月下の襲撃
王都の裏通りを抜けて眼前に現れたのは、高い塀に囲まれた石造りの建物だった。
窓には鉄格子、周囲には兵士が巡回している。表向きには収容所だと説明されているが、実態はただの牢獄にしか見えない。
「こんなものがあったとは……」
「僕も実際に見たのは初めてです」
月明かりに照らされた収容所は物々しい雰囲気を纏っていた。
おそらく、国内の半魔はすべてここに集められるのだろう。そうなれば警備も厳重だ。
俺たちは物陰に隠れながら、算段を練る。
「問題はこれをどう突破するかだな」
「僕の名前を出せばどうにかなりませんかね」
「うーん……」
フォルオの案に一瞬賛同しかけたが、俺は首を横に振った。
「お前、自分がどう思われてるか、考えたことはあるか?」
「え?」
「半魔贔屓のお前があっさりここに入れるほど、馬鹿な連中には見えないけどな」
「うっ」
俺の指摘にフォルオは項垂れた。
自覚はあるようで、反論は飛んでこない。
どうするべきか、悩みあぐねていると周囲に大きな物音が響いた。
「あれは……」
収容所の門の前に、大きな馬車が二台並んだ。分厚い鉄檻のような外装、窓は布で覆われて中の様子は見えない。
門が開き鎖の音を響かせながら、人影が兵士に引き立てられて馬車に押し込まれていく。
角を持つ少年、獣の腕をした子供、羽毛に覆われた少女……。
その小さな身体に鉄の枷がかけられ、無理やり押し込まれる光景は保護などではなかった。
「っ、止めなきゃ」
「ばか、待て!」
動き出そうとしたフォルオを押しとどめて、俺は声を殺す。
「今動いたらあいつら全部相手にすることになるぞ」
「黙って見ていろと言うんですか!?」
「そうは言っていない」
落ち着け、と俺はフォルオの肩を抑える。
「きっとあの馬車は国境付近まで向かうはずだ。あれが商品なら、取引現場を押さえた方が確実に助けられる」
「……っ、わかりました」
フォルオは項垂れて言葉を飲み込んだ。
俺の言葉で止まってくれたのは有難いが……自制出来ているうちに何とかしなければ。
――馬車が動き出す。
夜の王都を静かに抜けていこうとするその後ろ姿を見据えて、フォルオと顔を見合わせる。
一つ頷いて、俺たちは馬車の後を追いかけた。
王都の外れ。月光に照らされた街道を、輸送馬車が静かな夜を進んでいく。
その後ろを、ひっそりと尾行しながら俺は自分の足元を見つめた。
「どおりで明るいと思ったら」
夜空に浮かぶ月明かりは満月だ。
夜目の利かない俺たちには絶好の環境だ。おかげで尾行も問題なく進んでいる。
「ジェフ……荷台にいる子たちは大丈夫でしょうか」
「一応商品として扱っているだろうから、乱暴はされてないはずだ」
「じゃあ良かった……とは言えないですね」
フォルオの眼差しは密かに揺れている。
国内の事情を思えば、どちらが半魔たちに良いのか。
ボスやルピテスの人間であるロベリアの話を借りるなら、少なくとも半魔にとっては過ごしやすい場所らしい。
なら、ここで止めるのは正解なのか。行かせてやった方がいいんじゃないか。
「……どうしました?」
「悪い、少し考え事をしてた」
目の前を行く馬車を見据えながら俺は最低な考えを口走る。
「もしかしたら、このまま行かせてやった方が」
「それ、本気で言ってるんですか?」
瞬間、フォルオの鋭い眼差しが刺さる。
「人としてじゃなく物としての取引だ。今より酷いことをされるかもしれない」
「それは……」
「それに、僕はこれを知ってしまったからには見て見ぬふりは出来ません」
「っ、……そうだな」
フォルオの一言に、頭が冷える。
馬鹿な考えだ。もしミルが同じ状況になったなら、そんなの耐えられるわけがない。
「あそこが取引現場ですね」
気づくと馬車が停止していた。
切り替えて、目の前の状況に集中していると馬車の奥から小さな明かりが見えた。
街道の向こうには人影が見えた。ここからでは遠くて誰かは分からない。けれどおそらく、取引相手であるルピテスの者だろう。
「そろそろだ。もう少し近づこう」
「はい」
フォルオは剣の柄に手をかけ、俺は外套のフードを被りなおして、街道脇の草むらから静かに近づく。
次第に待ち人の姿が露わになる。
二人とも完全な半魔だ。一人は毛むくじゃらで、頭にはねじれ角。もう一人は蹄のような肢体に頭に大角が見える。
二人は馬車から降りてきた御者と何やら話し込んでいるみたいだ。おそらく取引の事項確認。
それを草葉の陰から見つめて、俺はフォルオに目配せをした。彼はそれに頷いて、再び剣の柄に手をかける――
「えっ?」
違和感に目を見張る。
満月の月明かりの中、何かが向こう側の茂みから飛び出した。
――黒い影。そしてそこに光る鋼の煌めき。
夜闇を裂く音。
次の瞬間、半魔の兵士の胸を背後から鋭い刃が貫いた。




