揺るがぬ信念
アルバートとの一件を抱えて、俺たちは屋敷への帰路へついていた。
けれどフォルオの顔は沈んだままだ。自分では納得したけれど、きっとまだ心の中では葛藤が渦巻いているのだろう。
そんな後姿を見つめながら、俺は先ほどのアルバートの言動を振り返っていた。
半魔をああして捕らえる意味……真意は分からないが、一つだけ心に引っかかっていることがある。
以前ボスが話してくれた、国家間での人身売買についてだ。
「なあ、フォルオ」
「なんですか?」
「お前は保護された半魔がどうしてるか、知っているのか?」
俺が尋ねると、フォルオは眉を寄せた。何を聞いているんだ、という態度に俺は察してしまった。
きっとフォルオは、あのことを知らない。
「国内に……収容所があると、聞いています」
「そいつらがどうしているかは、知っているか?」
「……いえ、僕もそこまでは」
フォルオの返答を聞いて、俺は確信した。
こいつは国の裏側までは知らない。知っているのはアルバートと国を治めている国王だ。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
純粋な疑問に、俺はどう答えるべきか悩んだ。
きっと、この事実を知ればフォルオは激昂するだろう。今すぐ皆を解放すべきだと叫ぶはずだ。それが容易に想像できるからこそ、言うべきか。迷いが生じる。
ボスにはフォルオの手綱を握っていろと言われている。余計なことはさせるなと。
半魔の解放がボスのいう、余計なことかは分からない。けれど、今フォルオは迷っている。すべてを守りたいと言っていた、その信念を自ら折ってしまった。
フォルオは変な奴だけど。それでもまっすぐな姿は、見ていて気持ちの良いものだ。だから、出来ることなら折れて欲しくはない。
きっとボスやガウルが今の俺を見たら、愚かだと一笑するだろう。でも、それでも――
「収容された半魔は、隔離されてるんじゃない」
「どういう、ことですか」
俺が絞り出した一言に、フォルオは目を見開いた。突き刺さる視線に、俺は目を逸らして続ける。
「隣国のルピテスに売られているんだ。国家間の人身売買だ」
「……っ、は?」
短く息を吐いて、フォルオは動きを止めた。しばらくして聞こえた声は酷く掠れていて、聞くに堪えないものだった。
「だ、……誰が、そんな」
「お前なら、聞かなくても分かっているんじゃないか?」
静かに告げると、フォルオはそれきり口を噤んだ。瞳は現実を直視できないように揺れている。
「俺は真実だと思ってる。あのボスが言ったんだ。信じたくはないが……」
フォルオの信念に背反する行為を行っていた国。それに忠誠を誓い守護をするグラン公家の立場。
どうあっても相容れない二つの間で、フォルオは揺れていた。
フォルオは騎士であることに誇りを持っていた。けれどそれが今の彼の首を絞めている。騎士である限り、大事なものは守れやしない。
突き付けられる事実に、沈黙が満ちる。
しばらくして、フォルオは顔を上げるとまっすぐに俺を見つめた。
「ジェフ、僕はきっとどちらを取るか、決めないといけない」
「……」
「でも僕は自分の信念を曲げられない」
その眼差しは、揺るぎのないものだった。
どちらも選べないと言っていたフォルオだが、一つだけ。彼の中でも譲れないものがある。どれだけ打ちのめされようと、彼の信念だけはどうあっても折れないのだ。
「険しい道になるでしょう。でもそれを失ったら僕は何者でもなくなってしまう」
「……そうだな」
「だから、あなたに手伝ってほしい。僕が歩みを止めそうになったら、背中を押してほしいんです」
純粋な願いと、信頼。
友人として、フォルオは俺に求めてきた。
正直に言えば、俺にとってミル以外はどうでもいい。けれど、どうしても目の前の友を放ってはおけないと思ってしまう。
逡巡は一瞬だった。
俺は気づけば、差し出された手を握っていた。
「わかったよ」
「……っ、ありがとうございます」
「でも、どうするつもりなんだ? 何か考えがあるんだよな?」
俺の問いかけに、フォルオは頷いて見せた。
「半魔の収容所へ行きます。事実を知って、あのまま放ってはおけない」
「でも解放したところで、その後はどうするんだ?」
「それは……」
フォルオはそこで言葉に詰まってしまった。
実際問題、グランハウル国内では半魔の居場所はない。このまま頓挫するかと思われたが……俺の脳裏にはある妙案が浮かんでいた。
「ダメ元で、ボスに頼んでみるか」
「出来るんですか!?」
「ミルのことも最初はあの人が保護してくれたんだ。だから、居場所なら作ってやれると思う」
俺の一言に、フォルオは目を輝かせて肩を掴むと詰め寄ってきた。
「本当ですか!?」
「うっ……でもボスがどう言うかは」
「僕も説得します!」
「是非そうしてくれ……」
希望が見えたとフォルオは喜んでいる。
さっきまでの死にそうな表情から持ち直したことに、俺はほっと息を吐いた。やっぱり、こいつに落ち込んでいる姿は似合わない。
「ボスに、余計なことはさせるなって言われてたんだが……」
「止めますか?」
「……いいや、俺はこれを余計なことだとは思わない」
俺の苦笑に、フォルオは笑って「ありがとう」と言った。




