残酷な選択
孤児院で過ごした俺たちは王都へと戻ってきていた。
ミルと別れるのはとても辛かったけど、フォルオの監視が優先だ。
夕焼けに染まった城下町を歩きながら、俺の隣を行くフォルオはやけに上機嫌だった。
フォルオにとっては孤児院の皆と過ごす時間はかけがえのないものなのだろう。
彼の性格や心情を思えば入れ込んでしまうのも分かる。日常的に嫌悪を向けられる行いをしているし、誰も彼の味方になってくれない。
実の父親だって息子の彼を忌み嫌っているんだ。あそこが心安らげる唯一の場所であることは、関係の浅い俺でも身に染みて分かった。
「屋敷に帰るのか?」
「そうですね。その前に詰め所の方へ寄っていきます」
「……また雑用を押し付けられるんじゃないか?」
「それで済んだら良い方ですよ。今日一日、平和だったってことですから」
そんなもんなのか、と感心しながら俺は詰め所へと向かうフォルオについて行った。
詰め所の前まで行くと、何やら周辺が慌ただしかった。隊員たちがぞろぞろと列をなしてどこかに向かっている。
なんだか物々しい雰囲気だ。
「何かあったのか?」
「……」
俺の独り言にフォルオは答えなかった。けれど何かを察したように足早に詰め所に入っていく。
急いでその後を追うと、中に一人の隊員がいた。
そいつはつまらなそうに欠伸をすると、入ってきたフォルオに開口一番小言を向ける。
「フォルオ……お前、あまり隊長にご迷惑をかけるなよ」
「……父がここに来たんですか」
「ああ、今回は隊長が直々に指揮を執るってことで、皆勇んで行っちまったよ。俺は留守番」
隊員の一言にフォルオは血相を変えて詰め所を飛び出した。
理由を聞く暇もない慌てように、俺はとりあえずその背中を追いかける。
「な、ど……っ、どこに行くんだ!?」
「スラム地区です!」
フォルオは迷いなく断言する。
今の会話で何が起こっているのか、彼には理解できたのだろう。そしてあの焦りよう。何か良くないことが起こる。
直観的にそれを感じ取った俺は、ボスに言われたことを思い出す。
計画の為にフォルオの手綱を握っていなければならない。その為の監視だ。けれど、果たして俺にフォルオを止められるのだろうか。
スラム地区の入り口にはアルバートの姿があった。
彼は魔剣を腰に携えて、冷徹な眼差しを向けている。
「……っ、父上」
「何をしにきた?」
近づいてくるフォルオにアルバートは一瞥もせず声だけで答えた。
父の冷たい態度に、それでもフォルオは怯まずに問いかける。
「何をするつもりですか」
そこでやっと、アルバートの視線がフォルオを見つめた。
「王都の治安悪化はお前も知っているはずだ。その原因も」
「……っ、何を言いたいのですか」
「膿は出しきらねばならん」
二人の会話を聞いて、俺も何が起ころうとしているのかやっと分かった。
スラム地区のかしこに、隊員が散っている。この地区には後ろ暗い過去を持つ人間が住んでいる。そしてそれは、社会から弾き出された半魔も同じだ。
「彼らはただ静かに暮らしているだけだ! 何も問題を起こしていないなら放っておけば良いでしょう!?」
「だから貴様は甘いというのだ」
冷酷に告げて、アルバートは俺を一瞥した。
「あれらが民を脅かさないと証明できるか? 不安の種にならないと言えるか?」
「それは差別があるからです!」
「国の在り方がそうであれと言っている。我らが口を出すことではない」
「ハウルはそう願ってなかった!!」
奥歯を噛みしめてフォルオは叫ぶ。
しかし息子の必死の訴えを聞いても、アルバートの表情は変わらない。
「ふっ、そんな古臭い思想を引き合いに出すな」
「父上、僕は……」
「あれは最初から間違っていた。共存など、出来るわけがない」
吐き捨てるように言って、アルバートは僅かに眉を寄せた。滲んでいたのは微かな怒りの感情だった。
「血を分けた兄弟でさえいがみ合うのだ。化け物となど、端から無理に決まっている」
「父上――」
フォルオが言い切る前に、アルバートは鋭い眼差しを向ける。
「これ以上私の邪魔をするならば、相応の懲罰を与える」
アルバートの言葉の響きは脅しではないことを物語っていた。
傍で聞いていた俺でさえ背筋が凍るほどの圧迫を感じた。なら、アルバートの恐ろしさを知っているフォルオなら、彼の言葉がどんな意味を持つのか。すぐに理解できたはずだ。
「お前が目をかけている孤児共がいたな」
「……っ、どうして、」
「私が何も知らないとでも思ったか?」
フォルオの表情が凍り付く。それを冷笑して、アルバートは続ける。
「潜在的な脅威を放ってはおけない。例えそれが王都の外にあったとしてもだ」
言い切って、にやりと笑む。
「お前が選ぶといい。私の邪魔をしてここの化け物共を救うか。見捨てて、孤児共を守るか」
たった一言。
それを聞いただけで、フォルオは動きを止めた。息をするのも忘れて、立ち尽くしたまま動かない。
「選べぬのなら、ここに立つ資格はないと思え」
言い捨てて、アルバートは隊員たちの指揮へと戻っていった。
「一匹残らず捕らえろ! 抵抗するなら殺しても構わん!」
慈悲の欠片もない号令に、隊員たちは背筋を正して従うだけ。
忙しなく動き出す景色の中、フォルオは拳を握り締めて顔を歪める。
「フォルオ……」
「ジェフ……僕は、どうすればいい」
俺はそれに答えられなかった。
フォルオにとってはどちらも選べないと知っているからだ。
「僕は、間違っているんでしょうか。でも、父のようにはなれない。どちらかを切り捨てるなんて、そんなのは……」
迷いを聞いて、俺は重く息を吐いた。
もし、他の何かと大事な妹を天秤にかけられたら――。
「俺はミルが一番大事だ。だから、どちらかを取れって言われたら、迷わずミルを取る」
「……ジェフは強いですね。僕は迷ってばかりだ。いつもそうです」
吐露された悲痛な想いは全身に重くのしかかっているようだった。
俺はそんなフォルオを見つめて、静かに声を掛ける。
「俺は、お前が弱いとは思わない」
「っ、それでも。誰も守れなければ意味がないですよ」
「守ってるじゃないか」
肩に手を置くと、ハッとしてフォルオは顔を上げた。
「孤児院の皆はお前のことを慕ってるだろ。今は全部を守れなくても、たった一つだけ。守れたらいいんじゃないか?」
「でも、それだと……」
「今はそれしかないと思う」
フォルオにとっては無慈悲な宣告だ。
けれど――
「今はまだ、それしかないんだ」
俺の脳裏に浮かんだのは、セシルの言葉だった。
彼女は、病の治療法は、今はまだないのだと言っていた。あの時の眼差しと――
「今は……」
決意が宿った瞳の色は、俺には同じに見えた。




