カケルの屋敷見学 前編
「おはようございます。では参りましょうか」
全員が馬車に乗り込むと、カルロス商会会頭のカルロスさんが、上機嫌で出発を告げる。
今日はカルロスさんの案内で俺の屋敷を見に行くのだ。
セレスティーナたちも、今日は屋敷を見てから仕事に向かう予定になっている。
「楽しみですね、御主兄様! ようやく専属メイドとしての力を発揮する時が来たようです!」
鼻息荒くするクロエだが、お前はどちらかといえば食べる専門だろう? でも嬉しそうで何よりだ。
「旦那様との新居を拝めると思うと興奮して昨晩は良く眠れなかったぞ」
「ん? セレスティーナ、昨晩はぐっすりだったでしょう?」
「ぐっ、お姉様、それはもののたとえと言うものであって……」
「ねえ、貴方様、沢山木を植えましょうね」
「ボクは野菜を育てたいな……」
「そうだな。それぐらい広いといいな」
「妾は風雨がしのげて、お腹いっぱい食べられれば贅沢は言わんぞ」
「大丈夫だエヴァ、それは保証しよう」
「ありがとう貴方……大好きよ、チュッ」
「「「「「あああああ!? エヴァずるい!」」」」」
お喋りしている間に馬車は第三街区を抜けて第二街区に入っていた。
「あら? カケル様のお屋敷は第三街区じゃないのね……」
クラウディアが不思議に思うのも無理はない。プリメーラにおいて、ほとんどの屋敷は第三街区に集中している。
「第二街区だと貴族のお屋敷ばかりよね……ご近所付き合いが不安だわ……」
「何言ってるの、貴女なら大丈夫でしょ? ミレイヌ」
呆れたように苦笑いするクラウディア。
「そういえばお兄ちゃんって貴族だったんだよね……」
「名ばかりの貴族だけどな」
『そんなことありません! 主様は立派な貴族です。名ばかり貴族は私のような者を云うのです!』
「ありがとうソニア。でも俺はお前以上に立派な魔貴族を見た事がないよ」
ソニアの頭を撫でる。
『ふわあ……んふふ……主様〜♡』
「「「「くっ、ソニア恐ろしい娘……」」」」
「あれ? このままだと第二街区を抜けてしまいますよ」
「サクラ、第二街区を抜けるとどうなるんだ?」
「第一街区は東門に近いので、基本的に騎士団や軍関係者の住むエリアですよ、リーゼロッテ」
「ふーん、なるほど! 私の騎士が住むことで街の防衛も出来て一石二鳥ということね」
リーゼロッテはさすが辺境伯家の娘だけあって理解が早い。
「そうなると、買い出しなどは少し不便になりますね……」
メイド長になる予定のアイシャさんが少し不安そうだ。確かに街の繁華街からは少し距離がある。
「大丈夫ですよ、アイシャ様。ほら、ご覧下さい、新しいカルロス商会本店です。お買い物はこちらで。そして隣がカケル様のお屋敷ですよ!」
カルロスさんが自慢げに移転したばかりの商会本店をお披露目する。
地上5階建ての商会本店はプリメーラ最大規模のもので、揃わないものは何もないと豪語するのも納得できるものだった。
カルロスさんによれば、ここからエスペランサを経由してガーランドおよびアストレア各地および東側諸国へ商品を輸出するための拠点にするのだとか。
第一街区にそびえ立つ巨大な商会本店に全員驚きを隠せないが、それ以上に――――
「……カルロスさん、これ全部俺の屋敷ですか?」
「もちろん、すべてカケル様の敷地となります」
カルロス商会本店の隣にある巨大な門の向こうにはカルロスさんの屋敷を凌ぐ規模の屋敷が見える。
芝生は綺麗に刈り揃えられており、噴水まで用意されている。それは良いのだが……
「カルロスさん!? あの銅像は何ですか……」
いや、本当はわかっている、わかってはいるが、現実を認めたくないだけだ。
「? カケル様の銅像ですが何か? お気に召さないようでしたら作り直させますか?」
大通り沿いに並ぶ自分の銅像にため息が出る。様々なポーズで巨大なデスサイズを振りかざす姿は英雄というより悪魔に見えるのだが……いずれにせよかなり恥ずかしいのは間違いない。
「いえ、大丈夫です……」
幸い出来は良かったらしく女性陣の評価も上々だったので、俺が我慢すれば丸く収まるのだ。
「これからこの第一街区は街の玄関口として発展するでしょうから、先行投資ですよ」
楽しそうに笑うカルロスさん。
確かに魔物の脅威が無くなり、これから東門は外国への玄関口として発展するだろう。
「さすがはカルロス商会会頭、常に先を見て動いているのね」
「たしかにカケルっちが住めば安全も担保されるし、一石二鳥ならぬ一石三鳥だな」
カタリナさんやセシリアさんもカルロスさんの抜け目のなさに感心している。
「ですが……ひとつだけ。土地をまとめる際に、神殿東門出張所だけは動かすことが出来ませんでしたので、カケル様の敷地内に神殿施設が飛び石のように残っております」
神殿庁は国の管理下にないので、さすがに動かすことは出来ない。
「げ……神殿が自宅にあるとか嫌なんですけど~!?」
聖女候補のソフィアにとっては嫌だろうけど、俺にとってはラッキーだ。
これでいつでも気軽にイリゼ様に逢いにいけるぞ。ふふふ。
『……お兄様、また良からぬことを考えていますね。私ではお役にたてないのでしょうか?』
うっ……ミヅハには筒抜けだったな。
「そんなことないぞ、ミヅハほど頼りになる妹はどこにもいない」
そういってミヅハを撫でたのが失敗だった。
盛大にむくれたクロエ、アリサを筆頭に全員の頭を撫でる羽目になった。
……カルロスさん。微笑んでいないで助けてくれませんかね?




