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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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22/30

22 大好きなんだ

 

 レッドを……創造主に……あげる?

 あげるも何も、元々ラビニアのものじゃない。

 創造主がレッドを愛してくれる? そんなの……


「……もちろんよ。貴女が愛してくれたら、レッドは素敵な顔をもらって幸せになれるもん」


 私の答えに、創造主はくすりと笑う。


「彼が幸せに……なれるかしら」

「なれるに決まっているわ。あんなに顔を欲しがっていたのよ? 顔だけじゃなくて、貴女が王妃様になってくれたらきっと……」


 哀しい波と切ない痛みがじわじわと押し寄せて、言葉が続けられなくなってしまう。


「リリエンヌ。貴女、さっきからレッドのことばかり言っているけれど、殿下のことはどうなの? 再会しても、ときめいたり惹かれたりしなかった?」


 さっき自分が訊いたことを逆に問われる。だけど私は考える間もなく答えた。


「あんなに会いたかったのに……会ったら空っぽになっちゃったの。貴女と見つめ合っている姿を見ても、もう何にも痛くなくて。どうしてかしら……おかしいわね」


「じゃあ、もし私とレッドが愛し合って、殿下があなたとヨリを戻したいって言ったらどうするの?」


「……どうしよう。ヨリを戻したくなくても、殿下の命令には逆らえないわよね? 戻したくない、嫌だなんて言ったら処刑されちゃうかしら。どうしよう」


 ぷっと吹き出す創造主。正直に答え過ぎた? とちょっと心配になりながらも、私は続ける。


「レッドの復元の魔力で運命が元に戻ったら、もう一度殿下を好きになれるのかしら。……なんだかそんな気がしなくて。とりあえずレッドが幸せになってくれたら、私はそれでいいわ」


「ふうん……そうなの。じゃあレッドに直接、何が幸せか訊いてみるといいわ。貴女の考えている幸せとは、少し違うかもしれないし」


 少し違う?

 また可愛く小首を傾げていると、部屋のドアが苛立たしげにドンドンと叩かれた。


「ほら、心配しているわよ、貴女のこと。そろそろお開きにしましょう」



 ◇


 今────

 何故か一つのベッドで、レッドと二人横になっている。


 床でもソファーでも適当に寝る、洞窟の固い岩の上で散々野宿してきたのだから、どこでも構わないと言うレッド。

 折角スイートルームに宿泊しているんだから、こんな時くらい極上の柔らかいベッドで身体を休めないと! と言う私。

 寝る時くらい別の部屋で……それは駄目だ、寝ている時に襲われたらどうする……と押し問答になった結果が、今のこの状態だ。


 キングサイズのベッドだから十分ゆとりはあるはずなのに、レッドがムキムキな分、思ったよりは広く感じない。

 洞窟の岩がベッドに変わっただけ、何てことないわよ……と思えば思う程、シーツや布団を通して伝わる温もりに落ち着かなくなってしまう。


 チラリと隣を見れば、布団の中に真っ直ぐ手足を伸ばし、天井へお行儀良く向いているムキムキボディ。

 さすが王様。上等な絹のガウンも立派なベッドも似合っちゃうんだから。


 ガウン……


 茶色の艶々の襟から伸びる、逞しい首。月明かりが照らす立派な喉仏や太い鎖骨が妙に艶かしく、ごくりと息を呑んでしまった。

 やだ……今の音、聞こえてたかしら。白薔薇の令嬢のくせに、なんてはしたないの。


 天井に素早く視線を戻し、目を固く閉じる。淑女らしく清らかな祈りを神に捧げていると、一本調子の変な声が隣から聞こえた。


「創造主は……何を言いに来たんだ?」


「ええと……謝ってくれたわ。酷いことを言ってごめんなさいって。ラビニアとの同居で、心が色々複雑みたい」


「ふん。謝ればいいってもんじゃないだろ。同居事情なんか知ったことか」


「いいわよ、気にしていないわ。どんなに嫌われても、私は私が大切だし……それにレッドも言ってくれたじゃない。“この世界にたった一つの大切な命だ”って。あれ、とっても嬉しかったの。どうもありがとう」


「いや……」


 完全に裏返っちゃってる変な声で呟くと、赤い頭をポリポリと掻き出す。出逢った頃は、殿下の顔に合わなくて違和感のあったこの仕草も、レッドの中身を知った今では可愛らしいと思う。


「他には何を話した?」

「ええと……ローズのことを訊かれて話したわ。魔獣が蝶に変わるのは、創造主が考えたことじゃないみたい」


「ということは……この世界は、全てが創造主によって創られたものではないということか? 運命が入れ替わったことで、創造主も知らない何かが起こっているのかもしれないな」


 私と同じ考えを口にするレッド。ヘッドボードの上でさつまいも色の羽を休め、すやすやと寝息を立てる蝶を二人で眺めた。


「あ、でも、白薔薇の愛の魔力で蝶に変えたことは言わなかったわ。殿下に告げ口されちゃうかもしれないし。賢いでしょ?」

「おお、お前にしては賢いな。よしよし」


 腕を伸ばし、私の頭をぐりぐりと撫でるレッド。パチリと目が合うと、ひっと声にならない悲鳴を上げ、慌てて腕を布団の中に引っ込めた。

 ……どうしたのかしら。


「……ホカニハナニヲハナシタ?」


 さっきよりもっと変な声になっているけど、あえて触れないことにした。

 他には……ね。殿下を愛しているとか、のっぺらぼうのままでいて欲しいとか言ってたけど。レッドにはこんなこと言えないわ。ショックで絶望しちゃうかもしれない。


「他には……世間話よ」

「世間話?」

「そう、やっぱりファメオ国は暖かいわとか、流行りのドレスのこととか、明日の朝ご飯とか」

「…………」


 レッドがジト目でこちらを見る。

 そんな目をされたって……他には何も話せることがないのよ。あ、そうだ! あれは訊いておこう。


「ねえ、レッドは何が幸せ?」

「……幸せ?」


 唐突な質問に、赤い眉を寄せる。


「顔を創ってもらって、愛する王妃様と一緒にお城で暮らせたら、そうしたら幸せ?」


 レッドは布団からムキムキの両腕を出すと、頭と枕の間に滑り込ませ、何かを考え出す。しばらくすると……甘さがギュッと濃縮された、蕩けるような声で答えてくれた。


「うん……まあ、そうだな。……すごく幸せだろうな」


 そのぷるぷるの唇は柔らかく緩んで……とても幸せそうだ。


「……そうよね」


 レッドが考えるレッドの幸せも、私が考えるレッドの幸せも、やっぱり同じみたいだわ。創造主はああ言ったけど、違うところなんて少しもない。



「リリエンヌの幸せは?」


「……私?」


 不意に問われてしどろもどろになってしまう。


「ええと……ええと私は……」

「殿下にもう一度愛されて、結婚することだろ?」



 ……違う。


 違うわ。


 創造主と話して、はっきり分かったの。私の幸せは、もう殿下じゃないって。でもそんなことを言ったら、レッドは運命を元に戻すことを躊躇してしまうかもしれない。リリエンヌが幸せになれないなら、俺もこのままでいいよ、なんて言い出しかねない。折角幸せになれるのに……優しいからきっと……



「……もちろんそうよ。私は殿下のことを愛しているんだって、今日再会して改めて思ったわ。ラビニアに向けられていたあの優しい青い瞳で、もう一度私を見て欲しいって」


「……そうだよな」


 心なしか哀しく聞こえるレッドの声。どんな表情かおをしているのか気になったけど……もしまたあの幸せそうな唇を見たら泣いてしまいそうで。レッドとは反対側へ身体を向けた。


「早く元に戻せるといいな」

「……うん」


 もっと元気に返事したいのに、涙交じりの声になってしまう。そんな私の情けない背中に、明るい声が響いた。


「……大丈夫だ。もし殿下の整理とやらがつかなくても、勝手に復元の魔力で元に戻してやるから。心配するな!」

「……うん」

「といっても使い方が分からないけどな。まあ何とかなるだろ」


 ははっと笑うレッドに、もう何も答えることが出来ない。一人分の笑い声は高い天井に吸い込まれ、そこから沈黙が広がった。



 どうしよう……すごく疲れているのに、胸が痛すぎて眠れない。

 気を紛らわせよう、何か楽しいことを考えようと、明るいどこかへ意識を飛ばせば……そこには、優しい笑顔のレッドが居た。


 こんなにふかふかのベッドじゃなくていい。あの洞窟の固い岩の上でもいい。寒くたって、冷たい雪の上だって文句を言わずに歩くし、ちょっとくらい腹ペコだって我慢する。魔鳥とも盗賊とも、まだ会っていないけど多分一番嫌いな魔蛇とも戦うから。

 だから……だからもう一度、レッドの隣で旅をしたいな。



 …………そっか…………

 私、レッドのことが大好きなんだ。



 震える背中を、レッドは何も言わずに撫でてくれる。堪らずくるりと振り向くと、宙に浮いてしまったその大きな手を掴み言った。


「手……繋いでいてくれる?」


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― 新着の感想 ―
素直じゃないのがふたり並んでも話が抉れるだけでゴザルーっ!
[良い点]  創造主もリリエンヌに絆されたのかもしれませんね。  あっさりと許す彼女は、どこから見てもいい人ですもの。  そして、リリエンヌもようやく……。  傍目には丸わかりのレッドの気持ちも。…
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