#33.真実の愛
◇◇◇
爆ぜた音が遅れて鼓膜を叩く。風圧が頬を撫で、砂が雨のように落ちてきた。俺は剣先を下ろし、肺の奥の空気をゆっくり吐き切る。
頭の内側に、冷たい声が響いた。
──ワールドクエスト終了──
勝利条件を達成しました。
貢献度上位者は以下の通りです。
1位:フィン
2位:ミレッタ
3位:マリエラ
4位:──以下該当者なし。
ワールドクエストにて貢献度1位を獲得しました。
以下から報酬を選択してください。
●ユニークスキル⦅全身全霊⦆の獲得
●スキル⦅怪力⦆の獲得
●スキル⦅強靭⦆の獲得
●スキル⦅駿脚⦆の獲得
●スキル⦅軽技⦆の獲得
●スキル⦅隠身⦆の獲得
●スキル⦅自動HP回復:小⦆⦅自動MP回復:小⦆の獲得
●スキル⦅体力増大:小⦆⦅魔力増大:小⦆の獲得
●耐性⦅痛覚5⦆⦅熱5⦆⦅冷気5⦆の獲得
●耐性⦅痛覚5⦆の獲得
既に獲得済みのスキル・耐性は関連既存スキルと統合されます。
⦅全身全霊⦆……次の一撃だけ自身の攻撃力を倍化する。
⦅怪力/強靭/駿脚/軽技/隠身⦆……攻撃・防御・敏捷・技力・隠密を一時的に1.5倍にする。
─────
視界の前に、いつもの半透明ウィンドウが立ち上がる。貢献度は……俺が1位。ミレッタを抑えて、だ。
(なるほど。直前までの削りはきちんと評価されるってわけか)
どれも魅力的だが、迷いはない。
「⦅駿脚⦆で頼む」
◇◇◇
スキル⦅駿脚⦆が選択されました。
本当によろしいですか?
「それでいい」
◇◇◇
スキル⦅駿脚⦆を獲得しました。
同種スキルの競合を確認したため統合します。
ユニークスキル⦅韋駄天⦆を習得しました。
お疲れ様でした。ではまた、“次の災厄”でお会いしましょう──。
◇◇◇
声はそこで途切れた。
(ここまでは予定通り──いや、予定以上だ。まさかこんな早さで⦅韋駄天⦆まで。あとは──)
(ここからが本番だ)
褪せていた色が、滲むように世界へ戻っていく。浮遊を保ったままのミレッタが、甘やかに囁いた。
「ねぇ、フィン。約束、忘れてないわよね?」
覚醒の光はまだ消えていない。肌に刺さるほどの魔力の残り香が、その証拠だ。
「ああ。お前のお陰だ。ありがとう」
「ふふ、いいのよ……ところで、私、“ご褒美”が欲しいって言ったわよね? 私が欲しいのは情報。教えてくれないかしら。あの時、どうして私の前から消えてしまったの? 随分探したのよ」
──やばい。
「消えた……ああ、転移門の誤動作だったのかもな。俺も随分探した」
「あらあら。⦅転移⦆が失敗する、ですって?」
──まずった。
彼女は掌をひらりと翳す。そこから花瓶、金貨、王冠、鎖、ナイフ……次々と物が生まれては宙に舞い、最後に小さな杖が指先へ収まった。杖の先端が、まっすぐ俺を指す。
「転移について一番詳しいのは誰か、忘れたとは言わせないわ。“嘘”は嫌いよ。じゃあ、質問を変える」
(やはり、こいつは──)
「……貴方は誰? どうしてフィンの姿で、フィンの魂を騙っているの? 私のフィンは、どこにいるの?」
覗き込む瞳が、心の奥の埃まで撫でてくるように冷たい。
「……何を言っているか、全くわからないが」
「ふぅん。そう」
微笑は薄く、刃の光だけが残る。
「“真実の愛”は、匂いでわかるの。温度も、色も、脈も。さっきの言葉──“愛してる”──あれは、とても器用に編まれた嘘だったわ。形だけは完璧。でも──心がない」
ミレッタの微笑みに薄い悲しみが滲む。
「“嘘”じゃダメなの……それじゃ私の“時”は前に進まない……」
喉がかすかに鳴った。俺は頷きも否定もしない。
(時間稼ぎは、もう無理か)
「“偽物”に用はないわ。そして、このメッセージを“彼”に伝えて」
彼女はそっと、けれど逃がさない指先で空気を摘む。杖先が、俺の眉間へ静かに触れた。
「愛しのフィン。必ず、また会いましょう」
世界が音もなく、裏返る。視界の縁から色が抜け、輪郭が崩れ、思考が砂のようにほどけていく。
(……ミレッタ)
そこまで考えたところで、俺の意識は、完全に落ちた。
【更新予定】
毎日20:00更新!
【次回】#34『お帰りなさい』
ミレッタに痛みもなく消された俺は、またあの空間で目覚める——お帰りなさいと彼が言う。
面白かったらブクマ&★評価、明日からの20:00更新の励みになります!




