モフモフ堪能コース
ダンジョンへ戻った俺を見て、ボスは言葉無くガウルと顔を見合わせた。
正確には俺の後ろにいるフォルオを見て、だ。
「監視してくれと頼んだけれど、まさか連れてくるとは思わなかった」
「……これは、その」
「怒っているわけではないよ。ただ少し驚いている」
深く溜息を吐き出してボスは腕を組んで黙り込んだ。
この状況にどう対処するか思案中みたいだ。
そんな中、俺の後ろにいたフォルオがずいっと前に出てくる。
「よろしくお願いします。僕は――」
「お前の名は知っている。変わり者だと有名だからな」
名乗りを上げたフォルオを制止して、ガウルは笑みを浮かべた。
明らかに嘲笑の類いだったのだが、当の本人に気にした素振りは見られない。
「……ジェフ」
「なんだ?」
「彼ってウェアウルフですよね」
こそこそと耳打ちをしてきたフォルオの問いに頷いてやると、彼は目を輝かせた。
「僕、初めて見ました」
「グランハウルじゃ見かけないからな」
「触っても良いですか?」
「……はあ?」
いきなり突拍子もない事を言い出してガウルに近づこうとするフォルオ。
ここに来る前に俺が言ったこと、ちゃんと聞いてたのか?
「良いわけないだろ! おまっ、さっき任せてくれって言ってただろ。変なことはするな!」
「許可を取るのは」
「駄目だ!」
鬼の形相で叱りつけるとフォルオはあからさまに落ち込んだ。
いくら半魔に対して偏見がないと言っても、こいつは頂けない。
保護者のような心持ちで困り果てていると、ボスはそんなフォルオを目にして笑い出した。
「構わないよ」
「……っ、ボス!?」
「彼の毛並みはとても柔らかで触り心地が良いからね。その気持ちは分かる」
「俺は嫌です!」
「減るものじゃ無し。良いじゃないか」
ガウルは拒否するも、聞き入れてもらえなかった。
彼の心中を察していると、ぎろりと睨まれて背筋が凍る。
あの目は後で覚えておけよと、そう言っているような気がする。
「おい、お前」
「はい?」
「いつもこんな調子なのか」
毛並みを撫でられながら、ガウルがフォルオへ問う。
その様子はなんとも締まりがないが、それを言ってしまったら俺の首が飛びかねない。
「少しは警戒心というものを持て」
「警戒心ですか?」
「お前は半魔に好意的なようだが、相手もそうだとは限らない。その調子だと命が幾つあっても足りんぞ」
ガウルの珍しい態度に、驚きのあまり目を円くする。
てっきり悪態を吐くかと思ったらその真逆だ。
俺とは扱いが違いすぎないか?
ロベリアがいたら確実に馬鹿にしているだろうな。
「彼の言う通りだ。全ての半魔が君に好感を持つとは限らない。用心するに超したことはないね」
ボスの言う通りだ。たった数時間前にそれは実感したばかり。
あの半魔は人間を憎んでいた。そんな奴にいくら訴えても何も伝わらない。
フォルオの半魔と仲良くしたいという理念は素晴らしいが、反対にそれが危うさへと繋がりかねない。
「それにしても、ガウルがそんなお節介を焼くなんて珍しいじゃないか」
「あの男は好かないが、倅のこいつには関係ありませんから」
ガウルの発言に、フォルオは撫でていた手を止める。
「父のことを知っているんですか?」
「……この国の人間なら誰しも知っているだろう」
彼にしては少し含みのある物言いだったように思う。
上手くはぐらかされたように感じる。
「協力してくれるということだけど、生憎すべきことは無いんだ。後の行程は私とガウルで事足りる。強いて言うなら大人しくしてくれればそれで良い」
「……大人しくですか」
「何もするなということだ」
ガウルの補足にフォルオは残念そうだ。
俺としてはミルと一緒に居られるなら万々歳。
そう思っていたけれど――
「ああ、ジェフは引き続き彼の監視をよろしく」
「え!?」
「見ていて危なっかしいからね。ブレーキ役がいた方が安心だろう」
ボスの意見には頷くより他はない。まさしくその通りだ。
それでも納得はいかない。
「それ、本当に必要なのか?」
「念のためってことで、もうしばらく頼むよ」
ボスも意味も無くこんなことは頼まないはずだ。
話を聞いていれば計画の工程は最終段階まで来ているようだし、そんなに時間もかからないだろう。
頷くより他はない。
俺の問題が一段落したのを見計らって、ガウルが神妙な面持ちでボスに問う。
「本当にお一人で向かうおつもりですか」
「何度聞かれても答えは同じだ。君も懲りないね」
「やはり俺も」
「君にはやるべき事があるだろう。一番大事な所なんだから失敗は許されないんだ。集中した方が良い」
「……わかりました」
話の詳細は掴めないが、ガウルの様子を見るにかなり心配していることが伺える。
「何の話だ?」
「君がアルバートに渡した封書には、密会の日時を記してあったんだ。あの男は用心深いからね。私が直々に交渉する必要がある」
それはガウルも神経質になるわけだ。
「アルバートは私には然程興味もないだろうから、心配無用だって言ってはいるんだけどね。ガウルの心配性には困ったものだ」
やれやれとボスはこれ見よがしに肩を竦める。
ここまで言い切るってことは自信があるってことだ。
ボスならヘマはしないだろうし、ガウルの気持ちも分からなくはないが。
「密会にはあと数日猶予があるけれど、それまでにガウルの小言を聞かされると思うと少し憂鬱だ」
「なっ、俺はボスの為を思って――」
口論の隙間を縫って、フォルオがモフモフ堪能コースから戻ってきた。
俺にはあれの良さがいまいち分からないが、満足げな様子を見るにかなり手触りが良かったんだな。
「どうだった?」
「最高でした。リオンの羽毛も中々ですけど、彼も甲乙付けがたいですね」
「お前、何しにきたんだよ」
呑気なフォルオに呆れていると、不意に彼が手を差し出してきた。
「……なに?」
「もう少しジェフにはお世話になるみたいなので」
「あ、ああ。そういうことか」
右手を差し出して握手に応じる。
願わくば、何事もなければそれに越したことはない。




