019・王都
周囲は、草原だった。
僕らの乗る2台の馬車は、風に揺れる草の中の街道を進んでいる。
ゴトゴト
車輪の振動に、車体が揺れる。
それに身を委ねていると、
「……あ」
と、隣のお姉さんの声がした。
(ん?)
見れば、彼女は、窓の外を見ている。
僕も見て、
(お……?)
と、青い目を大きく開いた。
草原の彼方に、白い城壁があった。
城壁の向こう側には、尖塔らしき物や丘の上のお城が見える。
彼女は言う。
「もしかして、あれが……」
「うん」
僕は頷き、
「――王都アークレイだよ」
と答えた。
他の村人たちも、見えてきた王都を眺めだす。
ティアさんも紅い瞳を見開いて、遠い王国の首都を見つめていた。
キラキラ
そんな感じに、瞳が輝いている。
(……何だか、子供みたい)
僕は、微笑む。
いや、年上のお姉さんなんだけどね。
でも、可愛い。
ゴトゴト
そのまま、馬車は進む。
やがて、1時間ほどで、見えた城壁の下へと到着した。
城壁には、巨大な門がある。
たくさんの馬車や旅人が集まり、兵士たちの審査を受けて、門を通過していた。
(うわぁ……)
混雑してるね。
冒険者、商人、巡礼者、それ以外にも、この時期は、僕らみたいな出稼ぎの人も集まるから。
ティアさんも、
「凄い人の数ですね」
と、呟く。
僕も頷く。
「うん、村に行商人が来た時より混んでるかも……」
「そうですね」
「門の中は、もっと凄いよ?」
「まぁ」
「迷子にならないよう気をつけようね」
「はい」
彼女は答え、
キュッ
(えっ?)
その白い手が、僕の手を握った。
驚く僕に、
「こうしていれば、はぐれませんね」
「あ、うん」
優しく微笑む彼女に、僕は何とか頷いた。
少しびっくり。
(いや、まぁ、いいけど……)
確かに有効だし。
触れ合う彼女の手は、とても熱く感じる。
……うん。
なんか、頬も熱いや。
気づけば、車内の村の人たちは、
「おやおや?」
「見せつけんねぇ」
「か~、うらやましか」
「いい嫁やな」
「大事にしろや、ククリ」
「もげろぉ」
と、僕ら2人に笑う。
(……はいはい)
毎度のからかいに、僕は苦笑い。
ティアさんは、
「……ぁ」
と、少し赤面。
でも、繋いだ手は離さない。
そんな感じで、車内で30分ほど待機。
やがて、僕らの入都審査の番が来た。
出稼ぎ組の代表の村人が、村長から預かった書類を兵士に渡して、全員の名前と人数確認、簡単な持ち物検査ですぐに許可が下りた。
ティアさんも村民登録済みなので、何も問題なし。
「よし、通れ!」
兵士さんの指示。
2台の馬車が動き出す。
(さ、いよいよだ)
石造りの巨大な門が近づき……そして、潜り抜ける。
ゴト ゴトン
やがて、僕らの眼前に王都アークレイの景色が広がった。
◇◇◇◇◇◇◇
まず目に入るのは、広い大通り。
車道と歩道があり、たくさんの馬車と人々が行き交っている。
ワイワイ ガヤガヤ
門前なのもあり、凄い賑わいだ。
「これは……凄いですね」
あまりの人の多さに、ティアさんも目を丸くしている。
僕も笑って、
「うん」
と、同意した。
窓から見える歩道には、たくさんの人がいる。
人種も様々。
人間が1番多いけど、他にも、エルフや獣人も結構、歩いている。
自然の多い小国だからかな?
逆に、鉱山に住むドワーフや竜人などは、少ない。
(…………)
エルフの耳や、獣人のモフモフな毛を触りたい……。
いや、勝手に触ったら犯罪だ。
我慢、我慢。
プルプル
首を振る僕に、
「?」
と、隣のお姉さんは首をかしげていた。
馬車は、車道をゆっくり進む。
道路脇には、街路樹も並ぶ。
そして、村にはない『街灯』も。
もちろん、火ではなく『光の魔石』を使用した照明器具だ。
おかげで、夜でも道が明るい。
(いいなぁ)
田舎者の僕は、素直に羨ましい。
大通りの先には、噴水大広場がある。
大量の水が噴き出し、無数の虹を作り出して、集まる人々の目を楽しませていた。
そのずっと先。
大通りの遥か先には丘があり、そこに綺麗な白いお城が建っていた。
アークライト王城。
女王様の住むお城。
お城からは、王都の全てが見渡せるとか。
また丘の周辺は、貴族街。
正直、あの丘の方に、僕ら庶民が行くことは一生ないんじゃないかなぁ、と思う。
そんな丘を中心に、通りは放射状に広がる。
通り沿いに家々は建ち並び、商店、民家、教会、学校などなど、色々な建物が存在している。
また、水路や立体交差の道もある。
(……うん)
何度見ても、大都会。
来るたびに、いつも圧倒されるよ。
ティアさんは、
「とても綺麗な街ですね」
と、窓からの景色に目を輝かせていた。
僕も笑って、
「うん、そうだね」
と、頷いた。
馬車内では村の人たちも、流れる車窓を楽しんでいる。
…………。
やがて、2台の馬車は、宿屋の前で停まった。
村長の伝手で予約した宿屋。
出稼ぎ期間、ずっと泊まることになる。
僕らは総勢20人、部屋は4部屋の予約。
本来は、1部屋5人ずつ。
だけど、今回は女の人のティアさんもいる。
なので、6人ずつ3部屋、僕とティアさんで1部屋となった。
(え、いいの?)
僕は驚く。
けど、村の人は、
「初めての出稼ぎのティアを1人にする気かぁ?」
「旦那失格だぁ」
「ま、ククリは子供だしな」
「ティアは、ククリの助手だしな」
「2人、セットやけん」
「んだな」
「んだんだ」
「つーことで、任せた」
パン
と、背中を叩かれた。
「ケホケホッ」
ちょっと痛い。
僕とティアさんは、顔を見合わせる。
……ま、いいか。
ずっと一緒に暮らしてるし、知らない街で1人だけ1人部屋なのも寂しいだろうし。
彼女も同じ結論に達したらしい。
ニコッ
と、微笑む。
「よろしくお願いします、ククリ君」
「こちらこそ」
ペコッ
お互い、頭を下げ合った。
そんな僕らの様子に、村の人や宿の人は笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
(おお、いい部屋だ)
案内された部屋は、本来5人用の部屋。
うん、広い。
ベッドも……うわ、藁草じゃなくて、綿と羽毛だ。
光の魔石の照明器具もある。
(都会だぁ)
しみじみ、実感するよ。
ティアさんも荷物を下ろし、室内を珍しそうに見回していた。
ギシッ
ベッドに腰かける。
彼女の大きなお尻が沈み、柔らかく軋む。
彼女は笑う。
「フカフカですね」
「そうだね」
僕も座る。
うん、スプリングも効いてる。
ポフッ
僕はそのまま、仰向けになった。
うわぁ、雲みたいだ。
気持ちいい……。
小柄な僕は、完全にベッドの中に納まってしまう。
目を閉じると、
(ああ、眠っちゃいそう……)
意識が飛びそうだ。
そんな僕に、お姉さんはクスクス笑う。
優しい声で、
「長旅、お疲れ様でしたね」
「うん」
僕は、正直に頷いた。
10日間の馬車の旅。
大人に交じっての行程は、子供の体力だと少し大変だった。
(でも、稼がないと)
そのためには、我慢も必要。
ただ……今回は、1人じゃなかった。
彼女が同行していた。
おかげで、不思議とがんばれた気もする。
だから、
「ティアさんもお疲れ様」
と、僕は笑った。
黒髪のお姉さんは、穏やかに微笑む。
そして、
「今日は、このまま宿で?」
「うん」
僕は頷いた。
上半身を起こして、
「到着日は、旅の疲れを癒すんだ。働くのは、明日から」
「そうですか」
「明日の朝、冒険者ギルドに行くよ」
「はい」
「まずは、ティアさんの登録。そのあと、2人で仕事しよう」
「2人で?」
「うん。みんな、できる仕事が違うから」
と、僕は言う。
村の人は、みんな男で大人。
僕は、子供。
ティアさんは、女の人。
他の村人たちができる力仕事は、僕にはできない。
だから、別の仕事を探す。
ティアさんも初めてなので、1人にはさせられないし、だから『2人で』なんだ。
(ま、いつもと同じだね)
僕の説明に、
「なるほど」
と、彼女も頷いた。
そして、綺麗な黒髪を揺らし、頭を下げる。
「お手数をかけます」
「ううん」
僕は、慌てて手を振った。
そして、
「いいのいいの」
「…………」
「ティアさんがいてくれると、僕も心強いし。それに、ティアさんは『ククリの助手』らしいしね」
と笑う。
彼女は目を丸くし、
「ふふっ、そうですね」
と、おかしそうに笑ってくれた。
僕も笑い、そして続ける。
「それにね」
「?」
「王都は都会だから、子供1人だと色々あるんだ」
「……あ」
「だから、大人のティアさんがいてくれた方が、本当に助かるんだよ」
「――はい」
彼女は、真剣に頷いた。
僕を見つめ、
「大丈夫。ククリ君は、私が守ります」
と、言った。
村にいた時と同じ、いつもの宣言。
僕は微笑む。
「うん、お願いします」
「はい」
彼女も、大きく頷いた。
(……うん)
なんか、安心感。
去年や一昨年と比べて、1人じゃない分、心強いや。
…………。
そのあとは、2人で他愛ない話をしたり、都会の宿屋で出される美味しい料理や大きなお風呂を堪能する。
やがて、明日に備えて、早めの就寝。
王都1日目が過ぎていく。
そして、何事もなく夜が明け――僕らは、王都2日目の朝を迎えた。




