彼我の実力差
「お前みたいな人間には、俺の気持ちは一生理解出来ない!」
「だからって、全てを諦めるなんて……っ、しないでください」
襲いかかってくる半魔の猛攻を、紙一重で避けながらフォルオは説得を続けていた。
けれど、彼は説得には耳を貸さず我武者羅にこちらを傷つけようとしてくる。
既に失うものなど無いのだ。腹を括っているのだろう。
だから、フォルオへの攻撃に一切の迷いが無い。あれではジリ貧だ。
とにかく、魔剣をフォルオに渡さなければ。
あれがあれば、この状況も打開できる。
「――フォルオ!」
剣を手に取り、フォルオと半魔の間に割って入る。
殺意剥き出しの相手を見つめながら、後ろ手に拾った剣をフォルオへと押しつけた。
「……っ、これは、受け取れません」
「そんなことを言っている場合じゃないだろ!」
「僕は彼を殺したくはないんだ」
「……わかった」
フォルオの思いは分かっている。
殺されかけているというのに呑気な事を言っている場合では無いが、無理を強いてしまえばそれこそアルバートと同じだ。
彼が殺したくは無いと言うのなら、何も言わない。
俺が代わりに、こいつを殺すだけだ。
先ほど、アルバートが言った事を、俺は間違いだとは思えなかった。
彼の説いたことは誤りでは無いからだ。
あの半魔には帰る場所も、想ってくれる人もいない。
きっとそれは、このまま生きていくよりも辛いことだ。
だから、ここで終わりにしてやろう。
「お前にこいつを殺せだなんて、無理強いはしない。剣を持って下がっていろ。あれは、俺が始末をつける」
「――っ、それは駄目です!」
「お前がいくら拒絶したからって、あいつが心変わりすると思ってるのか!?」
問うと、フォルオは黙り込んだ。
確かに、彼の志は立派だ。
半魔を傷つけたくないというのもわかる。
けれど、それだけでは立ち行かない。
非情にならねばならぬ時もあるのだ。
「納得がいかないって言うなら、俺を斬り伏せて止めれば良い」
「……僕に、友を斬れと言うんですか」
フォルオは唇を噛みしめて、力なくかぶりを振った。
彼がそれを出来ないことは知っている。
酷な事を迫ったが、ここまで言わないとフォルオは止められない。
「俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。ミルが待っているんだ」
意識を目の前の半魔へと戻し、睨み付ける。
依然、敵意を剥き出しにした相手は、すぐさま噛みつかんとする勢いだ。
「邪魔をするな!」
振りかぶった爪撃を左腕でもって防ぐ。
衝撃に体勢が崩れそうになるところをなんとか持ちこたえて、踏み留まる。
やはりと言うべきか。流石、半魔だ。
この腕力は人間の比ではない。
力もある。俊敏さも厄介だ。
ダンジョンにて、様々な敵と戦ってきたが、一対一となるとかなり手強い。
「それは無理な相談だな」
半魔の渾身の一撃を防いだ左腕には深い爪痕が残っていた。
それに内心、ひやりとする。
何度も受けきっていてはこちらが持たない。
「お前、俺と同じなんだろう!? だったらなぜ人間を庇う!」
「俺の友人だからだ」
人間だとか半魔だとか、そんなのは関係ない。
迷い無く告げると、相対している半魔は更に憎悪を駆り立てた。
「――っ、ふざけるなッ!」
怒号を振りまいて押し潰そうとする眼前の獣に対して、最早手加減など言っている場合ではない。
こいつをなんとか振り払わないと、力負けしてしまう。
しかし、この腕力差では易々と振り解くのは不可能だ。
肉薄した状態。けれど、これはこちらにとっても有利である。
振り解けないのなら、離れてもらえば良い。
自由の利く左手に炎を纏わせ、触れようと手を伸ばす。
しかし、いち早くそれに気づいた半魔は、俺の左腕を離して飛び退いた。
今の一撃で決着を付けられたら良かったが、そう簡単にはいかないみたいだ。
一瞬でも足止めが出来なければ、警戒しているであろう相手には同じ手は通じない。
揉み消すように掌から上がった炎を握るようにして拳の中に治めると、すぐに鎮火した。
今までは制御に難があり、扱いが上手くいかなかった。
腕の一本や二本、すぐに駄目にしていたのだが、燃え尽きなかったのは形態変化を終えた鱗皮のおかげだろう。
ドラゴンの表皮は炎や氷に強いと言う。
試していないが、氷結魔法を使用しても耐えてくれるはずだ。
以前ボスが進化に似ていると言った意味が分かりかけてきた。
爆破にも耐えうる堅硬な腕や、熱と冷気をものともしない鱗皮。
だがそれらを持ってしても、目の前の半魔を下すのは難しい。
完全な半魔と比べると、能力には確実に開きがある。




