031・太陽と月の神殿
僕とティアさんは、太陽と月の神殿の方へと歩く。
解放された大きな扉を、参拝に来た人たちと一緒に通り抜けた。
コツン
僕らは、足を止める。
(う、わぁ……)
目の前に広がるのは、美しい礼拝堂だった。
天井は高く、とても広い空間だ。
太い柱なども精緻な造りで、窓は綺麗なステンドグラス。
そして、僕らの正面には、10メードはある太陽と月の女神像が、お互いに寄り添い合うように建っていた。
確か、双子の女神様……だっけ。
村長や両親に、そう教わった記憶がある。
(……何だろう?)
なんか、空気が違う。
この神殿内は、静謐で、穢れのない空間に感じる。
窓から差し込む光に、女神様たちは優しく微笑んでいる。
隣のティアさんは、
「…………」
静かに、女神像を見つめていた。
真剣に……。
でも、どこか切なげに。
僕らの周りにいる参拝に来た人々は、皆、礼拝堂の床に跪き、両手を組みながら祈りを捧げていた。
倣って、僕も跪く。
クッ
軽く、彼女の袖を引く。
「ティアさん」
「あ、はい」
彼女はハッとし、僕の隣に膝をついた。
僕らは目を閉じ、両手を合わせる。
僕はいつものように、
(太陽と月の女神様……いつも見守って下さり、ありがとうございます)
と、感謝の祈り。
しばらくして、目を開ける。
隣の黒髪のお姉さんは、まだ目を閉じたまま祈っていた。
うん、綺麗な姿勢。
祈りを捧げる姿は、実に様になっている。
もしかしたら記憶のない時の彼女も、いつもこうして祈りを捧げていたのかもしれない。
そう思った時、
ポワァ
突然、彼女の額に『紅い紋様』が浮かびあがった。
(え……?)
僕は、目を瞬く。
見たこともない形だ。
何かの魔法文字のようにも見える。
その美しい紋様は、淡く、優しい光を放っている。
何、あれ……?
困惑する僕の前で、
ポタッ
(……え?)
彼女の頬に、涙が伝った。
ティアさん?
祈りを捧げながら、彼女は静かに泣いていた。
(え? え?)
僕は戸惑う。
周りの人も気づき、ざわつく。
その音が聞こえたのか、ティアさんが目を開く。
途端、何かの力が途切れたように、額で輝いていた紋様がフッと消えていく。
彼女は、僕を見る。
「ククリ君?」
「…………」
「あの……何か?」
「ティアさん、泣いてるよ」
「え……?」
自分の頬を触り、彼女は驚いた顔をする。
自覚してなかったみたい。
少し慌てたように、
「え……なぜ、私は泣いているのでしょう?」
「…………」
「ご、ごめんなさい」
ゴシゴシ
恥ずかしそうに、涙の残る頬を擦る。
この様子だと、多分、額の光る紋様についても自覚してない気がする。
そして、思い出す。
(そう言えば、赤猿を倒した時も同じものが光ってたような……)
あの時は、あまり気にしなかった。
でも……。
僕は、少し考え込む。
「あの、ククリ君」
クイッ クイッ
袖を引かれる。
(ん?)
顔をあげると、彼女は周りを見ていた。
気づくと、周囲の人たちの視線が、まだ僕ら2人に集まっていた。
うわっ?
急に光ったティアさんに、皆、注目してたみたい。
僕は言う。
「1度、出ようか?」
「あ、はい」
黒髪のお姉さんも頷く。
立ち上がり、僕らはそそくさと神殿をあとにする。
外に出て、
「ふぅ」
「はぁ」
と、2人で息を吐いた。
お互いの顔を見て、苦笑し合う。
それから、
「さっき泣いてたみたいだけど、どうしたの?」
と、僕は聞く。
彼女は、困ったような顔をする。
首を振り、
「自分でも、わかりません」
「…………」
「泣いていた自覚もなくて……ただ祈っている時に、とても悲しい気持ちになりました」
「悲しい気持ち?」
「はい」
「…………」
「その、大切な誰かが自分のそばから次々と消えていくような……そんな罪悪感にも似た気持ちで……」
「……そう」
「はい。……何だったのでしょうね?」
彼女は、不思議そうだ。
僕にもわからない。
でも、失った彼女の記憶が、その感情がそうさせたのかな……。
彼女の過去。
(……僕の知らないティアさん)
僕は、少し黙り込む。
と、その時、
ギュッ
目の前のお姉さんの白い手が、僕の手が握った。
僕は驚く。
黒髪のお姉さんは、
「ククリ君の手は、温かいですね」
「…………」
「何だか人恋しくて……少しの間、握っていてもいいですか?」
「あ、うん。いいよ」
僕は頷いた。
「ありがとうございます」
彼女は嬉しそうにはにかみ、
キュッ
細い指に力を込める。
思ったより、強い力。
それだけ、彼女の中の感情が揺さぶられたという証拠だろうか。
僕は、神殿の方を見る。
開いた扉から、太陽と月の女神像が見えた。
(…………)
神々しく、とても綺麗。
そして、優しい微笑みで、僕ら2人を見下ろしている。
何となく、
ペコッ
僕は、頭を下げた。
この黒髪のお姉さんのこと、守らなきゃ――不思議とそう思えた。
繋いだ手は、温かい。
僕は、
「そろそろ、行こっか」
「はい、ククリ君」
彼女も微笑む。
そうして僕らは神殿をあとにし、街の方へと歩いていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ティアさんとの散策は楽しかった。
僕自身、王都の景色は珍しく、都会ならではの経験ができるのも面白くて。
そして、それを共有できる相手がいる。
(……うん)
出稼ぎも3年目。
だけど、これまでの2年間より楽しく感じる。
でも、楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうもの。
気づけば、もう夕方。
名残惜しいけど、
「宿に帰ろうか」
「はい」
僕の言葉に、彼女も少し寂しそうに微笑んだ。
2人で帰路に着く。
歩道を歩いていると、
(ん……?)
隣の車道を、兵士たちを乗せた大型馬車が3台、連続で通っていった。
何だろう?
なんか物々しい。
見ていると、
ドン
(わっ?)
人にぶつかった。
「ククリ君!?」
体勢を崩したけど、手を繋ぐお姉さんに支えられ、助かった。
見れば、相手は冒険者。
4人組で、大柄な戦士っぽい人だった。
彼は、
「おっと、悪い!」
と謝る。
僕は「あ、いえ。大丈夫です」と答えた。
彼の仲間が言う。
「おい、早くしろ」
「ああ、悪い」
「ごめんね、坊や」
「すまねぇ、急ぐんだ」
こちらに軽く手を上げ、4人は去っていく。
あっちは、
(冒険者ギルドの方……かな?)
と、僕は見送る。
黒髪のお姉さんは、少し憤慨した表情だった。
唇を尖らせ、
「人の多い歩道で走るなんて、迷惑な人たちですね」
「まぁ……うん」
「大丈夫でしたか、ククリ君」
「うん、ティアさんのおかげ。ありがとう」
「あ、いえ、そんな」
少し照れるお姉さん。
僕は微笑む。
それから、彼らの去った方を見る。
「……何かあったのかな?」
「え?」
「…………」
「ククリ君?」
「ううん、何でもない。さ、行こう」
「あ、はい」
気を取り直す僕に、彼女も頷く。
そのあとは何事もなく、やがて、僕らは宿屋に到着する。
建物の中に入った。
すると、
(おや?)
玄関ロビーに、出稼ぎ組の村人が集まっていた。
ワイワイ ガヤガヤ
みんな、狩りで使う弓の矢を大量に用意し、矢筒に詰めていた。
え、何事?
黒髪のお姉さんも、目を丸くする。
と、向こうも僕らに気づく。
「お、ククリ、ティア」
「帰ったか」
「うん、ただいま。……どうしたの?」
「ああ、今日の昼頃、冒険者ギルドから『緊急全体依頼』の発表があってな。その準備してんだぁ」
「緊急全体依頼?」
僕は、青い目を瞬く。
緊急全体依頼とは、ギルド所属の冒険者全員に参加が求められる非常事態の対応命令だ。
村のみんなは頷く。
でも、表情は暗くない。
むしろ、やる気に満ちていて、
「雪羽虫だ」
「え?」
「雪羽虫が王都北の森で、大量発生したんだと。その駆除しろってよ。しかも、1匹100リオンで」
「え、1匹100リオン?」
僕は、驚く。
(それって……)
僕の表情に、みんな笑う。
大きく頷き、
「ああ、こりゃあ、稼ぎ時だぁ」




