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消せないもの

 軋んだ音を響かせて開け放たれた扉の先には、憎悪が籠もった瞳でこちらを見つめる半魔がいた。


 鎖や拘束具は付けられていない。

 おそらく、眠らされてここまで運び込まれたのだろう。


 目を逸らせば襲いかかってきかねない。


 呼吸も忘れそうになる緊張の中、地下室へ足を踏み入れたアルバートに続き、フォルオも中へと入っていく。


 逃げ出すという選択もある。けれど、フォルオはそれを選ばなかった。

 覚悟はしているのだろう。

 だったら俺も逃げ出すわけにはいかない。


 俺の入室を確認して、アルバートは扉へ鍵を掛けた。


「私は手出しはしない。お前一人であれをどうにかしろ」


 壁にもたれたアルバートはこの状況を静観するつもりらしい。

 フォルオの言ったとおり、クズ野郎だ。


「随分、悪趣味なことをするんだな」

「どうとでも言え。もちろん、貴様も手出しは無用だ」

「俺がそれを黙って聞き入れると思っているのか」


 この男の言葉に従う義理はない。

 俺は俺で、なんとか打開策を見出さなければ。


 と言っても、アルバートもだがあの半魔にも説得が通用するとは思えない。


 よほど気が立っているのか。唸り声を上げて威嚇している。

 少しでも対応を間違えば瞬時に襲いかかってくるだろう。


「落ち着いて。貴方に危害を加えるつもりはありません」


 フォルオは対面する半魔に、出来るだけ刺激しないように声を掛ける。

 けれど、相手にそれが伝わっているとは思えない。


「ガルアァァアア!」


 案の定、目の前の半魔は吠えた。


 圧倒的な圧を持つそれは、対峙している者の足を竦ませる。

 一瞬躊躇したフォルオだったが、彼は怯むこと無く一歩踏み出した。


 そうして、何の迷いも無く腰に下げていた剣を鞘ごと放り投げたのだ。


「馬鹿な事をする」

「――っ、あのままでは食い殺されるぞ!」

「あんなバケモノ風情に遅れは取らん。貴様は黙って見ていろ」


 アルバートは眉一つ動かさず、傍観を決め込む。


 そうは言っても、剣が無ければ半魔には対抗出来ない。

 いくら魔剣を扱えるからといっても、フォルオは生身の人間だ。

 鋭利な爪や牙で襲われたらひとたまりも無い。


「あんたが動かないなら俺が」

「手出しはするなと言ったはずだ。それ以上進めば貴様の四肢を斬り落としてあれの餌にしてやろう」


 脅し文句を吐いて、アルバートは剣を引き抜く。

 彼の脅迫は嘘偽りでは無い。やると言ったら本気で成すだろう。

 フォルオを助けるどころの話では無くなる。


 アルバートの監視がある以上、動けない。



 その間にも、状況は刻一刻と変化していく。


「お前、ふざけているのか!」


 フォルオの奇行を目の当たりにして、対峙していた半魔が言葉を発した。

 どうやら意思の疎通は出来るみたいだ。


「いいえ、ふざけてなどいません。僕に敵意はない。それを理解してもらうためにこうして貴方の前に立っているんだ」

「――っ、そんなものに騙されると思うなよ!」


 フォルオの言葉を聞いて、半魔は大きくかぶりを振った。

 彼の言動からは動揺の色が見える。


「お前は俺を殺しに来たんだろう! 俺みたいなバケモンがどんな扱いを受けるかなんて俺たちが一番良く知っている!」

「僕は貴方を助けたいだけだ」


 真摯なフォルオの訴えに、半魔は一歩後退った。


 このまま行けば、最悪の事態は免れそうだ。

 そう思っていた矢先のことだった。


「フォルオ、それがなぜ見世物にされていたか分かるか? それは家族に売られたのだ。裏切られ、棄てられた。それを助けたところで、帰る場所などとうに無い。ここで殺してやるのが慈悲というものだ」


 アルバートの言葉は真実だ。


 この国では、半魔は大抵そういった運命を辿る。

 信じていた人に裏切られて棄てられて、そして誰も信じられなくなる。

 彼らの根底にあるものは、人間に対しての憎悪だけだ。


 そして、そういった負の連鎖はどう足掻いても消せない。

 たった一言、優しい言葉を掛けただけでは拭えないほど、彼らの心の奥底に染みついているのだ。


「だからってそんなことは――」


 反論しようと振り返った、その瞬間。


 振り上げた爪先が、フォルオの頬を擦った。

 切られた皮膚からは血が滲んで、零れた血痕が白の隊服に染みを作る。


「そいつの言う通りだ。俺は棄てられたんだ。だからもう全部、どうだっていいんだよ!」


 悲痛な雄叫びを上げて、驚きに固まったフォルオへ突進する。


 間一髪、追突を避けたフォルオは、飛び退いて距離を保った。

 けれど、あれでは先ほど放った剣を取りに行けない。

 自暴自棄になった半魔の攻撃を防ぐことも、反撃することも叶わない。


 流石に、本気で殺しに来る半魔を生身でどうこう出来る訳が無かった。

 防戦一方ならいずれ致命傷をもらいかねない。


 俺がなんとかしなければ。


 しかし、隣には抜き身の剣を携えたアルバートがいる。

 安易に助けに行ける状況では無い。

 まずはこいつをどうにかしなければ。


 余談を許さない状態で、俺は咄嗟に懐からあるものを取り出していた。


 ボスから預かっていた、アルバートへの封書だ。


「あんたにこれを預かっている」

「なんだ、それは」

「災禍の皇子からだ」


 ――災禍の皇子。

 その名を聞いた瞬間、アルバートの表情が強張った。

 それに内心、驚きを隠せない。


 アルバートに対しては、無表情で淡々としている男だと、そんな印象を抱いていた。

 それがあからさまに動揺しているのだ。

 封書を受け取る指先が微かに震えているようにも見えた。


 俺へと向けていた剣先は下を向いて微動だにしない。

 どうやらそれどころではないみたいで、意識は完全に逸れている。



 それを見留めて、フォルオの救出へと向かった。



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