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過日の因縁

 

 フォルオが孤児院へ向かった、二時間後。

 屋敷の掃除をしていたヴェラは、突然の訪問者に息を呑んだ。


 ノックの音に扉を開けて、目の前にいたのはぼろの外套を着た小柄な人物。浮浪者のような風体に身構えるが、いつものように対応する。


「……どうされましたか?」

「アルバートに会いに来たんだ」


 その者はこともあろうか、当主に会いたいと言った。もちろんそんなこと、許されはしない。ヴェラが渋っていると、


「話し合いに来たと伝えてほしい」


 言伝を頼まれたヴェラは訝しみながらも書斎へと足を運ぶ。

 アルバートへ事の次第を伝えると、彼はすぐに連れて来いと声を張り上げた。いつになく余裕のない態度に、ヴェラは驚きながらも従う。


「こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 その者はヴェラへと丁寧に礼を述べると、書斎へと入っていった。その姿を思い出し、記憶を辿る。どうしてか、見覚えのある顔だと思ったのだ。けれど、いつ、どこで見たのか。それが思い出せない。




 入室すると書斎机にふんぞり返ったアルバートが待っていた。

 それに招かれた客――セシルは臆さずにソファへと座る。


「ごきげんよう。15年ぶりかな」

「……ふん、亡霊が今更なんの用だ?」

「亡霊とは酷い言い草だ。君に殺された覚えはないんだけどな」

「おめおめと俺の前から逃げ出した負け犬が、なんの用だと聞いている」


 鋭い眼差しに、セシルは隻眼を向ける。まっすぐに見つめ返して、逆に問いかけた。


「わからない?」

「……」


 沈黙するアルバートに、セシルは答えを告げる。


「今の王家は腐ってる。ああ、これは昔も変わらないか」

「何が言いたい」

「君に彼らを始末してもらいたい。理由は、聞かなくても分かるだろう?」

「……そうすることで俺に何の得がある?」


 心の内を吐露しないアルバートにセシルは内心ほくそ笑んだ。この男は今でも隠し通せると思っているようだ。

 けれどそれは酷い慢心である。

 この男をよく知る彼女にはすべてが無意味なのだ。


「見返りに、決闘の場を用意してあげよう。今度はルール無用。どちらかが死ぬまでの決闘だ。どう? 興味が湧いてきた?」


 セシルの提案に、アルバートは目を見開くと笑みを深めた。


「ふっ――はははは!!!」


 堪えの知らない哄笑は聞いている者を竦みあがらせるほどのものだった。


「俺がこの時をどれほど待ちわびたか! いいだろう! その計画、乗ってやろう!」

「そう言ってくれると思ってたよ」


 即決したアルバートに、セシルは上機嫌で手を叩いた。その口元には満足気な微笑が刻まれている。


「それで、私は無事に返してくれるのかい?」

「貴様に興味はない。勝手に出ていけ」

「ああ、そう。じゃあね」


 なんともご挨拶だが、これ以上話すこともない。用事は済んだので書斎から出ると、廊下では今まで立ち尽くしていたのか。

 ヴェラが物憂げな表情をしてこちらを見ていた。


 それに顔を上げて応えると、遠慮がちに彼女は尋ねてくる。


「あの、もしかして……セシル様、ですか?」

「あなたも元気そうで何よりだ」

「……っ、もしやと思いましたが」


 応えるとヴェラは言葉に詰まった。

 彼女の震える手を取って、セシルは微笑む。


「覚えてくれてて嬉しいよ」

「坊ちゃん……坊ちゃんは、ご無事ですか?」

「元気にしてる」


 それを聞いて、ヴェラは膝から崩れ落ちた。息を殺した啜り泣きに、セシルは何も言わずにその場を立ち去る。




 外に出ると夕日が周りを取り囲んでいた。

 落ちかけた陽を眺めながら、セシルは待ち合わせ場所にしている王都郊外の森に向かう。


 森の中を少し歩くと、大きな人影を見つけた。

 よっぽど心労がたたっていたのか。それの周囲は草が倒れて大きな円が出来上がっていた。うろうろと辺りを歩き回っていたのだろう。

 想像した情景にセシルは面白くなって破顔する。


「戻ったよ」

「……っ、ご無事でしたか。よかった」

「心配しすぎだ」


 駆け寄ってきた大きな身体に腕を広げてハグをする。毛むくじゃらの身体をぎゅっと抱きしめると、彼は嬉しそうに尻尾を振りまいた。

 それに苦笑して身体を離すと、預けてあった荷物を受け取る。


「話はつけてきた。君の話題を出したら即決だったよ。相変わらず、彼は扱いやすくて助かるね」

「……は、そうですか」

「ウルガルド、今度は勝ってくれる?」

「無論です」

「それを聞けて安心したよ。さあ、帰ろうか」


 決意の籠った声音に、セシルは頷くと帰り支度を済ませる。

 黒のローブに、獣の頭蓋のような被り物。

 いつもの装束を身に纏うと、その姿は闇に溶けていった。



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