046・女王
「この国の女王が、私の過去を知っているのですか?」
ティアさんも驚いた顔だ。
(――はっ)
その声に、放心していた僕も我に返る。
現実逃避してる場合じゃない。
(ティアさんの過去に関わることなんだ、しっかりしないとっ)
自分に言い聞かせる。
僕らの視線に、シュレイラさんは頷いた。
「ああ、そうだね」
「……なぜ?」
「会えば、説明してくれるよ。私の口からは今、それしか言えないね」
「…………」
黒髪のお姉さんも黙り込む。
(ティアさん……)
キュッ
励ますつもりで、僕は彼女の手を握った。
黒髪を揺らして、そのお姉さんは驚いたようにこちらを振り返る。
すぐに微笑み、
キュッ
僕の手を握り返してくれた。
赤毛のお姉さんは、そんな僕らを金色の1つ目で見つめる。
そして、言う。
「ま、そんなに心配しなくてもいいさ」
「…………」
「アイツは計算高い女だが、人の情もわかるし悪い奴じゃない。アンタらのことも悪いようにはしないだろうよ」
「…………」
女王様を、アイツって……。
さすが、第1級冒険者。
世界に100人ほどしかいない実力者の人気、権力は、女王様にも通じるんだね。
大国だと違うかもしれないけど、ま、この国は小国だし。
…………。
そう言えば、情報通の行商人ジムさんに聞いたことがある。
昔は、アークライト王国みたいな小国は大陸にはいくつもあったけど、魔王軍との戦時中、その7割が滅んでしまったとか。
生き残った小国は、たった3割だけ。
アークライト王国は、幸いにもその3割に含まれた。
その理由は、女王様が複数の大国と自ら交渉して援軍や支援物資を確保したこと、また王国の英雄『炎姫』様を最大限に活用したことだったらしい。
結果、女王様は、魔王軍から見事に国土を守り切った。
国民の被害も最小限。
だから世間では、女王様はやり手だと評判も高いらしい。
(……どんな人なのかな?)
怖い人か、優しい人か。
田舎育ちで礼儀もわからないけど、無礼討ちとかされないよね?
何だか、緊張してくる。
そして、
(そんな女王様とティアさんに、どんな関係があるんだろう?)
そこも気になる点だ。
僕は、色々と考えてしまう。
そんな僕に、赤毛のお姉さんが気づく。
そして、
ピン
その指が、僕のおでこを弾いた。
(わっ?)
驚く僕に、
「ま、なるようになるさ。だから、あまり考えすぎるなよ、ククリ」
と、明るく笑った。
(……えっと)
励ましてくれたのかな?
でも、確かに、彼女の言う通りかもしれない。
額を押さえながら、
「うん」
と、僕も頷いた。
そして、ティアさんは心配そうに「大丈夫ですか?」と赤くなった僕の額を、白い指で撫でてくれる。
そんな僕らを、
「……ふふっ」
赤毛の美女は、優しい顔で眺めていた。
…………。
…………。
…………。
やがて、貴族街に到着する。
街のある丘の入り口には、門兵と検問所があり、赤毛のお姉さんが許可証を提示して通過した。
初めて来た場所。
通りの左右には、大邸宅が並んでいる。
僕らの乗る高級馬車は、そのまま坂道を登り、頂上の真っ白なお城に到着した。
(うわぁ……本物のお城だ)
こんな間近で見れるなんて。
感動している間に、城門前の兵士にまた許可証などを提示し、城門の中へ入っていく。
前庭で、僕らは下車。
馬車は、そのまま駐車場へ。
僕とティアさんは、シュレイラさんに案内され、お城の中へと入る。
あ……凄い。
なんか、広くて、綺麗で、色々輝いてる。
語彙力がなくなる。
案内の文官さんが合流して、城の奥へ。
途中、貴族らしい人たち、ご婦人方を目にする。
うん、場違い感。
(……考えるのは、やめよう)
遠い目で、歩く。
やがて、応接室の1つに到着する。
柔らかなソファーに座らされ、高級そうな紅茶を出されたけど、味もわからない。
何だか、現実感が足りない。
…………。
しばらくして、待ち人が到着したとの報せが入る。
僕らは、起立。
そして、
ガチャン
(あ……)
重そうな音が響き、応接室の扉が開くと、僕らの前に我がアークライト王国の女王様が現れたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
入ってきたのは、30代ぐらいの金髪の綺麗な女の人だった。
上品な白いドレス姿。
長い金髪は結い上げられ、その端整な顔は人形みたいであまり感情が見えない。
背は小柄だ。
だけど、気品とか威厳みたいなものが感じられ、実際より大きく見えた。
……あれ?
そこで思い出す。
(女王様って確か40代じゃなったっけ……?)
目の前の美女を見る。
どう見ても、30代ぐらいだ。
……どうなってるの?
もしかして、女王様って年を取らないのかな?
少し呆然。
と、僕の視線に気づき、目が合った。
綺麗な蒼い瞳。
ドキッ
思わず、肩が跳ねる。
女王様は小さく微笑んだ。
(う……)
どこか妖艶で、少し怖さも感じる美しい笑みだ。
そんな彼女と共に、お付きの女官と護衛らしい騎士2人も入室していた。
3人は壁際に立ったまま。
女王様は、応接室の上座に座る。
「――楽にせよ」
威厳のある綺麗な声が響いた。
楽に……?
戸惑う僕。
と、2人のお姉さんがソファーに座る。
(あ……)
そういうことね。
慌てて、僕も座る。
女王様は、僕らを見回す。
「これが、お前の話していた者たちか、炎姫よ」
「ああ、そうだよ」
頷くシュレイラさん。
おお……。
女王様に、タメ口だ。
驚く僕だけど、女王様本人は気にした様子もない。
いつものことらしい。
そして、女王様は、僕とティアさんを蒼い瞳で見つめてくる。
ジッ
なんか、怖い。
心の底まで見透かされそうな感じ。
女王様は言う。
「この娘か」
「ああ」
「なるほど、似ている」
「…………」
「炎姫、お前を倒したというのは、真か?」
「恥ずかしながらね。しかも、武器のハンデもありながら完璧にやられたよ」
「……そうか」
頷く女王様。
少し思案する顔だ。
赤毛のお姉さんは、軽く肩を竦めている。
やがて、女王様は、
「娘。記憶がないというのは、真か?」
と、黒髪のお姉さんに聞いた。
ティアさんは頷く。
「はい」
「そうか」
「貴方は、昔の私を知っているのですか?」
と、聞き返した。
紅い瞳は真剣だ。
女王様への直接の問いかけ――それに、3人の付き人が少し表情を動かし反応する。
スッ
女王様が片手をあげた。
3人は、表情を消す。
そして、
「お前は、わたくしの知っている人物に似ているな」
こう答えた。
はっきりしない答えだ。
ティアさんは、無言。
そして、言う。
「私は、貴方に見覚えがありません」
「そうか」
「…………」
「だが、もしお前がわたくしの知る人物であったとしても、それは当然だろう。会った時には、わたくしは何十人といる中の1人でしかなかったからな」
「何十人……?」
「そういう場だったのだ」
「…………」
何それ?
(女王様が何十人の中に紛れるって……どういう場なの?)
僕は、ただただ困惑だ。
ティアさんも、何と言っていいかわからない様子。
赤毛のお姉さんだけが何かわかっているような感じで、でも、黙ったままでいる。
と、その時、
スッ
(あ……)
女王様の視線が、僕を見た。
背筋が伸びる。
女王様は、村人の僕に言う。
「童。お前が、この娘を助けたと聞いた。真か?」
「は、はい」
僕は、コクコク頷く。
うわぁ……。
(僕、女王様と話しちゃったよ)
女王様は頷き、
「ふむ、そうか」
「…………」
「この娘が何者であれ、苦境にある者を助けるは立派な行いだ。それができる者がわが国民であることを、わたくしは誇りに思う」
「あ……ありがとうございます!」
褒められた。
僕は嬉しくて、
ペコッ
と、頭を下げる。
女王様は、鷹揚に微笑む。
少し優しげに、
「今は、この娘と共に暮らしているとな?」
「は、はい」
「そうか。では、この娘が大事か?」
「……え?」
僕は、ポカンとする。
ティアさんを見る。
彼女も、僕のことを見ていた。
(…………)
僕は、女王様に向き直る。
真面目に、
「――はい。ティアさんは僕にとって、もう姉みたいな、大事な家族です」
と、本心で答えた。
黒髪のお姉さんは、
「ククリ君……」
と、感動したように紅い瞳を潤ませる。
それを聞き、黙っていた赤毛のお姉さんは楽しげに笑う。
女王様も、
「そうか」
と、満足そうに頷いた。
しばらくの間、並んで座る僕とティアさんを見つめる。
そして、
「少し話は変わるが……」
カチャッ
と、紅茶のカップを手に取った。
(え?)
キョトンとする僕ら。
女王様は、上品に紅茶をすすり、カップをソーサーに戻す。
僕らを見て、
「お前たちは、3年前、魔王を倒した勇者のことを知っているか?」
「あ、はい」
「はい」
「その勇者は数ヶ月前に行方不明となり、各国が探している現在となっても発見されていない」
「…………」
「…………」
僕らは、黙り込む。
(それが、どうしたの……?)
突然、勇者の話をする意味がわからない。
女王様は、蒼い瞳を細めた。
思い出すように、
「勇者の出自は、大陸最大のレオバルト帝国だ。10年前、そのとある伯爵家の令嬢が、太陽と月の女神からの神託により『勇者』に選ばれたと聞く」
と、語った。
(そうなんだ?)
ただの村人の僕には初耳の話。
隣の黒髪のお姉さんも、無言である。
女王様は続ける。
「その伯爵家――ケインス伯爵家は、帝国内では、どこにでもいる伯爵家の1つだった」
「…………」
「そして、勇者に選ばれたのはケインス伯爵家の長子である令嬢で、その名は、アルティシアと言う」
女王様は、ここで言葉を切る。
ジッ
僕の隣のお姉さんを見つめる。
その唇が動き、
「――その娘のことを、親しき者は『ティア』の愛称で呼んでいたそうだ」
と、美しい声は告げた。




