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 翌朝ビノールとルノーガンはメリクの街の図書館へと足を伸ばしました。

 まだ薄暗い早朝のうちに宿から出て、なんとか昼前ぐらいには図書館にたどり着くことが出来ました。

 図書館は蒼煉瓦の建物で、いきいきとした緑の蔦植物がその壁を這っています。

 ビノールはポカンっと口を開けて大きな建物を見上げます。

 入口には大きな彫像が二つ立っています。

 淡い雪色の扉は綺麗に磨き上げられていて、つやつやしています。

 ビノールとルノーガンにとっては大きく重い扉を押していると、メイヴンによく似た少女が扉を押し開けてくれました。

「どうぞ、おチビさん達」

 その少女も猫の匂いと『杜の木漏れ日亭』の匂いがします。

 ルノーガンは少女を一度見上げ、すぐにお辞儀しました。

「ご親切にどうも。ほら、ビルもお礼を言わんかっ! このお嬢さんがおらなんだらわしらは宿に戻らなければならんとこじゃったんじゃからな」

 それもそうだと思ったビノールはルノーガンに従うことにしました。

「お嬢さん、ありがとございますだ」

 少女は軽く手を振ると、図書館と学校らしき建物の間にある細い路地の向こうに走って行ってしまいました。

 図書館の中は静かでした。

 時々、本をめくる音と司書の人に望みの本の所在を聞く声があるばかりです。

 知らない文字の本が沢山ありました。

 ルノーガンの選んだ本は全部ビノールの知らない文字で書かれています。

 ルノーガンは黙々と本の文字を自分の本に書き写しています。

 一冊の本の表紙がビノールの目を惹きました。

 大空を飛翔する真っ赤なドラゴンがその表紙には描かれています。

 ビノールはその本を手にとって読み始めました。

 ビノールは知らない文字で書かれていましたが、子供向けの本らしく挿絵が綺麗で話の内容はなんとなく理解できます。

 それは火を吹き、街を灼く悪いドラゴンが英雄に倒されるお話でした。

 『そして、平和がおとずれたのです』

 そう締めくくられた本にビノールは理由のわからない寂しさに襲われました。

「どうかしたかね?」

 ビノールの上からそんな声が降りてきました。

 聞いていると不安になるような声です。

 あたりを見回すとなぜかルノーガンも誰も居ません。

 図書館にはまるでビノールだけのようです。

「わからないことがあればこのミーミールが教えてあげよう」

 ビノールはもう一度周囲を見回し、ようやくミーミールらしき老人の姿を見つけることがました。

 青白い肌の老人がするすると壁をつたって天上から降りてきます。

 着ている茶色の洋服はボロボロ。皺だらけの青白い顔に大きい銀縁の眼鏡。白い髭は長く黄色いリボンで結ばれていました。

 ビノールは驚きました。

 ミーミールの大きさときたら!

 大きいミーミールはビノールを摘み上げると肩に乗せてくれました。

 メリクの図書館に住まう精霊ミーミールとビノールは気の済むまでいろんなドラゴンの話をしました。

 ミーミールはいろんなドラゴンの話をしてくれます。

 特にミーミールが知っていたのは『闇の龍』と呼ばれたドラゴンの女王の話でした。

 人の魔導師の男と『闇の龍』の恋の話。

 それは幼馴染みであった魔法師と魔導師の話。

 魔法師メリクと魔導師エダスの決別のこと。

 『闇の龍』とエダスの失踪のこと。

 再びメリクの前に現れたエダスは魔王となっていたという話。

 メリクはエダス王を封じれただけで滅ぼせず、未だ『城』を封じるためにメリクの子孫達はこのメリクの街で力を技を磨き、時と力が満ちるのを待っているという話。

「メリクの街と『闇の龍』は深く関わっているんだよ」

 ミーミールはそう言います。

「メリクと、エダスと、女王は友達だったのさ」

 懐かしくも寂びしそうなミーミールの様子にビノールは黙りました。

 ビノールは『闇の龍』を知っています。

 ヴィールは『闇の龍皇』と名乗っていましたから。

 漆黒の闇の化身のようなヴィールの姿がビノールは不意に恋しくなりました。

「どうしたのかね? ビル」

 ビノールはルノーガンの声を聞きました。

 ルノーガンは手に持っている最後の一冊を本棚に閉まっているところでした。

 窓から赤い光が差し込んできています。

 ビノールは首を傾げました。

 何時の間にかもう夕暮れです。

 朝、宿を出る前にメイヴンがしてくれた忠告を思い出しました。

「ちっちゃいさん達、出かけるのはいーけどねぇ、日が暮れたら『迷宮』の魔物が活発になるから暗くなる前に戻った方がいーわよ」

 来るのにも時間がかかりました。もしかしなくとも宿にたどり着く前に真っ暗になってしまうのがわかります。

 それでもルノーガンは落ち着いています。

 魔物をビノールは知りません。

 でも恐いもののような気はするんです。

 真っ暗な夜はもちろん恐くありません。

 恐いのは正体の知れない魔物。それはわからないものにたいする恐怖心でした。

 ビノールはそわそわとルビィの環を弄びます。

「おっ師匠さま、早くもどらねぇと真っ暗になって『魔物』が……」

 そわそわ、おどおど、びくびく落ち着かないビノールの姿にルノーガンは呆れたようにため息を吐きました。

 ルノーガンはもちろん知っていました。

 『黒の領域』のヴィガも魔物の一種で、メリクの街に出没する魔物はヴィガと同じくらいの魔物だということを。

 それ以前に魔物の脅威に曝されている街が魔物に対して何の対策もしてないはずがないこともです。

 現に門衛の男も腕がたちそうでしたし、魔物には賞金がかかっていました。

 ちょっと注意して見る場所を見ればビノールももう少し安心できていたはずでした。

「ビル、お前は魔法使いだ。そしてわしもな」

 言い聞かすようなルノーガンの言葉にビノールは神妙に頷きましたがルノーガンの真意がよくわかりません。

 ルノーガンは今度こそ呆れきり、ビノールの肩を軽く叩きました。

「おっかえりなっさーい。ちいさんさん」

 目の前に屈み込んでいるメイヴンの顔があります。

 図書館の扉を押してくれた人もメイヴンの横に立って笑いかけてくれています。

「おかえりなさい。お食事の用意は出来てますよ。図書館は如何でしたか? ぜひ教会の方にもお越し下さいませ。わたくしはネヴァダと申しますの。昼間は教会の方におりますから」

 ふわんっと少女ネヴァダは微笑み、小さい種族用のテーブルでなおかつ明りを落とし、薄暗くしてある一角を示しました。

 ビノールとルノーガンはその心遣いをとてもありがたく思いました。

 昼の図書館と、夜でも魔物避けの為に明るいメリクの街にモグラである二人の目は随分と疲れていましたから。




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