80 理想の女性
「リーゼロッテは、このギルドのギルドマスターを知っているんだろ?」
受付でギルドマスターに取り次いでもらい、待合室でリーゼロッテから話を聞いていた。
「もちろんよ! リリスさまは、私の理想の女性なんだからね。よく遊んでもらったのよ」
へえ、女性でこの暑苦しいギルドのギルドマスターをしているのだからきっと素晴らしく有能な人なのだろう。会うのが楽しみになって来た。
***
「ようこそギルドへお越しくださいました、リーゼロッテさま。黒の死神リーダーのカケルさまも、ご高名かねがね伺っております。あっ、申し遅れました。サブギルドマスターのリノです。こちらが、ギルドマスターの――ま、マスター!?」
(ま、マズイです。リリスさまったら、カケルさまの余りに濃厚で豊潤な魔力に当てられて完全にトリップしてますです)
リリスのピンク色の瞳は焦点があっておらず虚ろで、血走っている。半開きの口からは、よだれが垂れ、喉の奥からは意味不明な唸り声が発せられていた。呼吸は荒く、全身から発汗。全身が小刻みに痙攣しており、控えめに見てもヤバい女性だ。
「あ、あぁ~う、うぅ〜」
くっ、これがリーゼロッテの理想の女性か、かなりの難易度だが、価値観の違いを受け入れてこそ、まるごと愛することが出来るのだ。
「はじめまして、黒の死神リーダーのカケルです。リリスさま、お会い出来て嬉しいです」
(な、何だと!? この状態のリリスさまを見て動じていない!? なんという器……恐るべし異世界人。それだけに、リリスさまが不憫でならない、あんなに頑張っておめかししてたのに……事情を知っている私ですら、変態にしか見えません、おいたわしやリリスさま!!)
(あわわ、どうしたのかしら、リリスさま? いつもの凛々しいお姿は何処へ行ってしまったの? このままじゃ、私の理想がコレってことになっちゃうじゃない!! 戻って来て、リリスさま)
みんなの祈りが通じたのか、無事戻って来たリリス。しかし、自身の余りの醜態に耐えきれず、今度は号泣し始めた。
「うわ〜ん!!!」
「あ、あの、リリスさま? 大丈夫です、とっても個性的で可愛らしくて、むしろ守ってあげたいくらい魅力的でしたよ?」
「そ、そうですよ! 髪型もバッチリですし、むしろ色気が増した的な?」
必死にリリスを慰めるカケルとリノ。
「…………」
泣くのを止め、涙目でジッとリーゼロッテを見るリリスさま。
(これがリリスさまの尊厳を守るラストチャンスだ! 分かってるなリーゼロッテ!)
(ここがリリスさまをお救い出来るかどうかの分かれ目、分かってますね、リーゼロッテさま!!)
カケルとリノが、リーゼロッテにアイコンタクトで念を送る。力強く頷くリーゼロッテ。
「も、もちろんですよ! 私の理想の女性はいつだってリリスさましかいません!!」
「…………」
***
「はじめまして、私がギルドマスターのリリスよ」
完全復活したリリスさまに3人は内心ガッツポーズをする。心が1つになった瞬間だ。
「さっそく迷宮調査の依頼の件なんだけど……あ……う……」
リリスさまの様子がおかしい……くっ、まだ早過ぎたんだ。
(カケルさま、リリスさまは、あなたの魔力でおかしくなっているのです。お願いします、リリスさまに魔力を吸わせてあげて下さい!)
そうか! リリスさまはサキュバスだったな。俺が原因なら、責任を取るのは当然だ。
(わかりました、リノさん)
(ありがとうございます! アチラの控室を使って下さい)
リノさんに促され、様子がおかしいリリスさまをお姫様抱っこで控室に運ぶ。
「リリスさま、リリスさま! もう大丈夫です。さあ、遠慮なく俺の魔力を吸って下さい!」
その言葉に意識が戻るリリスさま。
「あ……良いの? 吸っても……良いの?」
おずおずと確認してくるリリスさま。
「もちろんです、いつでもどうぞ! あ、服は脱いだ方が良いですか?」
「へ? い、いやいや、そのままで平気よ!」
顔を濃いピンク色に染めて首を横に振る。
「じゃ、じゃあ、いただくわね。痛くないから安心してね、チュッ」
首筋に唇を当て、魔力を吸い始めるリリスさま。
気がついたら、カケルくんと二人きりで控室にいた。しかも、魔力を吸って良いそうだ。訳がわからないが、たぶんリノが何かしてくれたのだろう。あの子には感謝しないとね。
あらためて、カケルくんの魔力を見るが、これはヤバい。身の危険すら感じる圧倒的な力。彼、本当に人間? 魔王かなんかじゃないのかしら?
相対しているだけでこんなになっちゃってるのに、直接触れたら、私どうなっちゃうの?
怖い、でもたまらなく欲しい。もう我慢が出来ない!!
カケルくんの首筋に顔を近づける。
はあ……何て濃厚な魔力の香り、これだけでご飯3杯はイケる。
「じゃ、じゃあ、いただくわね。痛くないから安心してね、チュッ」
そこから先のことは良く憶えていない。ただ、こんなの初めて〜とか、おかしくなっちゃう的な恥ずかしいことを口走っていたような気がする。だってカケルくん、顔真っ赤だったし。私……変な事してないよね?
「……リノさん、本当に魔力吸ってるだけよね?」
「た、多分……」
控室から聞こえてくる声に、顔を真っ赤にしてガクガク震えるリーゼロッテとリノ。
もちろん、中を覗く勇気など無い。
「……ありがとう、カケルくん。こんな気持ち初めてよ」
魔力を吸い終わったリリスさまは、とても綺麗で輝いていた。見た目も明らかに若返っていて、もはや年下の美少女にしか見えない。
少し汗ばんだピンク色の髪と潤んだピンク色の瞳が色っぽくて、ドキドキしてしまう。
こんなにかわいいギルドマスターがいるなんて、異世界はやっぱり何処か間違っている。良い意味で。
「カケルくん……今度は私があなたに夢を見せてあげるわ」
妖艶な笑みを浮かべ、リリスさまが耳元でそうささやいた。




