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兄弟

 

 地下室から戻ると、地下へと至る入り口の回廊でヴェラが心配そうに右往左往していた。

 それを見るだけで、かなりの心労をかけたのだと察する。


 彼女は血みどろのフォルオの姿を目にすると、血相を変えて飛んできた。


「フォルオ様! お怪我はございませんか!?」

「ありがとう、ヴェラ。僕は大丈夫」

「そうでしたか……良かった」


 泣きそうに声を震わせて、ヴェラは安堵の表情を浮かべる。


「御当主様が、何やら血相を変えてこちらから出て行かれたものですから」

「父上は今どこに?」

「書斎に向かわれました。誰も入れるなと」

「そうですか……わかりました」


 アルバートの様子を聞くに、最早俺たちには興味が無いらしい。

 それはそれで助かったのだろうが、彼の動向は気になるところだ。


「とにかく! フォルオ様は湯浴みをして着替えて下さいな。そんなお姿で歩かれては困ります!」

「はい……ごめんなさい」


 しおらしく肩を竦めたフォルオに次いで、ヴェラの視線は俺に移った。


「ジェフ様は、お怪我はされていませんか?」

「怪我は問題ないんだが、貧血で自力では歩けない」


 今もフォルオに肩を貸して貰ってここまで戻ってきたところだ。


「では客室のベッドにて、安静にしていてください。今にお着替えをお持ちしますので」


 フォルオから俺を奪うと、ヴェラに肩を貸してもらって客室に通された。

 ふかふかのベッドに重い身体を預けると、すぐに意識が遠のいていく。



 目を覚ますと、ベッドの横にはフォルオがいた。


 客室に備えられていた椅子に座って、ヴェラが用意してくれたであろう茶を飲みながら、剣の手入れをしている。


 血みどろの格好ではないところを見るに、既に風呂に入って着替えも済ませたのだろう。

 よく見ると、俺もいつの間にか着替えさせられている。


「気分はどうですか?」

「気分の悪さもないし、問題は無いな」

「それは良かったです」


 起き上がって答えると、フォルオは安堵したように微笑んだ。


「これはお前がやってくれたのか?」

「いいえ、僕もさっき着替えを終えてここに来たばかりなので。おそらくヴェラが替えてくれたんだと思いますよ」


 さらっと告げられた真実に、一瞬思考が停止する。

 こんな歳にもなって、そんなことをされたとあっちゃ、恥ずかしすぎて死ねる。


「そんなに落ち込まなくても。僕だって最近までは」

「お前と一緒にしないでくれ……」


 落ち込んでいると、彼が淹れてくれたのか。

 茶の入ったカップをどうぞ、と渡される。


 口を付けるとその美味さに驚いた。

 これはかなり良い茶葉を使っている。

 お屋敷なのだから当たり前かもしれないが、色々と格差を見せつけられた気分だ。


「そうだ。一つ聞いても良いか?」

「なんでしょう」

「アルバートはなぜあそこまで半魔を嫌っているんだ」


 人間だったら半魔に好意的な奴は殆どいない。

 無関心か、嫌っている人間の方が圧倒的多数だ。

 だから、アルバートが半魔を忌み嫌っていても何らおかしくはないが、それでも何かきっかけはあるのではないだろうか。


「僕も昔、父に尋ねたことがあります。けれど上手くはぐらかされて、結局答えてはくれませんでした」


 ――でも、とフォルオは続ける。


「もしかしたらヴェラなら知っているかもしれませんね。彼女は昔からグランに仕えてくれている使用人ですから」

「それなら」

「そう思って、僕も以前聞いてみたんです。けれど、決定的な事はなにも。それでも気になることは言っていましたね」

「……気になること?」

「父には歳の離れた異母弟がいたそうです。それが大層優秀だったらしく、本来なら家督を継ぐのは彼だったみたいです」

「弟なのに?」

「なんでも先代の意向のようですね。けれど、父がグランを継いでいるので、そうはならなかったみたいですが」


 アルバートなら、邪魔だからと身内を始末することも大いに有り得る。

 しかし、俺の予想をフォルオは否定した。


「そういった記録は残っていません」

「だったらそいつはどこにいる」

「ヴェラもそれだけは何度聞いても答えてはくれませんでした。よほど、僕には知られたくないのでしょうね」


 フォルオの話から推察するに、アルバートと異母弟の間に何かがあった。

 その何かが、彼が半魔を嫌うようになった原因ではないか。そう考えられる。

 それでもこれはただの推察で、事実を紐解くには不十分だ。

 頭の隅に留めておこう。


「それで、ジェフはこれからどうするんですか?」

「とりあえず、ボスのところに戻る。報告しなきゃいけないことが山積みだ」

「ボスって……災禍の皇子のことですよね?」

「そうだな」


 俺の答えを聞いてフォルオは一拍の間、考え込んだのちこんなことを言い出した。


「僕も一緒に連れて行ってください!」

「……うーん」


 フォルオのお願いは至極真っ当である。

 俺が話したから事情は知っているし、協力も申し出てくれた。

 彼にはボスに会う権利がある。


 けれど、そうなってしまったら気がかりなことが。


「俺、殺されなきゃ良いけどなあ」


 ボスの性格を鑑みるに、そういった荒事に発展はしないだろうけど確実とはいえない。

 心配なのはボスよりガウルの方だ。

 彼の怒りを買ってしまったらワンパンであの世へ旅立ちかねない。


 いや、それよりも――


「俺よりも、お前の方だ」

「……? 何か問題でも?」

「秘密を知られたからには……って事も有り得るだろ」


 仲間に引き入れるより消してしまった方が早い。

 俺にフォルオの監視を任せたくらいだ。彼を問題視しているのなら、その可能性も十分にある。


「大丈夫ですよ。僕、強いですから」

「そういう問題じゃないんだが……」


 フォルオは事の重大さを分かっているのかいないのか。

 あっけらかんとした物言いは余計不安を煽る。


「……わかった。連れて行く」

「ありがとうございます」

「その代わり悪目立ちするような言動はするなよ」

「任せてください!」


 非常に不安だが、彼を説得する方が難儀する。

 ここは素直に言うことを聞いていた方が良さそうだ。


 なぜか自信満々のフォルオを引き連れて、ダンジョンへと帰還するのだった。




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