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監視任務二日目

 ――監視任務二日目。


 あの後、フォルオの顔合わせを済ませてから俺は一度、孤児院へと戻った。

 フォルオは出禁を食らっているから、泣く泣くそこで別れたけれど。


 ミルの顔を見たいが為に戻ったわけだが、俺一人増えたところで困ることなんて無いと言われたから、お言葉に甘えて王都での任務中は孤児院で寝食を共にする事になった。


 とはいえ、フォルオの監視がある以上ミルと一日中一緒に居られるわけじゃない。



「――もう行くのか?」


 早朝、鳥も眠っている時間に出発しようと外に出ると頭上から声が降ってくる。

 それに首を捻って上を見上げると、鐘楼の出窓から身を乗り出したリオンが降りて来るのが見えた。


 音も無く俺の傍へと着地すると、少し遅れて青い羽根がふわりと舞い落ちてきた。


「ミルのこと、頼むよ」

「それは構わないが……お前も大変だ。アイツの相手は疲れるだろ」


 笑み混じりに零したリオンは、愚痴を言うわりには楽しそうに見える。


「リオンと一緒で慣れてしまえばどうってことないな」

「ははっ、違いない」


 冗談を言い合って孤児院を出ると、王都へと向かう。

 目的地はフォルオが居るグランの屋敷だ。



 勝手知ったるなんとやら。屋敷の門を潜ると、ヴェラが出迎えてくれてすぐさまフォルオがいる部屋へと通される。


 既に日が昇った時間帯。

 丁度、朝食を摂っていたフォルオに混じって、俺もご相伴にあずかることになった。


「今更なんだが、俺みたいなのが屋敷に普通に出入りしてても良いのか?」

「父が何も言ってこないのなら、良いんだと思いますよ。一応、挨拶は済ませているので問題ないと思いますが。それに出来るだけ行動を共にした方が、僕の監視も捗るというものです」

「何でそんなに嬉しそうなんだ」


 自分が監視対象だってこと、ちゃんと理解しているんだろうか。


 不安になりつつも、やはりこの屋敷の食事は美味い。

 昨日はヴェラが用意してくれたが、専属の料理人も負けず劣らずだ。


「ミルにも食べさせたいなあ」

「それなら用意させましょうか? 焼き菓子なら出来たてを持って行けるかと思いますよ」

「良いのか?」

「孤児院の子たちにも食べて貰いたいですから」


 フォルオの申し出は有り難い。

 菓子なんてあまり食べさせてやれなかったから、ミルも喜ぶはずだ。


「今から頼んで出来上がるのは昼頃ですかね」


 食堂の掛け時計を眺めて食器を置いたのを見計らうと、俺は今日の予定を尋ねた。


「今日は何をするんだ?」

「予定としては食後の鍛錬と、それが終わったら日課の見回りですかね」


 曰く、これが彼のいつもの日常らしい。


 食後の鍛錬もそうだが、見回りだって日課にするくらいだ。

 非番であってもフォルオにはさして関係ないのだろう。


「そうだ、良かったら僕の鍛錬に付き合いませんか?」

「……俺に言ってるのか?」

「ジェフ以外に誰が居るっていうんですか」


 笑って答えると、フォルオは椅子を引いて立ち上がった。


「見たところ、ジェフの剣技は独学でしょう。こういうのは覚えておいて損はないですから、暇でしたら僕が手解きして差し上げますよ」

「それは有り難いが……お前の相手が務まるとは思えない」

「だからこそです」


 フォルオの後に続いて、屋敷の中庭に向かう。

 鍛錬用の木剣を受け取ると、彼はにこやかに宣言した。


「さあ、始めましょうか」


 その言葉を合図に、俺は木剣を振りかぶってフォルオへと向かっていった。


「――うげっ」


 しかし、結果は見るまでもなく。俺はあっさりと地面に尻餅を付く事になる。


 力負けをしたわけではない。むしろその逆のようにも感じる。フォルオは俺の動きに合わせて身を引いて、的確に弱所を突いてきたのだ。

 相手の動きを見透かす観察眼と、どうすれば虚を突いて有利に立てるか。その条件を心得ている。でなければ、こんなにすんなり負かすことなんて出来ないはずだ。


「い、いまの……どうやったんだ?」

「え? 簡単ですよ。力の入り具合を見て弱いところを突いてやれば良いんです」

「それがわからないんだが……もういい」


 フォルオに聞いても理解出来なさそうだ。

 どうやらこいつは感覚的なタイプらしい。そういった手合いには口で説明させるのは御法度なのだ。


「そうですか。それじゃあ、今度は僕の相手をしてみてください」

「良いが……俺じゃまともに相手なんか出来ないぞ」

「それでも構いませんよ。いつも一人で鍛錬しているので、たまにはこういうのも悪くはないでしょう」


 フォルオの剣技は、大振りのものが多い印象を受けた。

 これは魔剣を扱っての戦闘を想定したものだろう。もっと厳密に言うならば、半魔と相対する場合を想定している。

 魔剣のおかげで半魔相手には無類の強さを誇るのだ。だったら相手を翻弄する剣技よりも、容易く膝を折らせる力強い剣技の方が合っている。

 けれど、力任せというわけではなく。むしろその逆。先ほどコテンパンにやられた時にも思ったが、付け焼き刃の俺よりも技術はあるし繊細である。

 純粋な技術力でいったら俺なんてフォルオの足元にも及ばないわけだ。


「す――ストップ! もういいだろ!!」

「え? そうですか? ……やっと身体が温まって来た頃なのに、仕方ないですね」


 残念そうに息を吐き出すフォルオに、俺はたまらず尻餅をついて握っていた木剣を手放した。

 そのまま大の字になって芝生に寝転んでいると、疲労困憊の俺に構わずにフォルオは話し出す。


「ジェフは剣技に関してあまり才能はなさそうですね。鍛えれば相応にものには出来るでしょうけど、それでも凡人止まりだ」

「おっ……ずいぶんはっきり言ってくれるじゃないか」

「ああ、別に貶しているわけではありません。貴方にはそれを蔑ろにしても有り余るほどの力があるのですから、それを伸ばしたら良いって言いたかったんです」


 慌てて弁明したフォルオに、彼は案外分析力があるのだなと思った。人を良く見ている。

 彼の言った俺の長所とは、形態変化した身体と頭の悪い使い方しかできない魔法の事を言っているのだろう。それを褒められるのはなんだか釈然としないが、フォルオの観察眼は信用に値する。

 俺だって弱いままではいられないし、だったら割り切って彼の言う通りに頑張ってみても良いかもしれない。


ものすごい久しぶりの更新です。

この作品はわりかし作者も気に入っているので、出来ればちょこちょこ書いていきたい!

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