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そしてビノールは自分を振り返ります。
優しい母は自分の息子が魔法使いだということがわかった時困ったようでしたが、すぐ受け入れてくれました。
陽気な父は栄誉だと言って、その日は近所の親戚・友人一同に『エール』を振舞いました。
二人とも笑って『いつまでもお前はおら達の息子だ。いつでも来いや。魔法使いは魔法使いであるとわかった時点で一人立ちが規則じゃけんなぁ、困ったことがありゃあ何時でも来るんじゃよ』と言ってくれたんです。
それに陽気な兄弟達。可愛い妹達。他の部族の魔法使い達。そして多くの友人達。
それにちょっと思い出しました。
ヴィールはこう言ったのです。『最初の友達』と。
ビノールはもう少し思い出します。
『黒の神殿』は誰も寄せつけぬままに長い時(二千年ほどですがモグラ族も多くの種族も忘れてしまうほどの長い間です)を経た場所です。
『黒の神殿』にいえ、それ以前に『黒の山』に近付くモノはドワーフやヴィガ達の間にあっという間に噂として広まり、皆の知るところになるのです。
他にも夜の妖精達はとっても小煩く囀るのですから『黒の神殿』に誰かが、何かが訪れている珍しいことが話題にのぼらないはずがないんです。
特に居るのがこんなに無礼ではあっても悪気のなさそうな存在ならなおさらだとビノールは考えました。
ヴィールがすごく、そして酷く胸が痛みはじめた頃ビノールはヴィールの言葉を信じました。
一番辻褄があうのはヴィールの言葉を信用することですし、ヴィールの言葉はビノールに何の知識ももたらさぬかわりに何の害ももたらさないのですから。
もし、言葉の通りならヴィールは本当にビノールに正直に接しているのです。たとえ時折、ビノールをむっとさせるようなことを言ったとしてもです。
「ヴィール、おらはあんたを怖くも思うが嫌いじゃない。あんたはおらがあんたに対等な口をきくことを許してくれてる。そして正直に話してくれてるんだと思う。おらはどっちかっつうとあんたが好きなんだと思う。無論まだわかんねえがな、だから、あんたが友達が欲しいっつーなら、おら、しばらくばかし、あんたの側に居てもええ」
ビノールは言ってしまってから言い回しをもっと練れば良かったと思いました。
だって、あれではちょっとばかしとは言え、偉そうに聞えなくもありません。
ヴィールには『言葉には気をつけろ』と言われていたんですし、気が変られてはたまりません。
そんな些細なことヴィールは全然気にしていなかったんですが、ヴィールもビノールも他者の心が読めるという訳ではないのです。
『俺はビノール、お前が好きだぜ。俺の嫌なことがあったら遠慮なんかせずに言ってくれよ。その通りにするかどうかは別だが、耳は傾けてやるぞ』
ゆっくりと翼を広げながらヴィールは笑います。
まるで闇の中により暗い闇が広がってゆくようで、ビノールはそれを不思議げにじっと見つめました。
コウモリ達はいつも翼を閉ざしてるわけでは有りませんが、こんなに闇色を広げはしなかったようにビノールは記憶していますし、コウモリ達とは疎遠なせいも有り、個体の見分けがつき難く、ビノールがわかるのは『破れ羽』の親分だけです。
それに彼らも『闇の領域』に住まうモノの常として、自らが言葉を操り、他種族の言葉を理解しません。がんばればできますがとても難しいのです。
ビノールの目に映るヴィールの翼はコウモリのように赤みがかってはおらず、闇の中の闇。
張りの有り様は薄く伸ばした『黒色銀』
何から何までヴィールは精製された『黒色銀』で創られてるかのようにビノールには映りました。
そして改めてその『生』の初々しさ美しさに見惚れていたんです。
『ビノール、『黒の神殿』内はあんまり歩いていないだろう? 俺はろくにこの部屋の外に出てない。良ければ、一緒に探索しないか?』
少し浮かれた気配の有るヴィールの声に、ビノールは反射的に頷いてから気がつきました。
ヴィールは喉の奥で笑い、軽く尻尾でビノールの背中を叩きました。
『さあ、行こう。ビノール、お前が空腹を感じるまでに厨房を見つけられたなら、何かが有るはずだよ』
ヴィールの言うことは何の根拠もないはずです。なのにビノールはまだ見ぬ食事に唾が涌いてきます。
頭の中を太っちょミミズの砂糖衣揚げや灰色姫リンゴ、じゃがいもの潰したものなどの『闇の領域』の外、『アサガオの根っこ』の部族の魔法使いモグラの家に行ったとき出たとても美味しい料理の数々が流れていきます。
ヴィールはぽんぽんと尻尾でビノールの背中を押しながら『びろうど』の手触りの壁の廊下へと出ました。
くすぐったい感触にヴィールはひとつ思い付きました。
『ビノール、お前は俺のこの姿が怖いんだろうか? もしも、そうなら俺もお前のように『変身』の魔法を使ってみようか? お前が親しみ易いようにモグラの姿に? それとも世に多くいる『人間』に? 『人間』はその多くが『ドワーフ』より背が高く、大人の男なら『ドワーフ』の旦那は『人間』の旦那の胸の下あたりまでの背丈しかないものさ。そして『人間』は変化に富んでいる。なぜなら、いろんな色の髪や皮膚の色が有り得て、『人間』同士ですら時に言葉が通じない。多くは優しくも有り、同時に愚かしく他の種と同じだ。『モグラ族』と等しく『魔法』の力を使える者も使えぬ者もいる。そして多くが『異界』、異なる世界から訪れたのだ。元々この『世界』には俺やお前達、そして精霊達、その眷属が満ち溢れ、『人』は我らを敬い畏れ、一握りしかいなかった。そう、俺達のような者の方が多かったのだ。年をいれるなら『人』と『人間』は異なるものだよ。『人』を敢えて別に呼ぶなら『人源』だろうか? 『人間』は愚かだ。そして賢しい。旧き獣(お前達とかだ)の声を聴かず、ただ『獲物』として見るのだから』
ちなみにビノールは一気に色々言われて最初に何を言われたか思い出すのに少し時間がかかりました。
どうしてあんなことを言われたのかが解らず、ビノールは目を回し、コロンと倒れてしまいました。
その様を見てのどの奥で笑うと、ヴィールはポゥンっと軽い音を発てて『変身の力』を行使しました。
転がったビノールを軽々と抱き上げたのはドワーフよりも小さくビノールより大きい『人』に変身したヴィールです。
「行こう。取敢えずは『黒の神殿』の散策だ。知りたければ聞けば良い、俺が説明してやるから」
その姿は『人』の子供の姿。
少しばかり耳が尖って、先っぽが黒いという変身損ないこそ有れど、黒髪に隠れそれは見極め難く、他の失敗はしていない。
モグラを抱き走る姿は本当に領域の外にいると言われている『人間』の子供のようにビノールには思えたのです。




