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 ビノールは思います。

 ドラゴンという偉大なる方々はどうも他者を好きに使っても構わないと思ってらっしゃるらしい。と。

 『人』という種が『メリク』と呼ぶ土地。

 その土地を見下ろす小高い丘の上に『小人』のビノールは立っていました。

 『メリク』は壁に囲まれた港町です。

 ビノールの鼻には気分の悪くなるような妙な匂いが入ってきます。

 嗅いだことのない潮の香りがビノールの気分を実際に悪くします。

 夜明け前の街には既に白い煙が幾筋も立ち上っており、街が起き出していることが見てとれます。

 赤銅色の尖り帽子をかぶり、同じ赤銅色のずるずるしたローブを着ているもう一人の『小人』が不満そうにもじゃもじゃの髭にまん丸い指を突っ込んでもぞもぞと動かし、街を眺めるビノールを少しばかり胡散臭げにもじゃもじゃ眉毛の下から眺め見ていました。

「若きビノール君、修業の旅とは一人で行くべき場所に行くもので、わしのようなものが元来、付き合うものでは……ああ、なんて匂いだ! 気分が悪い」

 ブツブツと呟かれる不満にビノールは自分より少し背の低い尖り帽子の『小人』を眺め見ます。

 そのもじゃもじゃの隙間から鈍い銀色の鎖が見え隠れしています。

 鎖の先には緑のドラゴン、グリス姫が下さった緑色の石がぶら下がっているのです。

 緑の石は明りに透かすと不思議な影が浮び上がり、ドラゴンの姿をしたグリス姫が見えるようにも感じさせられるものでした。

「『夜明け』のルノーガン様、これはおらの意思でなく、尊くも偉大、やんごとなき御婦人様の御意思にござりまするる。おらはちゃんと旅立ちましただ。こともあろうに『黒の山』めがけて! ぶるるっ。いけません、いけません。ルノーガン様、尊き御方は総てを見ておらるるもの。不満はいけません。いけませんとも。与えられし尊き使命をおら達は果たさなければなりません。おらは変身の魔法の修業の為に『異種』を知らなければなりません。ルノーガン様は、えっと、適当ではない位置の疑念を知らなければなりませんのでしょ? 尊きお方様のお言葉を果たさぬとおっしゃられるのならば、おらぁ何も言えねけど……」

 しりつぼみに小さくなっていくビノールの言葉にルノーガンは黙りこくりました。

 夜明けの『モグラ』ルノーガンはキュッと胸元にぶら下がった『ドラゴンの護符』を握り締めます。

「若きビノール君、わしが悪かった。久々の潮の匂いで気分があんまりに悪くなり過ぎておったのだ。恥を話すが海に落ちて死目を見たこともあってな、あの時は『海神族』に救われたが、まっこと死ぬかと思ったものよ。それ以来半端な潮の匂いは嫌悪の対象でな。潮の匂いが半端でさえなければ、さっさと慣れて『海底の国』に思いを馳せれるものだがなぁ」

 ビノールはルノーガンが『海底の国』を訪れ『海神族』に出会ったという話は知っていました。

 でも、失敗の結果だったとは露とも知らなかったのです。もちろん思ったことすらありません。

「誰もが失敗を繰り返しながら成長するもの。ビノール君、魔法使いに生まれたことを後悔することがあっても捨て鉢になってはいかんよ。いつか感謝することもあるのだから。わしは魔法使いに生まれて多くの後悔もしたが多くの知合いや友人をも得た。普通に生きていては得れぬような、な。他の魔法使い『モグラ』達とてそうだ。普通でないことを時に恨もうともそれは自分に与えられたきっかけに過ぎない。きっかけ、機会は活かすためにあるのだよ。若きビノール君。多いに失敗を重ね、繕うことを覚えたまえ、皆のあの失敗談に加われるように、な。わしの失敗談を失敗談とも思えぬようじゃまだまだだよ」

 ルノーガンはそう言って笑い、ビノールの肩をポンと力づけるように叩きました。

 ビノールはショックでした。だって、先輩魔法使い達がしていた話はどう聞いても、思い返してもビノールには自慢話、成功話にしか思えない話なのです。

「はい。おら、がんばります。ルノーガン様、そろそろ行きましょうか?」

 メリクの港町は四つの門のどれかをくぐらなければ街に入ることすら出来ないようでした。

 でも、ちょっと嫌なお日様が頭の上にある今は門は解放されているようでした。

 門へ至る道の両傍に古びた奇妙な建物が立っています。

 きょときょとと見回しながら門に近付いて行くと門番がにこやかに二人の『小人』に声をかけてきました。

「よお、いらっしゃい。ちいさいさん、メリクの街へようこそ、ちいさいさんなら港近くの『漁火亭』より『杜の木漏れ日亭』がお勧めだよ。ダンジョン目当ての荒くれも多いがあんた達みたいなちいさいさんや獣人達が泊まってるからね」

「ありがとよ。おっきい門衛の旦那さん。わしら、メリクの街は初めてでね、その、ダンジョンなんてモンはいったい何かね?」

 ルノーガンがいかにも旅慣れた口調で自分の4倍はあろうかという『人』に話かける様にビノールは尊敬の眼差しをせざる得ませんでした。

 門衛の男はビノールの友達のドワーフよりモグラ一人分背が高く、人の姿をとったグリス姫よりも心持ち背が高く、ドワーフ一般よりほっそりしていて、グリス姫より太っています。

 今のビノールと一緒で髭はなく、銀色の髪はてらてら輝いています。

 肌は砂色のところと青色のところがあって変な感じで、硬そうです。

「こりゃ! ビル、じろじろ見るもんじゃない! いや、門衛さん、このガキは今まで旦那みたいな大きい人達を見た事がねぇもんですからよ、物珍しがってじろじろと、もうしわけねぇことです」

 ルノーガンの言葉に門衛は笑い出しました。

 じろじろ見られて不愉快な気分も吹っ飛びます。

 小さい頃から異種族を見慣れている門衛にも本当に珍しい種を見つけてじろじろ見てしまった覚えがあったのです。

「いや、構わんよ。お若いちいさいさん、きっと、俺なんざより珍しい人達が見れるぜ。なにしろメリクには『黒き迷宮』と『忘れられし都市』があるからねぇ。迷宮には魔物が巣くってるし、都市には亡霊がうじゃうじゃ、しかも百年前の地震で迷宮と都市の何処かが繋がってしまって、双方に魔物と亡霊が闊歩してメリクの街を狙ってやがるのさ、死霊王の国エダスが近い所為もあって大変さ」

 門衛の言葉に疑問を差し挟もうとしたビノールはルノーガンによってその行為を遮られました。

「ありがとよ。門衛の旦那さん、『杜の木漏れ日亭』だったね? すぐ判るかね?」

「ああ、その馬小屋の向こうだ、わかんなきゃバカだね」

 門衛の指さす向こう側を覗き込んだビノールの鼻に香ばしいパンの匂いと馬の匂いが届きました。

 本当に馬小屋はすぐそこのようです。

 ルノーガンはビノールを引きずるように引っ張って門衛の指さす方向へと歩き出しました。

 門衛は軽く覗き込んで小人が二人馬小屋の前を無事に通るのを見守りました。

「ルノーガン様、いろんな人達が居るのは知ってましたが、まるで金属みたいな肌や髪を持った人でしたね、あの『門衛』さんは」

 ルノーガンは呆れたような眼差しをビノールに向けました。

「鎧兜というものを君は知らんのか? それとノーガンと呼ぶように。解らんことは宿についてから聞くこと、それとキョロキョロしとるな」

 物珍しさにキョロキョロ周囲を見回していたビノールは慌てて頷いて、落ち着いているルノーガンの様子を盗み見ました。

 もちろんビノールは金属の鎧兜を知っています。

 鍛冶屋のドワーフの友達がいるんですから。

 ビノール達にとってはちょっと高い階段を四段ばかりよじ昇って二人は宿の扉を開けました。

 『杜の木漏れ日亭』は赤煉瓦の建物で、沢山の植物が置かれ、いろんな大きさのテーブルと椅子が置かれています。

「いらっしゃい!」

 そう二人に呼びかけたのは猫の匂いのする人でした。

「あたしはメイヴン、木漏れ日亭の従業員だよっ! お泊まり? ご休息? ちっちゃい獣人さん。えっと、だよね?」

 緑の木の葉の散った模様の白いエプロン、肩にかかるか、かからないかのふわふわの茶色い髪、くるくる煌めきの変る緑の瞳、笑顔の明るいそんな『人』が猫の匂いのするメイヴンでした。

「モグラだよ、メイヴンさん。しばらく泊めていただきたいのですがよろしいかね?」

「お泊まりですね! はーい。2名様ご案内ぃ! 御用がありましたらメイヴンをご指名下さいませ」

 ルノーガンの言葉にメイヴンはにこにこと二人を店の奥にあるカウンターへと案内しました。

 カウンターには細いふちの眼鏡をかけてオリーブグリーンの髪を結い上げた女性が一人座っています。

 メイヴンに連れられて二人がカウンターに近付くとカウンターの女性は立ち上がって、軽く一礼し、メイヴンに目で合図しました。

 メイヴンは素早く二人に椅子を用意します。

「当『杜の木漏れ日亭』にお越しいただきありがとうございます。店主のマリーと申します」

 椅子に座ったルノーガンは軽く店主のマリーに頭を下げました。

 それを見たビノールもそれに倣います。

「ノーガンと申す。これは連れのビル、幾日かご厄介になりたいのだが空き部屋はあるかね?」

「ありますわ。二人部屋でよろしゅうございますか?」

 メイヴンの案内で通された部屋には寝転ぶのに調度よく藁を敷き詰め、その上にシーツをかぶせた縦に半分に割られた樽が二つ。

 引出しのついた机が二つ。椅子替わりの小さな樽が二つ。

 小さな窓の向こうには井戸が見えます。

 メイヴンが扉を閉め、向こうに行ってしまった後、ビノールとルノーガンは床に荷物を置きました。

「獣人ってなんなんです? ルノーガン様」

 ビノールの質問にルノーガンはもじゃもじゃの眉毛を片方はね上げました。

「ノーガン、呼びにくければ師匠とでも呼べ。そしておぬしはビルと呼ばれたら返事をせねばならんぞ」

 ルノーガンはビノールが頷くのを確認すると椅子替わりの小さな樽に腰掛けます。

 コホンっといかにももったいぶった仕草でルノーガンは咳払いをし、ビノールが背筋を伸ばすのを促し、ようやく語り始めました。

「さて、最初から始めよう。ここは港町メリク。死霊王エダスを『死の茨城』へと封じた『人間』の魔法使いメリクが『死の茨城』の封印を見張るが為に造った町。死霊王エダスの名はさすがにビルも知っておるだろう?」

 ビノールは重々しく頷きます。

 『死霊王エダス』二千年前から世界の暗黒を支配している魔王です。

 エダスの漆黒の暗黒に囚われると微睡みのうちに総てを失う。自己の意思すら残らず、ただエダス王に支配されるのだとビノールは聞いて知っていました。

 『悪い子はエダス王に連れて行かれる』とも言われるほどで、かなりポピュラーでもあるからです。

 でも、それはエダスが『死の茨城』に封じられているからこその親の言葉に過ぎないのですが。

 そして、魔王は魔王に相応しい力を持っていて今でも世界の一部、いえ、多くを支配しているのです。

「『忘れられし都市』はエダスによって闇の、いや、混沌の暗黒に沈められた都。誰一人としてその名を紡ぐ者はいないという。百と数十年、生きてきたがわしはメリクの街に来たのは初めてだし、来る気もなかった。何故ならエダスの国に近いこんな不吉な街にけして近付きたくはなかったからじゃ、不吉と不幸は幸福とおんなじで伝染しおる。しかも、しかもじゃ! 『黒の迷宮』じゃと!? 不吉この上ないわい! 三百年前、わしのじっ様から聞いた話じゃ。じっ様は『夜明け』の魔法使いであったのよ。持っていた魔法の力は『封印』の力だったらしい。だが、『黒の迷宮』を魔法の狭間に封印してからこれっぱかしの力も使えなくなって、魔法使いでありながら百年前、百と八十の若さでおっちんじまわれたのよ。モグラ族の平均寿命で、自分の家で魔法使いモグラが、だ」

 説明はまだまだ続き、気がつくと部屋の中は心地好い暗さに支配されていました。

 もともとがモグラな二人は昼の明るさはどうも苦手です。

 空腹を覚えたのはルノーガンでした。

「さて、ビル、食堂に行こうか、腹がへったわい」

 ビノールは『獣人』の説明は食事と一緒かと大人しくついていくのでした。

 興奮したルノーガンはすっかり忘れていたのですが。



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