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 でもヴィールは心底本当にビノールを傷つけるつもりはないのです。

 ビノールの恐れていることはわかります。

 小さなドラゴン、ヴィールはちょっと静かに考えました。

(小さき魔法モグラ・ビノールは何かに怒って、怯えている。俺の友達にしてやるというのが気に入らないのか? その上に俺のことを無礼だという。うすのろはうすのろだろうに。それとも俺の知識が誤りなのだろうか? モグラ族がこんなに大きなものだと思わなかったように?)

 ヴィールはビノールを見て、もう少し考えます。

(さて、考えなくてはならない。考えることを放棄すればドラゴンもただのトカゲだ。ビノールは『闇の領域』『夜の安息地』のモグラ族。この辺りにはドラゴンは俺しかいないし、ここ二千年程この屋敷は誰もいなかった。ドラゴンを知らぬのだ。ビノールは。モグラ族と黒岩トカゲの部族は仲が良い方だし、俺も俺を悪く言う者があったときビノールに同じ反応をして欲しいと思わなくもない)

 ヴィールはくすりと喉の奥で笑い、ビノールをより怯えさせました。

『すまなかったね、ビノール。其方の友達を悪く言うつもりはなかった。ただ、俺は知識としてしか黒岩トカゲを知らないのだ。それに俺は其方が俺のことを名前のみしか知らぬことを失念していたのだ。俺はヴィアルリューン、その名が通りの闇の龍皇、ドラゴンの一族だ。ドラゴンのことを知ってるかな?』

 ビノールは彼の正体より彼が実に素直に謝罪を入れたことに驚いてしまい、ドラゴンのことなど知らないと素直に認めてしまいました。

「いえ、ヴィール様」

『ヴィール。様は不要だ』

 ヴィールの楽しそうな口調にビノールはようやくホッと胸を撫で下ろしました。

 食べられてしまう様子はなさそうです。(もちろん、彼の気が変らなければですが)

「ヴィール、おらは『ドラゴン』なんて種族は見たこともなければ聞いたこともない。ドワーフ達も喋ってくれなかったし、偉大なるモグラ族の魔法使い達だって『ドラゴン』の『ド』の字も知らないに違いないんですからね」

 大人しくヴィールはビノールの言葉に耳を傾けていました。

 なにしろ、自分がモノの一面には詳しくとも、それ以外の面があるなんて考えたこともヴィールにはないんです。

 だって、ヴィールはそういう疑問にぶつかる程生きてはいませんし、知っていることは当たり前、卵から孵ったときから知ってるんです。

 ヴィールは彼自身が大きな図書館だといっても間違いないんですから。

 知らないことはありません。辞書や図鑑に載っているようなことなら。

 そしてヴィールはいろんな種族によって、いいえ、個体によって感じ方の違いがあることを知っていました。

 でも、知っているだけで、それがどういうモノかなんて知りません。理解はしてないんです。

 だって辞書や図鑑では、そのモノの発する匂いも温度も、感触も正しい目に見える大きさもわからないんですから。

 でも、ヴィールは自分でも気がつかないほどに好奇心旺盛でした。

 ヴィールは気がついてすぐ自分の頭の中の辞書を引っ掻き回しました。

 そこが『玉座の間』であって、何のための部屋であるとか、小さな扉がヴィールのための部屋へ続くものであるなどの雑事を学びました。

 ヴィールは疑問を持つことも知りませんでした。

 だって、一通りのことは何でもわかりましたから。

 でも、独りっきりが不満だったのは確かです。

 今ではその感情が『寂しい』だとヴィールは知っていますし、せっかくの『友達』を無くしたくありません。

 独りっきり、『孤独』なのはヴィールはもう願い下げでした。

 それに、たくさんの『疑問』が今のヴィールを取り囲んでいます。

 もうひとつ『好奇心』もです。

 たくさんの『知りたい』という『好奇心』がヴィールをくすぐります。

 そして、ヴィールはビノールから知りました。

 自分には嫌われる素質があるようだと。

 まぁ、彼の知識は総てドラゴン種族が基準なのですから、しかたないと言えばしかたないんです。

 ドラゴン種族は一般的に『自分達が一番強く偉いんだ』と思っているんですから。

 それにそれはだいたいにおいて正しいんです。

 偉いかどうかは知りませんが。

 ヴィールはドラゴンの説明をビノールにするのに言葉に詰まりました。

 他のドラゴンを一切本当には見たことがないんです。

 嘘は言いたくありません。

 ビノールはヴィールの最初の『友達』です。『友達』には『嘘』になるようなことを言いたくないのです。

 ヴィールは本当に困ってしまいました。

 だって、ヴィールにはこんな時どうすれば良いのか教えてくれるお父さんもお母さんもお婆さんもお爺さんもいないんです。

 もちろん、『ばあや』も『じいや』も『ねえや』だってです。

 誰も教えてはくれません。だってヴィールが最初に会った『誰か』はビノールでしたから。

『ビノール。俺はドラゴンのことをお前に教えてやることは出来ない。何故なら俺は他のドラゴンを見たことがなく、話を聞いたこともないからだ。そして、俺はお前に『嘘』になるかも知れないことを言いたくないし、本当を言うと俺はつい先日、卵の殻を破ったに過ぎないのだ。すまないね』

 そして、ヴィールは正直になることを選びました。

 いくらでも偽りにならない程度の知識は持っていましたが、それと真実がどれほど一致するかはヴィールには理解できないですし、下手にビノールに怯えられるのも得策ではないと思ったのです。

 多くのドラゴンの住む場所が他者から略奪したものであるとか、ドラゴンが多くの種族に恐れられるほどの行為を働いたとか、そんな情報をビノールに自分から言うのがなんだか嫌だったんです。

 ビノールは驚いたようですし、ちょっと胡散臭げにヴィールを見てきました。

 そんなビノールの眼差しがヴィールはとても嫌でした。

 黒岩トカゲと混同されたときに感じた『嫌な感じ』とは違う『嫌な感じ』です。

 ヴィールは心臓のあたりがしゅくしゅく痛むのを強く感じました。

 ただ黙っているヴィールをビノールはじっと見ていました。

 ぽつんと暗闇の中、一層暗い色を持つドラゴンの姿。

 ビノールは急に自分が悪いことをしたような気分になりました。

 だって、ドラゴン・ヴィールが酷く寂しげに見えたのです。


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