053・出稼ぎの終わり
新年2日目から、僕らは仕事を再開した。
出稼ぎ期間は、冬の3か月間だけ。
(だから、今の内にできるだけ稼がないとね)
そうして僕とティアさんは、冒険者ギルドで『薬草採取』の依頼を受けては草原に通う日々を過ごしていく。
毎日、毎日。
繰り返される時間は、あっという間に過ぎる。
そんな日々の中、少し変化もあった。
「おい、あれ……」
「ああ」
ヒソヒソ
冒険者ギルドに通っていると、他の冒険者に見られることが増えた。
見られるのは、僕……じゃない。
もちろん、美人のティアさんだ。
あの『炎龍殺しのシュレイラ・バルムント』と交流があり、最近は『氷雪の魔法大剣』を装備している美女である。
そりゃあ、ね。
(みんな、気になるよ)
そのせいか、声をかけられることもある。
多いのは、
「なぁ、俺らとクエストしないか?」
「私たちの仲間に入らない?」
「一緒に魔物、狩ろうぜ!」
みたいな勧誘だ。
この黒髪のお姉さんを冒険者仲間にしたい人は多いみたい。
だけど、
「私は、ククリ君と組んでいますので」
と、彼女は断っている。
たまに、僕も含めて『2人一緒に』と誘う人もいたけど……ま、本命のために仕方なくって感じなんだよね。
だから、僕も丁寧にお断りしてる。
ただ、一応、
「ティアさん」
「はい?」
「もし、ティアさんが他の人と組みたかったら、遠慮しなくていいからね」
「…………」
と言っておいた。
でも、彼女は静かに僕を見つめて、
「――怒りますよ?」
と、言った。
その表情は……むしろ、泣きそうだった。
(……うん)
それ以来、僕は2度と、そういうことは言わないと決めました。
…………。
勧誘以外にも、声をかけられることもある。
具体的には、
「お前ら、調子のんじゃねえぞ、ああっ?」
という奴。
面倒臭い相手というか、何と言うか……。
前に、シュレイラさんが話していた『冒険者の質の低下』の影響かなと思うけど、柄の悪い連中がいるのだ。
しかも、街中で絡まれたりする。
もちろん、
「――どちらがです?」
と、黒髪のお姉さんが氷の微笑で応じる。
そして、相手が4~5人いても無傷のまま、簡単に倒してしまうのだ。
(さすが、元勇者)
ゴロツキなんて、目じゃないね。
あと、街中なのでさすがに殺生はせず、衛兵に突き出した。
その後、僕はこうした出来事を冒険者ギルドに報告、結果、シュレイラさん経由女王様行きの連絡からギルドへの下知があり、謝罪と慰謝料を頂くことになった。
慰謝料の額は、なんと100万リオン。
権力って、怖い……。
女王様としても、元勇者の機嫌を損ねたくないというのもあるのだろう。
ともあれ、冒険者ギルドからは、2度と同じことがないようにすると約束してもらった。
そして、僕らに絡もうとする馬鹿に対しては、シュレイラさんの舎弟(?)らしい冒険者が先に忠告、従わない場合は、代わりに教育してくれるようになった。
それ以降、絡まれることはなくなった。
めでたし、めでたし。
…………。
なんだけど、まだ別の声かけもあるんだ。
何度も言う。
ティアさんは、美人だ。
それも、大人っぽい絶世の美女だ。
しかも、優しくて強い。
そんな魅力的な彼女に対して、アプローチしてくる冒険者も多いのだ。
ギルドにいると、
「どう、食事に行かない?」
とか、
「今から、俺と剣の稽古しないか?」
とか、
「酒、驕るぜ。今夜、どうだい?」
とか、
「珍しい武器が入荷したらしいんだ。な、一緒に見に行かないか?」
とか。
本当、色々誘われるのだ。
そうした誘いを、ティアさんは全て即答で断っていた。
最後の誘いには、なぜか2~3秒、間があったけれど、ちゃんと断っていた。
女性として、モテている。
でも、彼女自身は、あまり嬉しそうじゃない。
聞けば、
「よく知りもしない相手に求められても、嬉しくはありません。私が気になる相手からの誘いなら喜んで受けますが……」
とのことだ。
そして、
ジッ
と、僕の顔を見つめられる。
(……?)
僕はキョトンとして、笑顔で首をかしげた。
彼女は、なぜか嘆息。
はて……?
そう言えば、僕も声をかけられた。
突然、見知らぬ冒険者の男の人に、
「なぁ、弟くん」
「え?」
「これ、お姉さんに渡してくれるかな?」
「…………」
と、手紙を差し出される。
多分、恋文……だよね。
どうやら僕を弟と勘違いして、ティアさんとの仲を取り持ってもらいたいみたい。
(…………)
手紙を見つめ、僕は沈黙。
そして、首を振る、
受け取らないまま、彼を見上げた。
「もし貴方が本気なら、ティアさんに直接渡してください」
「え?」
「大事な思いを込めた手紙なのに、誰かに託すなんて……そんなの、彼女は絶対に受け取らない。受け入れない」
「…………」
「本気なら、例え駄目でも、ちゃんと向き合ってください。お願いします」
と、頭を下げた。
彼は、目を見開いたまま、黙り込む。
やがて、
「そう、か。……そうだね」
と、恥じ入るように去っていく。
その背中を見つめ、
「……ふぅ」
と、息を吐く。
安心したような、でも、落ち着かないような複雑な気持ちだった。
決めるのは、ティアさん。
僕じゃない。
(だけど……)
心の中が、少しだけ苦しい。
後日、その男の人は直接ティアさんに告白し、お断りされたと聞いた。
それに、安心した自分がいる。
……ごめんなさい。
自分が少しだけ嫌いになる僕だった。
…………。
…………。
…………。
そんな風に日々を過ごして、出稼ぎの3か月間は、あっという間に過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇
王都アークレイに滞在して、3ヶ月。
季節は春に近づき、明日はもうマパルト村に帰る日だ。
皆、荷造りは終わっている。
今回の出稼ぎで稼いだ額は、5000万リオン近く……例年の5倍以上だそうだ。
(……凄いねぇ)
素直に感嘆です。
その金額は、冒険者ギルドの口座から引き出され、今は金属製の箱5つにしまわれ、宿屋の個室で厳重に保管されている。
そして今夜は、最後の打ち上げ。
大都会で過ごす最後の夜として、宿屋の食堂で宴会をしていた。
その宴の席に、
「いやぁ、悪いねぇ」
なぜか、シュレイラさんもいた。
赤毛のお姉さんは、村の男衆と肩を組みながら、一緒に酒盛りをしている。
(……うん)
この人も凄いね。
ティアさんも少々、呆れ顔である。
実はシュレイラさんは、僕らのいる宿屋にちょくちょく顔を出していた。
表向きは、僕らを気に入ったから。
裏の事情は、多分、
(女王様から僕らの監視、護衛を頼まれたから……かな?)
と思う。
何にしろ、遠征から帰ったら、即、宿屋に顔を出す。
何度も、何度も。
最初は、村のみんなも恐縮してた。
でも、彼女の気さくな雰囲気と大らかな性格に、緊張も遠慮もなくなっていった。
一緒に食事し、時には酒盛り。
彼女の冒険譚は、いい酒のツマミになるそうで……。
気がついたら、
「おお、シュレイラどん、来たんか」
「また、酒飲むべ」
「炎龍殺しの話、また聞かせてけろ~」
「おお、そりゃええな」
「頼むわ、炎姫様」
「ったく、仕方ないねぇ。ああいいよ。アタシの活躍、篤と聞きな」
「おおおお~!」
「さすが、シュレどん」
「姐御~!」
ヤンヤ ヤンヤ
と、村の出稼ぎ組全員と仲良くなっていた。
(あはは……)
もう笑うしかない。
でも、気がついたら僕もそうだったし、他人のことは言えなかった。
そういう人徳のある人なんだろう。
最初は渋い顔をしていたティアさんも、今はもう諦めた顔である。
ま、いいさ。
そんな感じで本日の最後の宴にも、彼女は村の皆に請われたのか、なぜか参加しているのだ。
…………。
モグモグ
今日の料理も美味しい。
王都ならではの味付け、手の込んだ料理。
(明日から、食べられなくなるんだなぁ)
そう考えると、少し寂しい。
今の内に、しっかりと味わっておこう。
と、そんな僕の横で、静かにワインを嗜んでいた黒髪のお姉さんが、微笑みながら聞いてきた。
「ククリ君」
「ん?」
「今回の出稼ぎは、どうでしたか?」
「どう……?」
僕は、目を瞬く。
食べる手を止め、少し考える。
そして、答えた。
「まぁ、お金はたくさん稼げたし、悪くなかったかな?」
「そうですか」
「うん」
「では、楽しかったですか?」
僕は、彼女を見る。
黒髪のお姉さんは、優しく微笑んでいた。
僕も笑って、
「うん、楽しかった」
「そうですか」
「何回かしてるけど、今年が1番楽しかったよ。ティアさんはどうだった?」
「はい、私も楽しかったです」
彼女は、即、答えた。
そっか。
(よかった)
誘った身としては、そう思ってもらえて本当に嬉しい。
彼女は、少し瞳を伏せ、
「自分のことも、少しわかりましたし……」
「あ……うん」
「ふふっ、記憶は相変わらず、戻らないままなのですけどね」
「うん」
「ですが、話を聞くに、あまり思い出さない方がいいような記憶の気もします」
「……うん」
「そんな私ですが……これからもククリ君と一緒にいて、いいですか?」
「もちろん」
僕は頷いた。
そして、
「むしろ、僕の方こそ、お願いしたいよ」
と、続けた。
それを聞いて、少し心配そうに聞いてきた彼女も、安心したように微笑んだ。
「……ククリ君」
潤んだ瞳で見つめられる。
……少し、酔ってるのかな?
その頬が赤らみ、何だかいつもより艶っぽい表情だ。
ドキドキ
僕も少し変な気分。
しばし見つめ合ってしまう。
と、その時、
「おお、飲んでるかい、2人とも?」
ドサッ
赤毛のお姉さんがやって来て、僕の背中に圧し掛かった。
(わっ?)
突然の重さに、びっくり。
黒髪のお姉さんも目を見開き、すぐに睨みつける。
「シュレイラ……」
「ん?」
「……本当に、なぜ貴方がこの宿屋にいるのですか?」
「いやぁ、悪い悪い。誘われたら断れなくてね? しかも、今日で可愛いククリの顔も見れなくなっちまうだろ?」
「む……」
「そりゃ、来ると思わんか?」
「それは……まぁ、認めますが」
「だろぉ?」
赤毛の美女は、楽しげに笑う。
その手には、エール酒の入った木製ジョッキを握ったままだ。
う~ん?
(むしろ、お酒の方が大事なんじゃ……?)
と、疑ったり。
シュレイラさんは言う。
「ティアにも会えなくなるしね」
「…………」
「それに、せっかく楽しい時間を過ごすんなら、少しでも人数が多い方が賑やかでいいもんさ」
「そうですかね」
「そうですよ、さ」
「…………」
「冒険者なんて、いつ死ぬかわからない稼業だ。楽しい記憶はたくさん、自分と他人に残しておくべきなのさ」
「そう、ですか」
「ああ」
パシパシ
言いながら、僕の頭を手で叩く。
(うん、酔ってるね?)
格好いいこと言ってるのに……。
でも……そうだね。
父さん、母さんが死んだのも突然だった。
楽しいことは、楽しめる時にしっかりと楽しんでおくのも大切なのかもしれない。
死ぬ時に、後悔しないように……。
と、
「何だい、ククリ? しけた顔して」
「え?」
「ほら、笑いな」
ムギュッ
(わっ?)
頬を引っ張られた。
黒髪のお姉さんが「シュレイラ」と低い声を出す。
でも、赤毛の彼女は気にせずに、
「子供はしっかり笑いな」
「……?」
「アタシら大人ってのは、そのためにがんばってんだからさ。ククリはもう少し、しっかり者の仮面を外しなよ」
「…………」
「ティア姉ちゃんだっているんだしな」
「ティアさん……」
思わず、彼女を見てしまう。
黒髪の美女は、驚いた顔。
でも、すぐに頷く。
「はい、ティア姉さんがいますよ」
「アタシもいるさ」
と、赤毛のお姉さんも続く。
2人の視線に、何だかくすぐったいような、温かいような気持ちになった。
少し気恥ずかしいけど、
「うん、ありがとう」
と、僕ははにかむ。
2人のお姉さんも、笑って頷いた。
ポン ポン
僕の頭を軽く叩き、赤毛のお姉さんはようやく身を離す。
ティアさんは、
「というか、貴方はいなくても良いのでは……?」
「何だい、アタシは仲間外れかい?」
「そもそも、仲間ではありません」
「つれないねぇ、ティアは」
「はいはい、そうですね」
「ククリ、アンタの姉ちゃん、冷たいぞ」
「ククリ君に絡まない」
「何だい、過保護め」
「何ですか?」
お酒の影響か、2人は睨み合う。
でも、どこか楽しそうで、ティアさんも気を置かない表情だ。
それが僕も嬉しかった。
だから、
「ふふっ」
つい、笑ってしまう。
(なるほど)
シュレイラさんの言う通り、今の楽しい時間を刻みつけよう。
記憶と心に、しっかりと。
笑い出した僕に、2人のお姉さんはキョトンとし、それから優しく微笑んだ。
シュレイラさんは、
「ま、これから色々あるかもしれないけど、2人とも、しっかりやるんだよ」
ポン ポン
僕らの肩を叩く。
そして、村人たちの方に行ってしまった。
その背を見送り、
「…………」
「…………」
僕とティアさんは、顔を見合わせる。
すぐに、
クスッ
と、笑った。
ティアさんは僕の隣に、腕が触れ合う距離で座る。
綺麗な黒髪が、僕の肌を撫でる。
黒髪のお姉さんの体重が軽くかけられ、僕も少しだけ寄りかかった。
(……うん)
その温もりと重さが心地好い。
何も語らず、ただ2人で寄り添ったまま、僕らは目の前の宴の景色を眺めたんだ。
…………。
…………。
…………。
翌日、僕らは2台の馬車で王都を出発した。
冬は終わり、街道周辺の草原と森は、春の芽吹きに緑が多くなっている。
生命に満ちる季節。
暖かな空気を感じながら、
ゴトゴト
僕らを乗せた馬車は進む。
ふと振り返れば、窓の向こうに、大きく立派な王都アークレイが見えた。
(…………)
僕は、青い瞳を細める。
隣には、黒髪のお姉さんが座り、寄り添っている。
彼女の過去。
そして、これからを思い、僕は目を閉じる。
ソッと彼女の肩に頭を預けた。
春の微睡みの中、馬車は進む。
…………。
3か月間の出稼ぎの日々が終わり、やがて10日間の馬車の旅を過ごして、僕らはマパルト村に帰ったんだ。
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今回の件で、読んでいる方がいることを確認できるのが、本当にモチベーション維持に大事だったのだと気づかされました……。
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