協力者
「さて、どうするか……」
攻め手に悩みあぐねていると、半魔は四肢を地に付けた。
真正面からやり合おうってことか。
逃げ回られるよりは、その方が俺もやりやすい。
避ける素振りを見せずに無く向き合うと、それを見留めて半魔は突っ込んできた。
「ガアアァァァアア!」
全身全霊での突進を受け止める。
けれど、俺の力では勢いは殺せなかった。
力任せの体当たりは、そのまま俺を引き摺って石造りの壁へと叩き付ける。
「ぐっ……がぁッ!」
重い一撃に、一瞬息が止まった。
空気を求めて息を吸うが、上手く酸素を拾えない。
咳き込むと口腔に血の味が広がった。
視線を下に向けると、ちょうど胸の辺りを頭角が貫いていた。
零れ出た鮮血が足下に血だまりを広げていく。
間一髪、心臓を逸れていたのは幸いだが、肺に穴でも空いているのだろう。
呼吸が苦しい。酸素不足で頭も回らない。
相手も身動きが取れないのは好都合だが、攻撃に転じようにもこんな状態では不可能だ。
多少なりとも集中力を必要とする魔素の扱いを、平時より扱いに長けてない俺がこの状況下で制御しようなんて無理がある。
「……っ、くそ!」
思い切り頭部を殴ってみるが、そんなものではこいつは止められない。
無駄な抵抗だと言わんばかりに、さらに押し込められる。
このままいけば、失血で死ぬか胴が分かれて死ぬか。そのどちらかだ。
超速再生が出来るからと言っても、たかがそれだけ。
以前と比べて少しは戦えるようになったと思っていたが、やはり本物には叶わない。
その時、半魔の背後で、何かが光ったように見えた。
目の錯覚かとぼんやりとした思考で思っていると――
刹那、虚空を鋭い斬撃が断つ。
それの後を追うように、ずるりと半魔の右腕が落ちた。
一瞬のことに目を見張っていると、続けて薙ぎの剣撃が迫る。
瞬きする暇も無く、気づいた時には首と胴は呆気なく斬り離されていた。
眼前の半魔は、何に斬られたのかも。
腕が落ちたことも、叫び声を上げることもなく絶命していた。
俺も何が起きたのか瞬時に理解出来なかった。
それほどまでに、彼の剣技は雄麗だったのだ。
「大丈夫ですか?」
開けた視界には、返り血を浴びて血みどろになったフォルオが佇んでいた。
真っ白だった隊服は見る影もない。彼の白髪も同様だ。
「ああ……っ、なんとか」
刺さっていた頭角と引き抜くと、壁を背にして座り込む。
思ったより血を流しすぎて、立っているのが億劫だ。
「お前は大丈夫なのか?」
俺の事よりも心配なのはフォルオの方だ。
あんなに傷つけたくない、殺したくないと言っていた。
「いいえ……そう見えますか」
彼の問いに無言で首を振る。
フォルオは一言だけ答えると、握っていた剣を手から剥がしにかかった。
一本ずつ指を解いて、やっとの事で剣を放る。
見上げて目を瞑ると、深く息を吐き出した。かなり焦燥しているようだ。
それもそうだ。
あの半魔の命を絶ったのは、他ならぬフォルオなのだから。
最後までそれだけは出来ないと、頑なだった彼に剣を握らせてしまった。
「……すまない」
「どうして貴方が謝るんですか」
「俺が早くケリを付けていれば、お前がこんなことをしなくても」
「それを言うなら僕の方だ。もっと早く決心をしていれば、ジェフを危険な目に遭わせることも無かった。本当に、不甲斐ないです」
そう言って、フォルオは力なく俯いた。
「僕が彼に手を下さなくても、きっと父がやっていました。結局はどう足掻いても結末は同じです」
諦めたように呟いて、彼は手放した剣を手に取ると、刀身に付着した血を拭き取って鞘に収めた。
ふと、部屋を見回すとアルバートの姿がないことに気づく。
どうやら、俺たちが半魔の相手をしている間に出て行ったみたいだ。
ボスからの封書を渡した途端、目に分かるほどに動揺していた。
本当にそれどころでは無かったのだろう。
「そういえば先ほどの話、途中でしたね」
「……話?」
「勘違いしていると言ったでしょう」
言われて思い出す。
アルバートのせいで最後まで聞けていなかった。
「僕は――この国が嫌いだ」
噛みしめるように、フォルオは言い放った。
その双眸は揺るぎもなく、俺を射貫いて離さない。
「ジェフが友人だから協力するわけではありません。僕なりの理由があって貴方の手を取ることを選んだんだ」
――だから、とフォルオは続ける。
「僕にも、協力させてください」




