39 黒狼の騎士
「――というわけで、新しく仲間になった水の大精霊のミヅハだ。みんなよろしく頼む」
「カケルくん? 大精霊様は、普通人間の仲間にならないんだけど……まあ今更ね」
カタリナさんは、呆れながらも最後は受け入れてくれる。本当にありがたい。
「ミヅハ様、ひとつお尋ねしてよろしいでしょうか?」
『なんでしょうか? クロエ様』
クロエが、真剣な眼差しでミヅハを見つめる。
「大精霊ともなれば、気の遠くなるような年月を経てこられた存在と聞きます。さすがにお兄様はないかと」
『…………』
クロエさん?! そこ? 食い付くのそこ?
『クロエ様、私は見ての通り、生まれたての赤子も同然です』
「赤子は、喋ったりしませんが……」
「クロエ、ミヅハは大精霊なんだから、生まれてすぐ喋ったりしても、おかしくないだろ?」
『ミヅハ、0歳でちゅ……』
「ほらみろ、ミヅハは0歳だってさ」
「御主人様ッ!? 目を覚ましてください! どこにこんな0歳児がいますか?」
クロエがミヅハをジト目で睨み付ける。
『お兄様、あの目つきの悪い狼娘は、何故私をいじめるのでしょうか……』
「クロエ、ミヅハが怯えてるじゃないか。よしよし」
くっ、妹ポジションがここまで手ごわいとは……やりますね、ミヅハ様……
私の匂い鑑定スキルの力で、御主人様が「お兄様」に喜びを感じていることはわかっています。そう、あのセレスティーナの「旦那様」と同じぐらいのパワーワードといえるでしょう。となると御主人様は、家族のように距離が近い方が好みなのでしょうか。考えてみれば、エヴァもダーリンって呼んでいますし、御主人様は気付いていないようですが、エルフにとって貴方様という呼び方は、婚約者や夫にしか使わない呼称です。つまり、シルフィとサラは、すでに婚約者ポジションということ……それに比べて、私はメイド。いってみれば、ただの主従関係。最初にそばにいたのは私だったのに、ひょっとして、私、一番御主人様から遠いの? 嫌、それは嫌……あ、でもクラウディアがいましたね。さすが我が永遠の親友クラウディア。はっ!? そういえば、クラウディアは、御主人様にお姫様抱っこしてもらっていました。あれ……もしかして、私だけお姫様抱っこしてもらっていない!? 私も一応お姫様なのに……何てことだ、ここから一体どうすれば……いっそのこと、私も妹に……妹になれば、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝るのも当たり前だし、ふふふ、いいかもしれませんね。でもただの妹では弱い。後から設定を変えるのも負けたみたいで嫌ですし。妹メイドで行きましょう。これならば、24時間一緒にいられますし、ミヅハ様に対しても、姉という立場で優位に立てます。ふふふ、さすが神童と呼ばれた私だけありますね。完璧な最適解です。
「……申し訳ございませんでした、御主兄様。ミヅハ様も、私のことは、姉だと思って何でも言って下さいね」
「御主兄様って何?!」
クロエの苦悩など知る由もなく、カケルの困惑は深まっていく。
「はははっ、カケルの周りはいつも賑やかで楽しいな。どれ、私も参加――」
「セシリアは、ネコの尻尾でじゃれていれば良いのです」
「クロエ、なんか私の扱い酷くない!?」
「ま、まあいいか。それで、どうする? この場所を放置する訳にもいかないし、報告にも戻る必要もあるし、手分けするにしても、方針を決めないとな」
確かに、戻るにしても、この場所をそのままにするわけにはいかない。新手がやってくる可能性が高い以上、それなりの戦力を残す必要があるだろう。
「それなら、俺の召喚獣を何体か守りに置いていきますよ。ワームもいるし、何とかなるでしょう」
「そうね。高レベルのキングにジェネラルもいるし、何かあっても、カケルくんと連絡を取れるのだから、適任かもしれないわ」
カタリナさんも同意する。
『お兄様、それならば、地底湖の守りは、私にお任せください。もともとこの場所は、太古より水の精霊たちの楽園だったのです。湖が浄化されたので、すでに、微精霊たちが戻り始めています。ここを守るように、私が命じておきましょう』
「そうしてもらえると助かる。ありがとうミヅハ、ところで、ミヅハは、ずっと実体化していて大丈夫なのか?」
『……酷いですお兄様、そんなに私に消えて欲しいのですか……』
「い、いや、そういう意味じゃないんだ。ミヅハがずっといてくれたほうが嬉しいに決まってる」
(か、かわいい……お兄様がかわいいです)
『嬉しいです、お兄様。ところで、お願いがあるのですが、あの聖水を湖にも少し入れてもらえないでしょうか?』
「聖水? ああ、神水のことか。もちろん構わないぞ」
湖に神水を注ぐと、水面が輝き出し、辺りを聖なる気で覆い始める。
「……お兄様、これはすごいです! これならあっという間に精霊たちが集まると思います」
ミヅハが目をキラキラさせて湖を眺めている。俺の妹ってこんなにかわいいんだな。
ちなみに、ワームたちは、浄化されて魔物から土の精霊獣にジョブチェンジした。見た目も少しだけましになったような気がする。体臭も、腐った卵のような悪臭から、畑の土みたいないい香りになったしね。その結果、ワームたちは、レアゴブリンの使役から外れたんだよな……ふふふ。
(これで、ゴキ野郎も用済みだな……こんどこそ始末して――)
「……御主兄様? 何か悪いことを企んでいらっしゃる匂いがしますが……」
ちっ、クロエが鋭い。ゴキのやつ、悪運だけは強いな。だが、いつか神水で浄化してやるからな!
***
グリフォンのフリューゲルと、ラビ以外の召喚獣は、すべてこの場所に残していく。リーダーは、統率と魔物強化を持つ、ゴブリンキングのエーリッヒに任せることにした。
「じゃあ戻ってくるまで、ここの守りを頼んだぞ、みんな」
『お任せください、主よ。のこのこやってきた連中は、皆、経験値に変えてやります』
うむ、頼もしい。うまくいけば、自動レベルアップシステムの完成だぜ。
この場所は、敵の重要な拠点の一つだったようだし、潰せたのは大きい。この先アストレアへ行くための、重要な中継地点にもなるし。今回の成果としては、十分すぎるほどだろう。
「結果的に、ギルマスに頼まれたこと全部コンプリート出来たわけだし、この依頼は大成功だな!」
セシリアさんがそういって笑うと、みんな一斉に笑顔になる。さあ、ギルドへ帰るか。
「っ!? 御主兄様、何かが来ます。相当なスピードです」
突然、クロエが叫び、全員即座に戦闘態勢に入る。
そして次の瞬間、俺たちの前に、黒い塊が飛び込んできた。
「あなた……アベル? 御主兄様、敵ではありません。騎士団のアベルです」
黒い塊は、漆黒の狼で、その姿がみるみる人型にもどってゆく。
「はあ、はあ……クロエ様、ご無事で……なによりでございます。こちらに……カケル殿はいらっしゃいますか?」
ずっと全力で走ってきたのだろう。息が整うのを待つ間も惜しい、そんな様子のアベルを見て嫌な予感に襲われる。
「俺がカケルだ。アベルさん、何があった?」
「……エスペランサが魔物の大群に襲われた。セレス団長は、砦を救うため、すでに砦に向かわれた。このままでは、団長が……頼む、カケル殿、団長を、砦を助けてください……」




