は……呼ばれた順に従えば俺。彼女の方は、まあ“有耶無耶”にされがちな運用で、結果として首席ペアである、ということになっている。


(そこをわざわざ指摘するほど、俺は意地が悪くない)


「……ええっと、セリエ……様。お気持ちは察しますが、まずは落ち着きましょう」


 “様”付けで呼ぶのには訳がある。俺が彼女のパートナーになったからだ。セリエと組む条件は簡潔かつ苛烈──首席か次席。ただ、学園の試験は百周単位でやり込んできたし、どの筆記も実技も、だいたい詰むポイントが決まっている。手順を間違えなければ届く。


 セリエ・リステンシア。中央大陸西部“エレノア王国”の有力貴族の令嬢。100期入学以来ずっと首席を追い、プレイヤー(=当時の俺)を見るや何かと勝負を挑んでくる、いわば“公認ライバル”。熾烈な首席争いの末に勝った者には、彼女から“従者──もといパートナーにしてあげますわ”の栄誉が与えられる。


(なお断ると見られる固有グラフィックは、嗜虐的な界隈で妙に人気。けれど以後二度と仲間にならなくなるので、選ぶのは躊躇われる。まあ、周回してしまえばそれも関係ないのだが)


「第一、学園ダンジョンの転移門は完全ランダムだと学園長も常々。現在(いま)ここがどこか、まだ判明してません。それとも──セリエ様にはもうおわかりで?」


「どこかはわかりませんわ!」


「では──」


「でも帰るアテはありますの。ほら、ご覧になって!」


 彼女が空を指した。雲間を割って白い影が滑る。甲板舷側の紋章、尾翼の舵。船腹の魔導炉から淡く立ちのぼる蒸気が陽に銀を混ぜる。


 飛空艇だ。


(へえ。目敏い。首席ムーブで浮かれているだけかと思ったが、ちゃんと周囲を見ている)


 俺は心中で評価を一段上げる。学年次席だったとしても納得の観察力だ。


「もうおわかりね? 飛空艇に乗れば、わたくしの父がおりますレーヴェンまでひとっ飛びですの! さあ、フィン、参りますわよ!」


 狙いどおりの台詞が飛んできて、思わず口角が上がる。


 正直に言うと、俺は少しセリエが苦手だ。嫌いではない。けれど世間知らずで意地っ張り、何かと張り合ってくるところが面倒。

 それでも今回、彼女を選んだのは明快な理由がある。この周回は“レーヴェン”を拠点に動く。あそこは大陸屈指の都市。各種ギルドが揃い、有力商会の大店が連なり、情報と人材と物資の回転が速い。前周回で掴んだマリエラ不在時の所在も活かせる。仲間集めのタイムロスを潰し、災厄対策の試行回数を稼ぐ。


 ついでに、セリエの実家は金がある。装備の初期投資、移動の融通、貴族コネのルート開拓──メリットは多い。だから彼女に転生してパートナーになった。打算? そう。今回は勝ち筋を積む周回だ。


 しかも今、飛空艇がもう空にある。セリエがパートナーになれば「父上へ卒業報告」というメインクエが確定発生し、レーヴェン行きは既定路線。そこへこの転移ガチャ。直行券が空から降ってきたようなものだ。


「了解。まずは発着場だな。……セリエ様、走れますか?」


「誰に向かって仰っていますの! フィンが十分にエスコートなさい!」


「はいはい。護衛任務、拝命しました」


 風が草原を右から左へ撫で、草いきれと油の匂いが混じる。俺は視界の隅でミニマップを立ち上げつつ、セリエの歩調に合わせて坂を下る。白い鎧の金装飾が陽を返し、跳ねる影が俺の影とかち合って一つになった。


(幕が上がる。レーヴェンへ──そして次の手へ)


 俺は小さく息を整え、足を速めた。空では蒼い船腹が舵を切り、港の塔へと滑空角度を取っていく。

【更新予定】

毎日20:00更新!


【次回】#41『バカ正直』

俺たちは飛空挺の影を追いかける。セリエとも上手くやって行きたい——が、早速やっちまった。


面白かったらブクマ&★評価、明日からの20:00更新の励みになります!

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