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宿の屋根の上で海を見る青年姿のヴィールを眩しげに見上げたビノールは、海の方向を見てヴィールが何を見ているのかと目をすがめます。
岬の上に佇む塔。
塔に住んでいるのは魔王の居城を見張るメリクの娘。魔女エジンドラです。
魔女が見張る魔王城は海上の小島にその入り口を持つのです。
そう、それは魔女の塔のさらにむこう。
灰色の植物に覆われた島には時折り、勇者を名乗る者が挑んでは帰ってきませんでした。
魔王とは魔の者の王です。
力を好む魔の者達は自分より強いものに従います。
そばにいれば、強くなった時、すぐに挑めますし、より楽においしいものを食べられたり、かわいい魔族の女の子が仲良くしようと寄ってきたりと、ステキな思いもできるのです。
気をつけるのは上に立つ王様の動向と同胞たちの動向です。
自分の位置を見極めないと痛い思いをしてしまうのですから。
魔族とは、確かにいささか乱暴なきらいはありますが、けして邪悪な存在ではありません。
ただ、『ヒト』種族は魔王を恐れます。
『ヒト』を恨んで魔王になるものは多く、『ヒト』を恨んだ魔王は『ヒト』を滅ぼそうとするのですから、『ヒト』は自分たちを守らねばならないのです。
その心境をモグラ族のビノールは理解できません。
だって恨まれるようなことをしなければいいんですから。
自分の住む場所。
家族と友人。
食べるのに困らない環境。
それ以上を望むことがよくわからないのです。
もちろん、敬われたり褒められればとっても嬉しいのです。
そうするために優しくすることは、間違ってないんですから。
捕食されても自然の摂理として悲しんで終わってしまうモグラ族に恨むといった感情があまり理解できてないせいもあるのです。
自分たちが自分たちの安全のため守る行動は正しくて、相対する相手がそう動くことも正しい以上、必要以上に恨めはしないのです。
ちゃんと自分たちだけが正しいわけではないと知っているのです。
ヴィールはまだ幼いゆえか、それとも高みに立つ者としてか、公平につとめたいと思います。
「エジンドラ。魔王城への鍵の管理をしていると聞いた」
塔から出てきた魔女は、ヴィールを見て首を傾げます。
「よくご存知ですこと」
「緑の姫より聞き及んでいるからな」
自信たっぷり聞いてきたことを告げるヴィールに魔女はコロコロと笑います。
柔らかそうなショールから覗くのは金属光沢を放つピタリとしたロングドレス。隙間からゆらりと暗赤色の三尾が揺らぎます。
「その扉をくぐる鍵を渡すがいい」
傍若無人。そんな言葉がふさわしい態度で小さなドラゴン、見た目は青年。が年齢不詳の魔女に要求します。
ハラハラし過ぎているビノールの、モグラ族の小さな心臓を突き破りそうなほどの緊張感には誰も興味を持ちません。
幸いなコトに置物の一つのように硬直していられたのです。
「自信が、おありですの? お若い方」
にこり。挑発するようにも穏やかにたしなめているようにも見える微笑を魔女エジンドラは浮かべました。
「自信など知らぬ。ただ俺の義務だ」
パチリとエジンドラの縦長の瞳孔が広がります。
ゆったりと誇張される胸元。
ヒトのオスには効果をもたらす動きです。ただ、ヒトではないヴィールにはよくわかりません。
ヒトではないというところではなく、あまりの幼さゆえかもしれません。
笑みを抑えた表情でエジンドラは軽く頷きました。
「迷いは、ないのですね?」
深く確認です。
「迷い?」
対するのは迷いなどない返答です。
エジンドラは少々考えつつも鍵を、鍵となる石を差し出します。
それは青い石でした。
青い石に刻まれた赤い魔法印。
ヴィールはその石を大切そうに受け取り、握り込みました。




